はじめに
遠い昔、布団の中で絵本を読み聞かせてもらいながら寝かしつけられていた時代が、私にもありました。
そして、我が父シロイ・ネコヒコ(仮名)は時折、どんな絵本にも載っていない、オリジナルおとぎばなしを作って、妹と私に聞かせてくれました。
今日は父の代表作である『でぶっちょシンデレラ』をご紹介いたします。
本文
昔むかし、あるところに、ひとりの女の子がいました。
女の子はおかあさんを早くに亡くし、おとうさんはのこされた女の子をたいそうかわいがりました。
やがておとうさんは再婚しました。新しいおかあさんは、二人のむすめをつれてきました。
女の子はシンデレラとよばれていましたが、これは本当の名まえではありません。
シンデレラというのは、日本語になおすと「灰かぶり」。その名のとおり、シンデレラはいつも灰にまみれ、よごれていました。
いいえちがいます、新しいおかあさんやおねえさんたちが意地悪だったわけじゃありません。
シンデレラの大好物は、だんろの火でじゃがいもをこんがり焼いてバターをたっぷりつけたもので、毎日大量に食べました。そして、シンデレラはどんどん太りました。
すると何もかもが面倒になり、シンデレラは一日中だんろのそばから動かなくなりました。だから灰かぶりと呼ばれるようになったのです。
おかあさんもおねえさんもそれはそれは心配して、
「ちょっとお散歩にいかない? すこし体を動かすと、きっといい気もちよ」
などと声をかけるのですが、シンデレラはいつもしらんぷり。
「このままではシンデレラはだめになってしまいます」
おかあさんがそう言っても、
「いいんだよ、だってむりに動かしたらかわいそうじゃないか」
おとうさんはシンデレラをどんどん甘やかすのでした。
しばらくすると、今度はおとうさんが死んでしまいました。
医療技術が未発達な昔は、けっこうあっけなく人が死んだりしたものなのです。
シンデレラのおとうさんは仕立て屋さんをしていました。
おかあさんはドレスをぬうのがとてもじょうずだったので、そのままお店をひきつぎました。
おねえさん二人はけんめいに店を手伝い、仕立て屋はたいへんに流行りました。
ある日のこと。
国じゅうにおふれがでて、わかいむすめたちはみな、お城に招待されました。
王子さまが、おきさき探しのぶとう会をひらくのです。
さあ、仕立て屋はおおいそがし。
おかあさんとおねえさんは、くる日もくる日も、たくさんのドレスをぬいました。
そして、おねえさんたちは仕事の合間をぬい、余った生地やレースをたくみに使って、自分たちのぶんのドレスを上手にこしらえたのでした。
問題は、シンデレラのドレスでした。シンデレラの体はとても大きかったので、余った布をぜんぶ使っても、ぜんぜん足りなかったのです。
「絹もビロードもレースも、ぶとう会のせいでどんどん値上がりしてるし、シンデレラのドレスを作ったら、うちは破産してしまうわ」
「木綿のドレスでお城にいくわけにはいかないし。どうしたらいいかしら」
おかあさんは、これは良い機会だと気づきました。
「ねえシンデレラ。あなたの体に合うドレスを作るだけのお金が、うちにはないのよ。だから、もしよかったら……」
おかあさんの言葉を、シンデレラはとちゅうでさえぎりました。
「ダイエットなんて、ぜったいしないよ」
「そんな」
おかあさんは目を丸くして驚きました。
「お城のぶとう会にはすばらしいごちそうが、とってもたくさん出てくるのよ?」
シンデレラの心は、大きくゆれうごきましたが、すぐに言い返しました。
「ダイエットなんかしたらふらふらして、馬車にひかれて死んじゃうかもしれないわ。こんなことになるくらいなら、今まで通り食べてればよかったって思うのがオチよ」
おかあさんは粘り強く説得をつづけましたが、シンデレラにダイエットをさせることは、できませんでした。
ぶとう会の晩。
「ごめんなさいねシンデレラ。留守番をまかせてしまって」
「ふん。まったくうるさいわね。いいからはやく行きなさいよ」
シンデレラはふきげんにそっぽをむきました。
「おみやげ、いっぱい買ってくるわ。タッパーも用意したから、お城のごちそうも、たくさんつめて持ち帰ってくるから」
おねえさんたちはそう言って、出かけていきました。
「はあ……」
一人ぼっちになったシンデレラは、さっそく新しいじゃがいもを手にとりましたが、なぜだか食欲がわきません。
「見たこともないようなごちそう、か……」
シンデレラのため息が、がらんとした家の中に、やけに大きくひびきました。
その時のことです。
台所のすみを、おおきなねずみがいっぴき、ちょろちょろ、と走りました。
シンデレラは次の瞬間、目にも止まらぬ動きでスリッパを脱ぎ、そのままねずみにむかって投げつけました。
ばしーん。
スリッパはみごとに命中し、ねずみはころりと、ひっくりかえってしまいました。
「あら、いいわね、けっこうな大物じゃない」
シンデレラはうきうきとねずみを拾い上げると、たこ糸でくるくるとしばり、なれた手つきでだんろのそばにぶら下げました。
シンデレラの国では昔おそろしい病がはやり、たくさんの人が死にました。
ある日、とてもえらい学者の先生が、国中のねずみをすべて退治すれば、病はひろがらないだろう、と言いました。
そして、みんなが半信半疑でねずみを退治したところ、本当にはやり病はおさまったのです。
それからというもの、この国ではお役所に退治したねずみをもっていけば、ごほうびのお金がもらえるようになったのでした。
シンデレラはねずみ退治の名人でした。
手裏剣のようにスリッパをあやつり、たくさんのねずみを、ちまつりにあげてきたのです。
おかあさんやおねえさんは、おいしいごはんやすてきなおかしを作ってくれましたが、基本的にヘルシー志向で、量もひかえめでした。
それでは物足りないシンデレラは、ねずみ退治の賞金で食べ物を買っていたのです。
「おじょうさん」
なんと、ねずみが人間のように話し始めました。
「このひもをほどいてください。おねがいします」
「口をきくねずみなんて、はじめてだわ。もしかしたら金貨をもらえるかも」
「ひいっ」
ねずみは悲鳴をあげました。
「やめてください、わたしはねずみじゃないんです、まほうつかいなんですよ」
「だからなに?」
「わたしを助けてくれたら、あなたを国いちばんの美女にしてあげますよ。うつくしいドレスと金のかみかざり、ダイヤのゆびわもおつけしましょう」
「うまいこと言ってひもをほどかせるつもりね。その手にはのらないわ」
これまで若い女性を百発百中でときふせた言葉がそっけなくかえされてしまい、ねずみはたいへんにあわてました。
「ダ、ダイヤモンドはえいえんのかがやきですよ? じょせいのさいこうのお友だちともいうのですよ?」
「ただの光る石じゃない。どうでもいい」
「そ、それでは、幸せな結婚などいかが? ヨメ・シュウトメ円満のまほうをはじめとして、アフターフォローも万全ですが」
「食べられないものに興味はないわ」
「では、では、では……」
口ごもるねずみ。たらりとひやあせが流れましたが、さすがにまほうつかい。台所を見まわして、こう続けました。
「ところでおじょうさんは、お城に行かないんですか? 確か今夜はせいだいなぶとう会では?」
ぴくりとシンデレラのまゆが動き、まほうつかいはここが勝負とばかりにたたみかけました。
「それはそれはものすごいごちそうが出るんでしょうねえ! 貴族でもないのにそんなごちそうが食べられるなんて、この国のむすめさんたちはなんてしあわせものでしょう! なのにどうしておじょうさんは、留守番なんかしてるんです?」
「うるさいわね」
シンデレラは顔をまっかにして言いました。
「わたしにはドレスがないのよ! 体が大きくて、着れるドレスがないのよう! だからお城にいけないの!」
ほとんど泣きだしそうになっているシンデレラの顔を見ながら、ねずみは丁重に申し出ました。
「それでは、そのドレスをわたしがご用意しましょう。一刻も早くお城に駆けつけたいでしょうから、馬車と馬もおつけしますよ」
シンデレラはぽかんと口をあけて、ねずみをまじまじと見つめました。
「そうと決まれば急ぎましょう! さあ早く! このひもをほどくんですおじょうさん!」
シンデレラはあわててハサミをとりあげ、じょきじょきとたこ糸を切りました。
ぼわわん。白いけむりがたちのぼりました。
ねずみの姿はとけるように消え、とんがりぼうしと長いローブを身につけたおばあさんがあらわれました。
「肝の据わったおじょうさんですねえ」
まほうつかいはあきれたようにつぶやきました。
「今までの人たちはみんな、ねずみが人間に変身すると、ずいぶんおどろいたものですけど」
「むだ話はいらないわ。早くしてちょうだい」
シンデレラはじれったそうに足踏みをしました。
「おまかせあれ」
まほうつかいはほほえみました。
ぼわわん。
けむりとともにシンデレラの木綿のドレスが、うつくしい絹にかわりました。
ぼわわん。
台所のすみにあったかぼちゃは、りっぱな金色の馬車に。
ぼわわん。
だんろの横にぶら下げられていた、息もたえだえのねずみ2ひきは、雪のような白馬に。
「これはとっておきのおまけよ」
まほうつかいはウインクをして、仕上げのつえをふりました。
ぼわわん。
そしてシンデレラの木ぐつは、それはそれはみごとな、ガラスのくつにかわったのです。
「すきとおったかがやきが若いむすめの純粋さ、けがれないうつくしさをひきたてる自慢のデザインですのよ」
シンデレラはきびしい顔をして言いました。
「ひとつ、いいかしら」
シンデレラの言葉をきいて、まほうつかいはおどろきました。
「ええっ、まほうをぜんぶ、途中でとけるようにしてほしいなんて」
「わたし、このかぼちゃでおねえさんにパイを作ってもらうつもりだったし、ねずみも役所にもっていく予定だから、なくなっちゃこまるの。馬車も馬も、大きくてじゃまだし」
「しかたないわねえ」
ためいきをつきながら、まほうつかいはもう一度、つえをふりました。
「さあおじょうさん、これでまほうはぜんぶ、真夜中をすぎればとけます。だから気をつけて、12時のかねがなったら、急いで帰ってくるのですよ。お城の中でまほうがとけたら、不審者扱いされるでしょうから」
「わかったわ。いろいろありがとね」
シンデレラは短い礼を言って、馬車に乗り込みました。
さて、そのころ、お城では。
「すごいごちそうねえ……シンデレラをつれてきてあげたかった。きっと喜んだでしょうに」
「人目があって、タッパーに詰めるのがはずかしいわね……もうちょっとおそい時間になったら、みんなの注意もそれるからしら」
「ふたりとも。ごちそうの話ばかりするのはおやめなさい。これから王子さまがいらっしゃるんだから、くれぐれも失礼がないようにね」
「王子さまって、きっとすてきな方なんでしょうね! わたし『どくがんりゅうまさむね』のケン・ワタナベにそっくりだってうわさをきいたわ」
「まあ、わたしは『ペイル・ライダー』のクリント・イーストウッドみたいに渋い方だってきいたけれど」
「一説によると『ハート・ブルー』のキアヌ・リーブスにも似ているそうよ!」
むすめたちのうわさ話をきいていたおかあさんは、心の中で首をかしげていました。
(おかしい……王子さまのイメージがあまりにもバラバラすぎるわ……それにみょうに古い作品ばかりだし)
そのとき、高らかににファンファーレがなりひびきました。
パンパカパーン。
「王子さまのおなーりー」
毛皮のえりがついた外とうの下からのぞくダブレットは、つややかなベルベット。
かざりおびには金糸銀糸がふんだんにつかわれ、髪の毛はきれいになでつけられています。
顔がうつるほどにみがきこまれたブーツで王子さまは一歩、ふみ出し。
それを見たおかあさんはそっとむすめたちのそでをひき、ささやきました。
「いくわよあなたたち」
「ええ、おかあさま」
二人は、あおざめた顔でこたえました。
(最初からおかしな話だったわ)
おかあさんはすばやく考えをめぐらせました。
(一国の王子ともなれば、よその国のお姫さまと結婚するのがふつうなのに、わざわざ国中のむすめを集めるなんて、どんな理由があるのかと思っていたけれど……)
帰ろうとしたのは、おねえさんたちだけではありません。
おおぜいのむすめたちが目立たぬようにこっそりと、けれど急いでわれさきにと出口に殺到しはじめていました。
王子さまの右手にはこんがりあぶられた鶏もも肉が、左手にはサーティワンアイスクリームのキングサイズトリプルがにぎられていました。
鶏もも肉とアイスクリームを交互にほおばる王子さまの体は、太っているなどという言葉ではなまやさしく、山が動いているようにしか見えません。
ゆさゆさと波打つ王子さまの肉。
いったいこれほどまでに大きな人間というのが、いてもよいのでしょうか。
(こんな人と結婚したらまちがいなく……わたしたちは、死ぬ。なにかのひょうしにおしつぶされる)
むすめたちはみな怯えてしまったのでした。
王子さまはあたりを見まわし、大臣にたずねました。
「おかしいな。国中のむすめたちが集まったはずではなかったのか。ずいぶん人がすくないぞ」
王子さま美形説を流してむすめを集めた大臣は、慌てて答えました。
「ど、どうやら風邪をひいているむすめが多いようです。王子さまにうつすわけにもいきませぬから、みなくやしい思いで家にこもっているのでしょう」
「なるほどなあ。かんしんな心がけじゃ」
王子さまはおうようにうなずき、そこで足をとめました。
(おや……?)
どっかりとテーブルのまえに一人のむすめがじんどっており、王子さまのほうに見むきもしません。じぶんと同じ部屋に王子さまがいることに、気づいていないようです。
「そなた、なにをしておるのじゃ?」
「食べてるのよ。そのくらい、見たらわかるんじゃない」
「ずいぶんたくさん食べてるようだな。うまいのか?」
「うるさいなあ、おいしいから食べてるに決まってるでしょ。とくにこのお肉! じっくり味わうんだからじゃましないで」
ぶれいな口をきかれたにもかかわらず、王子さまはにっこりとわらいました。
これまで王子さまは、食べ物のことではいろいろさみしい思いをしてきました。
王子さまが食事をはじめると、あまりのはやさといきおいにみな驚き、顔をしかめたりします。
となりの国のお姫さまとお見合いをしたときも
「王子さまが食事をするところを見ていると、気分がわるくなります」
とことわられ、王子さまはたいそうかなしみました。
ところがこのむすめさんときたら、どうでしょう。王子さまにまさるともおとらない食べっぷりです。
(このむすめならば、わたしが何をどんなに食べたって、気にするようなことはあるまい)
王子さまは胸のそこからぽかぽかとあたたかい光がさしてきたような気分になりました。
「その豚肉の煮こみは、かくし味に果物をつかっておるのじゃ。だから深みがでる」
「へえ。くわしいわね」
「そちらの牛のあぶり焼きも、なかなかのデキだぞ」
「ほんとだわ。すごく香ばしい」
ふたりは生まれて初めて、じぶんと同じくらい、食べることに情熱をかたむける人に会ったのでした。
ぴったりと息の合ったコンビネーションで二人は、食べて、食べて、食べつづけました。
たのしい時間はまたたくまにすぎるものです。
ごーん。
かねの音が、おしろにひびきわたりました。
「もうこんな時間!」
シンデレラはあわててたちあがり、走りだしました。
「むすめよ、どこにいくのだ?」
後ろから王子さまの声がきこえますが、かまっていられません。
階段をおりるときにひっかけて、くつが片方だけぬげてしまいましたが、
「どうせ、ほとんど家から出ないもの。くつなんていらないわ」
シンデレラはそのまま馬車にとびのり、去ってしまいました。
「あれは……?」
シンデレラを追いかけてきた王子さまは、きらきらひかるガラスのくつをひろいあげました。
ぼわわわん。
かねが鳴りおわると同時に、ガラスのくつは大きな木ぐつにかわりました。
「それはこども用のボートですか?」
あまりにも大きなくつでしたので、とおりすがりの衛兵がそんなふうに王子さまにたずねたくらいです。
「ちがう。くつだ。このくつの持ち主ともっと話をしたいのだが……」
「うわ。とっても足の大きい男なんですね」
「男ではない。若いむすめだ」
「ええええええっそれはすごい。国じゅう探したって、一人いるかいないかでしょうね、そんなに足の大きいむすめは」
衛兵の言葉が、王子さまの胸に希望をうみました。
よく朝。
「おはようシンデレラ。留守番ありがとうね」
「お城のごちそう、少しだけ持ち帰ってきたわ。あたためたからおあがりなさいな」
「いらない。ねむいからまだねる」
そう言ってシンデレラがベッドにもぐりこむと、おかあさんもおねえさんも、みんなびっくりしました。
お城からの帰り、馬車と馬のまほうがとけてしまい、長い道のりを歩くことになったので、シンデレラはつかれきっていたのです。
「どうしちゃったのかしら。やっぱり留守番を怒っているのかしら」
「だからって、あの子がごはんを食べないなんておかしいわ。ほんとうにぐあいが悪いのよ」
「たいへんだわ。おいしゃさまをよんできましょう」
おねえさんたちは家の外に飛び出しましたが、あちこちに人だかりがあって思うようにすすめません。
「どうしてこんなに混み合っているんでしょうか?」
おねえさんが近くの人に声をかけました。
「お城の使いが来てるのさ。手掛かりをもとに、人探しをしているそうだよ」
わあっとかん声があがり、みごとな行列がやってくるんのが見えました。
けらいたちがうやうやしくビロードのクッションをささげもち、その上にはシンデレラの木ぐつがのせられています。
「ボートだ」
「ボートがなぜあんなばしょに?」
みなふしぎそうな顔でささやきあっていますが、おねえさんたちだけは、あれがボートではないことをわかっていました。
「たいへんよおかあさん」
おねえさんたちは慌てて家に引き返しました。
「お城の使いが、シンデレラを探しているの!」
「あんな大きなくつ、シンデレラ以外の人がはくはずないもの」
「だけどシンデレラは、ゆうべは留守番をしていたじゃないか」
おかあさんがそう言うと、おねえさんたちはかぶりをふりました。
「きっとごちそうがどうしても食べたくて、なんとかして忍び込んだのよ」
「だから具合が悪くなったのね。食べすぎたのよ」
「どうしようおかあさん、このままじゃシンデレラがつかまっちゃう!」
そんなことを話していると、玄関のとびらがノックされました。
「城からの使いだ、この家には、若いむすめがいるはずだが」
「はい、こちらに」
おねえさんたちは前にすすみでて、頭をさげました。
「ふーむ」
お城の使いは、おねえさんたちの小さな足をじろじろとながめました。
「おまえたちはちがうな。試すまでもない」
おかあさんがそっと席をはずしました。このすきにシンデレラを裏口から逃がしてあげようとおもったのです。そのことに気付いたおねえさんたちは、なんとか時間をかせごうとしました。
「なにを試すのですか?」
「あのくつをはいてもらおうと思ったのだ」
「まあ。大きくてとってもすてきな木ぐつですのね。わたくし、はいてみたいですわ」
「ずるいわおねえさま。わたくしだってはいてみたいわ」
おねえさんたちはうまく調子を合わせました。
「おまえたちの足では、あのくつはぶかぶかで、すぐに脱げてしまうだろうよ」
「そんなのわかりませんわ。試してみませんと」
おねえさんたちが靴下を何枚も重ねてはき、その上からさらに古布をぐるぐるとまきつけていると、とびらがばたんとあきました。
「人がねてるってのになんなのよさっきから。うるっさいわねえ」
シンデレラが現れ、その後ろでおかあさんが必死にシンデレラを引き戻そうとしているのが見えました。
「だれよあんたたち」
そう言ってにらみつけるシンデレラの足元をお城の使いはじっと見つめ、とつぜんがばりとひざまずきました。
「試してみるまでもない。わが君がお探しなのは、まちがいなくあなたです」
おかあさんもおねえさんも、びっくりして口もきけません。
こうしてシンデレラはお城に迎えられ、王子さまと結婚したのです。
王子さまとシンデレラのしあわせな生活は、ふたりが健康診断できびしい警告を受けるまでは順調でした。
なにごとも「食」の観点から考える国王夫婦は、農地・農作物の改良や開墾事業に力を入れ、軍事面でも兵站の研究を重要視しました。二人の政策は案外に評判がよく、王子さまは国民に「美食王」と呼ばれ、親しまれました。
健康診断でひっかかってからも、二人はめげませんでした。シンデレラはおいしくておなかいっぱいになれるヘルシーメニューを研究し、レシピ本を出版しました。もちろん、大ベストセラーになりました。
おねえさんたちはそれぞれ、働き者の職人と結婚しました。
シンデレラはときどき王子さまと一緒に、実家である仕立て屋を訪れましたので、おねえさんたちはすかさず「王室御用達」の看板をかかげ、店は以前にもまして流行るようになりました。
おかあさんは娘たちに店をゆずったあとも商売の勘は鈍ることがなく、年配女性向けの新ブランドを立ち上げたり、保育所事業を始めて地域の子持ち家庭を支援したりと、忙しくも充実した日々を送りました。
そんなふうにみんなは、末長く幸せに暮らしたそうです。
めでたし、めでたし。