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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

「ボクラノキセキ」が面白い件

 さて、2020年11月25日にあの「ボクラノキセキ」の23巻が発売になりました。
 みんな、読んでますか?
 読んでない? 知らない? だとしたらあなたはなんて幸運なんだ! 私はあなたが羨ましい、だってこれから真っ白な状態で「ボクラノキセキ」を1巻から23巻まで一気に読めるんですから!!

 というわけで新刊が出る都度、Twitterでずっと面白い面白いとわめき続けている作品である「ボクラノキセキ」に対する情熱を叩きつけた文章を、いったん書いてみることにしました。
 お付き合いください。



どんな話?

 集団転生ものです。
 イイトシしたオタクのみなさんは、「ぼくの地球を守って」を通過している方、かなり多いのではありませんか?
 ああいうやつです。

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)


 中世ヨーロッパ風の異世界から転生してきた人間が、現代日本の高校で同じクラスに集まってしまい、そこから激動が幕を開けるのです。

また異世界転生ものか……

 うん、まあ、わかりますよ。そう言いたくなる気持ち。
 多いですよね、異世界転生もの。
 王道は現代日本からファンタジー世界にいくやつですけど、ファンタジー世界から現代日本に転生するやつもいっぱいありますよね。
 ですが、「異世界転生ものはもうお腹いっぱい」という理由で切り捨ててしまうのは、あまりにもったいないんです!

じゃあどう面白いか語ってよ

 この説明が難しいというか、面白い点をたくさん挙げることはできるんですけど、それですぱっと説明できた気持ちになれない作品なんで、思いつくまま並べていきますね。
 異世界転生によって生まれる推理と考察とサスペンスがすっごいんですよ!

推理と考察とサスペンスって?

 主人公は皆見晴澄。
 だいぶ幼少期から自分が転生者であることを自覚していた少年です。
 彼の前世はなんとお姫様。幼い頃から転生を自覚していたせいでうっかり
「自分は姫だったので」
 とクラスメートの前で言ってしまい、痛い子としていじられ、友人のいない不遇な小学生時代を過ごします。
 皆見はその後、運良く中学で良き友人に恵まれた結果、自分の前世を否定せず、けれどそこに執着もせず、現代日本に適応して生きることを選びます。
 高校に入学した皆見は前世話を新たな友人を得、彼女までさっくりできて、希望に満ちた楽しいスクールライフが始まるかに思えたのですが……!
 その矢先にクラスメートたちが次々と、前世の記憶を思い出し始めるのです。

 自分以外の転生者に初めて会った皆見は戸惑いますが、いきなり前世の記憶がよみがえったクラスメートたちは戸惑いどころではなく、大混乱になるのでした。

 その後だんだん落ち着いた転生者達同士の情報交換がなされるにつれ、

  • 転生者たちはみな、同じ一つの城に住んでいた人間。皆見は姫にして城主だった
  • 同盟国が裏切って城に攻め込み、城内の者は皆殺しされた
  • 全員揃って蘇った記憶が完全ではなく、不確かな部分が多い。ただし、どの程度欠けているかは個人差がある

 といったことが判明していきます。
 そして彼らは
「なぜ自分たちは殺されなければならなかったのか? あの戦争で何が起きていたのか?」
 と、集団で推理し始めます。
 この推理と考察が面白いし、一筋縄ではいきません。

 転生者はイコール死者です。
 戦争の末端の犠牲者たちが戦争の真実を知ろうとするわけですが、これは普通に考えてすごく難しいわけです。
 だって死んでるから。自分が死んだ後のことはわからないから。
 全員死んだと言っても同時ではなく、早い遅いはあるので、遅かった人は早かった人よりは知識が多い。
 身分が高かった人間は、低かった人間よりも多くを知っていたりします。
 けれど結局、みんな死んでいる。転生しているというのは、そういうことなのです。
 戦争中に
「冥土の土産に教えてやろう」
 などと言ってぺらぺらと裏事情を語ってくれる殺害者はいない。彼らのほとんどは何もわからぬまま殺されたのです。

 そしてまた、転生者たちはまったくもって一枚岩ではありません。
 実は城の中には、同盟国の人間も暮らしていたのです。
 彼らもまた、自国が城に攻め込んできた理由を知りません。自国の突然の裏切りに茫然としていたら、
「裏切ったな!」
「お前らが手引をしたのか」
 などと言われて、混乱しながら殺し合うことになったのです。

 同盟国を憎む、裏切られた人々。
 裏切り者扱いを受け、戸惑いつつ死んだ同盟国の人々。彼らだって自分のことを犠牲者だと思っています。
 そして中立の第三勢力、教会。彼らはまた、異なる思惑を持っています。

 大量の転生者に前世の記憶が蘇った直後、皆見の友人(ただし転生者ではない)が、校内で魔法によって襲撃されます。
 そう、彼らの前世には魔法があったのです。
 魔法を使えるのは一部の転生者のみ(前世平民の人間は使えない)。
 つまり、襲撃者は絶対に転生者。
 でも誰だかわかりません。
 そうこうするうちに、他にも魔法による事件が起きます。
 現代日本の人間には、一連の事件の犯人を見つけることはできません。もっと言えばそれが人の手によるものであることにすら、気づけません。転生のことも、魔法のことも知りませんから。
 転生者である犯人を見つけ裁くことができるのは、同じ転生者だけなのです。
 襲撃者が誰なのかわからない限り、転生者たちは元の平穏なスクールライフには戻れない。
 そのためにも彼らは、戦争の真実を知ろうとする――という感じにお話はゴリゴリ進んでいきます。

 一枚岩ではない中、前世と現世の人間関係は、どんどんかき回されていきます。
 高校生らしく好きな子ができたりするけど、そこに前世の人間関係が反映されて、素直に恋に邁進もできない。
 昨日まで友達だと思ってたけど、えっ、お前ってば前世で俺を殺してるよね? みたいなこともありえる。
 前世では主従だったけど、現世ではただのクラスメートだったり。
 昨日の敵は今日の友なのか、昨日の友は今日の敵なのか?
 前世の忠誠を現世で捧げることに意味はあるのか?
 前世の思いと現世の思いは、どちらが重いのか?
 前世の罪人は現世でもそうなのか? 違うというのならば、胸にくすぶる恨みと怒りを、どこに向ければいいのか?

「もう前世どうでもいいから、フツーに現代日本人らしく生きようよ」
 と考える人が出てきます。それはそれでとても正しい。一方で
「前世を思い出した以上、現世のことなんて馬鹿らしい」
 と感じちゃう人もいます。
 前世の彼らは、だいたい十代から二十代中盤くらいの人間なんですよね。
 これがまた絶妙な設定で、記憶が蘇った時点の彼らは皆、前世で過ごした時間のほうが長いのです。
 だからこそ、そちらのほうが「本当の自分」だと感じてしまい、現世をどうでもよいと思ったりする。

 何もかもばらばらな転生者達ですが、悲嘆と憤りという共通点があります。
 彼らは皆、若くして殺されたがゆえに。
 使命も思いも義務もあって、会いたい人や大事な人がいて、やりかけたことがあって、やりたいこともあって、正したい誤解、償いたい過ち、そういったすべてが、ある日突然、惨たらしく断ち切られた。
 転生者たちの青春は、二度に渡って蹂躙されたともいえます。
 一度目は前世で。若くして理不尽に殺されたことによって。
 二度目は現世で。蘇った前世の記憶によって、彼らの屈託ない平和な日々は奪われてしまった。
 その傷を皆が抱えている。抱えた上で、信じ合い、騙し合い、助け合い、支え合い、傷つけ合っていく。

 前世の勢力、身分、無念。
 現世の関係、感情、価値観。
 様々な要素が入り乱れ、大勢の思惑がとんでもなく錯綜していきます。
 前世ならば許せたことも、現代人としての価値観を身に着けたことによって許せない事柄に変化する。
 と思えば、前世ではできなかった和解と歩み寄りが、転生によって可能になったりもするのです。

 そしてまた「記憶が不完全」なのがとても厄介。
 昨日まで確かに友人で、確かに潔白だったはずの人間も、何かのきっかけで記憶が蘇り、結果として敵に回ったりする。逆もまたしかり。
 ただでさえ錯綜した関係が、ますます複雑になっていくのでした。

 というわけで「ボクラノキセキ」きわめて良質な群像劇であり、サスペンスものなのです。
 複雑に絡み合った要素を考察するのがむちゃくちゃに楽しい。
 とんでもない長距離伏線がこともなげに回収され、
「うわああああ!?」
「えっ、あれはそういうことだったのかよ!」
「ということはもしかして……ああっ、ああああ!」
 と読者に悲鳴をあげさせ、身悶えさせながら、波乱万丈に物語はすすんでいきます。
 前世と現世の二重写しになった関係性の中で繰り広げられる複雑な謎をこんなにすっきりと整理して魅力的に見せ、長期にわたって破綻なくきっちりと緊迫した物語を組み上げることができるとか、作者の頭の中は一体どうなっているのでしょう。
 恐れ入るばかりです。

 他にも語りたい点、面白い点はいっぱいあるんですが、きりがないのでこのへんで!
 ミステリー、サスペンス、謎解き、学園もの、SF、ファンタジーが好きな人ならまず楽しめますよ「ボクラノキセキ」。
 そうですね、「十三機兵防衛圏」とか好きな人だったら、ハマる味ですよ「ボクラノキセキ」。
 これからの季節、クリスマスプレゼントにいかがでしょう「ボクラノキセキ」。
 年末年始、外出を控えてお家で過ごすなら、全巻購入して読みふけってはいかがでしょう「ボクラノキセキ」。

 それではみなさん、良き「ボクラノキセキ」体験を!

余談 魔法と女騎士について

 本筋ではない部分なんですが、個人的にこの作品の女騎士の扱いに、すごく感心したんですよね。
 女騎士。
 ファンタジー物にはよく登場するけれども、現実的に考えると無理のある存在、それが女騎士。
 ですが「ボクラノキセキ」の前世パートには少数ながら女騎士が存在し、これがまたわりとリアリティの宿る設定なんですよね。

 この作品の魔法というのは、

  • 魔法の使い手は貴族、王族、騎士、神官など一部の人間のみ
  • 使用するとかなり体力を消耗する
  • 魔法は圧倒的に強い

 というかんじになっています。

 とにかく魔法が強いので、どんな剛力無双の卓越した剣士であっても、魔法の使い手にはかないません。
 というあたりが、「女騎士がいてもおかしくないな」と思わせるのです。魔法が使えれば女性だろうが、屈強な男性を倒し得るからです。

 一方で魔法は制限なしに使えるわけではなく、激しい体力の消耗を伴い、使い手は体を鍛えることが求められます。
 また、必ず何らかの供物を必要とするため、体力に余裕があっても供物がなくなれば、魔法は使えなくなります。
 そのため、騎士は剣術も身に着けています。剣術を学ぶことで体が鍛えられますし、剣で殺せるときは剣で戦ったほうが、供物の節約にもなるからです。
 この設定で「とはいえ、男性騎士のほうが多いだろうな」となるわけです。
 このへんの匙加減がうまいよな、と感心しました。

 女性の騎士を登場させたい、だけどそれなりにリアルな中世ヨーロッパ風の異世界で女騎士がぼこぼこいたら、
「おいおいこの世界の価値観はどんなかんじなんだよ?」
 と思われてしまいそう。
 というあたりをたくみに回避する設定なんですよね。

 他にもこの作品の魔法の設定はいろいろ絶妙で、ストーリーの重要な部分にもいいかんじで関わってきて、考察しがいがあります。
 ほんとすごいな「ボクラノキセキ」は。