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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

サボテンは強くない

内田春菊の『ファンダメンタル』ってゆー、短編集がありまして、一つの一つの話はとても短いのですが、これがなかなか「ずん」とくる話が多めに含まれている短編集なんですね。
私がその中でも特に気に入っている話の一つに、『サボテンは強くない』というのがあります。


かつてコイビト同士であった二人の男女が喫茶店でひさしぶりに会います。
付き合っている間、あなたは私に対してかなりつらく当たった。私はあなたがすごく好きだったから我慢したけど、嫌われているのかなと思って悲しかった。でもそういえば確かにあなたに面と向かって嫌いだと言われたこともあったんだから、しょうがないわね。そんなことを語ってから女性は、
「だからあなたから連絡があってびっくりしたのよ。こっちとしては結婚しますって知らせて、それだけのつもりだったから」
と既に過去を過去と割り切った表情で言います。
すると男性は、きまりわるげにもじもじしながら、話し始めます。
ちょっと前に、サボテンを貰った。
サボテンは水をやらなくても平気だと思ったから、ずーっとほったらかしにしていたんだ。
そしたら……この間、サボテンをふと見たら、枯れていたんだ。
サボテンは強くないってことを忘れていた。
だから……おれが君にしたことってのも、つまりそういうことで……


彼の話にそこまで耳を傾けていた女性は、そこで驚きに目を見開きながら、きっぱりと言います。
「とんでもない。あなたはサボテンを、火炎放射器で攻撃してたわよ
それから彼女はさっさと男性を置いて店を出ると、「男の人ってへーんなの」と呟き、そこで物語はおしまい。


という話を、「偽装部 - セックスより監獄だもの - 男は別れた後引きずるとか言うけど」とか、Ladder to the Moon - 「過去の女性が忘れられない」を読みながら、思い出したんでした。


過去を引きずるのは男性だけではないと思いますし、引きずっている男性の全員が『サボテンを火炎放射器で攻撃した』とも思いませんけど、それでも過去を忘れられずに美化しているひとの何割かって、火炎放射器を使ったひとなんじゃないかなあ、と思ったりして。
むしろ、『火炎放射器で攻撃した』からこそ、忘れられないんじゃないの、とかね。
それは必ずしも「おれは馬鹿なことをした」っていう苦いけれど正当な悔恨を意味するのではなく、なんというか、火炎放射器使用者ってのは男女を問わずいて、彼らは「コイビトを舐めきってどこかで見下しているからこそ」火炎放射器を使えるのだけれど、実はそれは彼らの心の中では『信頼』という言葉で表現されて居るんじゃないのかねえ、みたいな。
繰り返される酷い振る舞いは、相手の愛を試す忠誠心テスト、「おれ/あたしのことを好きなら、愛しているなら、このくらいやってよ」。
コイビトが我慢を続けるたびに、「こいつはこんなことをされてもあたし/おれを見捨てないんだ」という安心が生まれるのだけど、それは決して長くなくて。
次のテストはいっそう過酷なものになるってゆー。
「愛しているなら、相手の心を試すようなことをするなよ」という言葉は決して届かない。だって別に自分が相手を愛している必要はないんだもの、相手から一方的に愛されてさえいればいいんだもの、それが安心なんだもの。
「こんなに酷い扱いを受けても自分を愛してくれるなんて、こいつバカだなあ」
という相手に対する軽侮の念ってやつは、素晴らしい優越感をもたらしてくれたりして。見下されてもバカにされても邪険にされても従うしかない愚か者を傍に置くってのは、きっと楽しいことなのでしょう、ある種のひとびとにとっては。自分と同等、あるいは上かもしれないと思える相手なんて、一緒にいてもストレスになるだけ。
こんなにバカなこいつなら、自分を裏切ることはないだろうね、バカだからこいつ、他に行くとこないんだし。……他に行くとこがあるような奴は安心できねえ、バカっていいよな!
火炎放射器の攻撃に健気にも耐えるサボテンは、優越感と安心感の限りない供給所。
大事なのに酷く扱ったなんて変だね、ではなくて、酷く扱ってもそれに耐えてくれる相手だからこそ、価値があったというパラドックス的展開。


そりゃあ美化もされるでしょう。
その美しい思い出ってやつを子細に眺めてわかりやすくまとめると、
「あいつはなんて素晴らしいサンドバッグだったのだろう、あんなに素晴らしくて丈夫なサンドバックには、もう二度と会えないかもしれない、悲しい」
だったりするんですけどね。
かつてのコイビトの苦痛に満ちた忍従を、「自分があれほど許された、つまりそれほどまでに深く愛されていたのだ」などと考えることで、心を甘く満たす。
ま、そりゃ嘘なんですけど。
人間というのは、深く愛しているからすべてを許すわけではなくて、愛しているからこそ許せないものもあったりするし、なんでも許してくれる相手ってのは「単にそういう性格だから」(他人の言葉に逆らえない、自己犠牲が美徳だと思いこんでしまっている、自己評価が低いために自分が相手に酷い扱いを受けていることに気付けないなど)だったりするんですけど、そういう結論は火炎放射器使用者が求めている安心てやつを揺るがしますので、全然耳を貸して貰えないもんですわよねえ。


とりあえず。
『ファンダメンタル』は面白いので、読むといいと思います。特に『サボテンは強くない』は私のへたくそな要約なんかじゃなくて、本編をきちんと読んで貰いたい。