たいていの人間は小説を読んでいる最中に
●「女」が登場すると、人相風体の描写が一切なくとも「若い女」だと思い込む。
●「若い女」が登場すれば、「若く美しい女」に違いないと思う。
●だから、「女」や「若い女」が登場した直後に、
「女が振り返った。年の頃は五十前後」
とか、
「若い女のほうは、つぶれた屋外便所のような顔をしていた」
などという描写が続くと、なんだかちょっとびっくりする。
とゆーような法則がある気がするのです。
これは私が小学三年生のときに見出した『読書の法則〜登場人物編その1』です。
せっかく法則を見出した以上は、それを活用しなけりゃなりません。
というわけで登場人物は女ばっかりなので新しい登場人物が出てくるたびに無意識のうちに若く美しい女かなと思っていると、そういう人物は最後まで出てきませんでした、あるいは出てきたと思った次の瞬間に退場しました、という小説が発表されれば、伏線もどんでん返しも驚天動地のトリックもなしに、読者の予想を小気味よいほど裏切り続けることができるのではないか、と思うのですがいかがでしょう。
タイトルと帯は思わせぶりにしてあげましょう。
『百合咲き乱れる谷に』
人里離れた女たちの楽園。そこで可南子がみたものは……?
みたいな具合で。
そして読者は最初の一行目で
「今年六十三歳の可南子は」
と記されていることに気づいて、いきなり「がつん」と食らわされるといいと思いました。
人里離れた女たちの真の楽園では、お肌の手入れだのウエストサイズだのファッションセンスだのに気を使わなくていいんですよ、楽園にそんな面倒なものはいらんのです。
好きなだけ紫外線を浴びて、手のひらを太陽に透かして血潮を確認しながらシミ・ソバカス・シワだらけになればいいじゃない。
何でも好きなだけ食べさせておくれなさいよ、豚みたいに見えることの何が悪いの。
服はウエストゴムのゆるゆるずぼんとだぶだぶトレーナーで決まり。あー楽だ。
まさに楽園。
楽園にはストレスがないので、女たちはむやみに長生きし、住民は自然と高齢化するわけですよ。
え、百合?
ああ、なんかそんなものが咲いていますね、夏になると。あの花はなかなか綺麗です。
夏は読書の季節です。
ころころと太った体をゆったりウェアで包んだ決して若くはないけれどとても幸せな女たちは、にこにこしながら木陰に寝転がり、空気中に満ちた甘い百合の花の香を吸い込みながら、つめたく冷やしたレモネード片手に、ゆっくりゆっくりとページをめくるのでありました。