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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

一人目。クルハス・ヤミ(仮名)さんのおはなし その1

私の顔は一言で表せば「人畜無害な間抜けづら」です。
別にそのことはね、いいんですよ。
もうオトナになってからだいぶん経ちますから、自分の外見に関する葛藤とかは、あまり持たないようになっています。
いいじゃないかMANUKEでも。おかげで他人様に初見から警戒されることが少ないさ。
何かの拍子にうっかりな発言をしてしまっても、
「ああ、この人はちょっと空気が読めないOBAKAさんだけれども、悪意はないわけだからな」
と処理してもらえることが多くて助かってるさ。
だからまあこれでいいんだ、にぶくてトロくてへらへら笑う人間であれば、平穏無事に生きていけるさ、と子どもの頃から思っていたんですがー。
実際には必ずしもそうではなくて。
にぶさもトロさもへらへら笑顔も、度を超せばそれなりの災いを己にもたらす、ということを二人の女性が、かつて私に教えてくれました。
その二人の女性の話を、思い出しながらまとめてみようと思います。



誰かが道をやってくる

私がクルハス・ヤミさんと知り合ったのは、大学に入学した年の春のことでした。
見学に行ったサークルで、同じ新入生仲間として顔を合わせたのが彼女です。


結局私は、そのサークルには加入しなかったのですが、当時いちばん仲の良かった友人であるライメイ・ピカル(仮名)さんという女性がそのサークルに入った関係で、飲み会等のイベントにはよく誘われて、顔を出していましたので、クルハスとも知り合うことになったのです。


クルハスは、とにかく非の打ち所のないにこやかで積極的で親密な対応、というものを誰に対してもする人でした。
彼女に対して無礼な口をきき、失礼な態度で絡んだ男性に対しても、クルハスは素晴らしい愛想の良さで話しかけ、微笑みます。
私はすっかり彼女に感心してしまいました。


不思議なことに、クルハスには親しい友人がいませんでした。
特に女性が相手のときに、その傾向は顕著でした。クルハスは基本的に、女性とは親しくならないのです。
周囲の女性たちも、クルハスとはなんとなく一定の距離をおいて接しているように見えました。


今にして思えば、私もその時点で何かを察するべきでした。
だってそもそも私自身もクルハスに初めて会った時から、
(なんでか全然わからないけど、なんか私この人がすごく怖いなー。なんでだろ)
と思っていたのです。
ただ、昔の私には我ながらどうしようもない悪癖がありまして、第一印象が悪ければ悪いほど、積極的にその人と親しくなろうとしてしまうのです。
大した根拠もないのに他人を悪く思うなんて良くないことだ、第一印象なんて特に無根拠なものなんだから、そんなもので行動を左右するなんて最低だ。
という罪悪感が強く働いて、
(ああー、私はこの人がなんでかわからないけど嫌だよ怖いよ苦手だよー)
と思っているのに、体は勝手に動いてどんどん話しかけちゃうかんじ。


不思議なことがもう一つ。
女性とは距離をおき、親しく接したがらないクルハスがなぜか。
私に対しては、とても親密に距離をつめてくるのです。
「シロイ、今度私の部屋に遊びにきて」
「シロイ、たまには二人でお茶でも飲んでゆっくり話さない?」
「ねえねえシロイ、夏物のサンダル買いに行くの付き合ってくれるでしょう?」
正直に言えばどの誘いも気が乗らない、というのが私の本音だったのですが、そこはそれ、例の『罪悪感』というやつがせっせと働きやがります。
「はい、よろこんでー」
とまるでどこぞの居酒屋店員のような愛想のよさで、私はついつい答えてしまうのでした。
いつの間にか私はすっかり「クルハスのとっても親しい友人」みたいなポジションに収まりつつあったのです。


夏休みに入ったある夜、クルハスから電話がかかってきました。
「ねえシロイ……明日ディズニーランド行くってほんとう?」
「うん、本当。ライメイとね、クルジ先輩(仮名)と○○先輩と一緒に行くんだよー。クルジ先輩の車なら、四人乗れるからね」


ライメイは切れ長な目元が涼し気な理知的な美人でして、たいそう男性にモテました。
いろいろなお誘いがしょっちゅう彼女には掛けられ続け、それらの誘いを承諾する時のライメイは必ず
「シロイも誘っていいですよね? にぎやかなほうが楽しいですし」
と有無を言わせぬ雰囲気で答えるものですから、結果として私もなかなか忙しい日々を過ごしておりました。
おかげで美味しい物もたくさん食べられたし、楽しいこともいろいろとありました。
ディズニーランドに行くことになったのも、そういう理由だったわけです。


「楽しそうだねシロイ」
「ディズニーランドなんてすんごく久しぶりだからねー。楽しみー」
「そう……いいな、シロイは、いろんな人に誘ってもらえて。私だってディズニーランドは大好きなのに。すごく行きたいのに。なんでシロイばっかり……? どうせ私なんて、誘ってもらえないんだよね?」
私は一瞬、言葉に詰まりました。
「そんな……そんな……そ、そんなことはないよ! クルジ先輩に頼んでみればいいよ。先輩良い人だし、きっと一緒に行っていいって言うよ。私からも頼んでみるよ」
「嬉しい! ……なんて言うと思った? どうせ断られるに決まってるのに、頼むわけないじゃない」
「そんなことないよきっと。私からも頼んでみるから。ね!
「シロイが頼んでくれれば、そうかもしれないけど。でもやっぱり、私は行けない」
「なんで? すっごく行きたいんでしょ?」
「だって! そしたら人数5人になっちゃうんだよ? 遊園地って二人ずつ並んで座ることが多いじゃない。それってつまり、私がいっつも一人だけ余って座ることになるってことでしょ! そんなの嫌。周りの人から『あの女浮いてるよなー』とか馬鹿にした目で見られる。そんなのわたしっ、耐えられないよう……」
そう言ってクルハスは、電話口で啜り泣き始めました。


私の頭は真っ白になっていました。
なにこれ、何が起こっているの。私は何を間違えたの。どうすればよかったの一体。どう答えればこの気まずい事態から解放されるの?
「クルハス、だったら私、行かないよ! 私の代わりに、クルハスがディズニー行ってよ!」
気がつけば私は、そんなことを口走っていました。
「ぐすっ…ひっく……ほんとに? でもそんなの悪くない?」
「イインダヨー」
「ありがとう。シロイっていい人だね!」


私は電話を切ってからすぐにライメイの部屋に向かいました。
私たちの学校は学生宿舎が充実しており、新入生の実に9割以上が最初の一年を宿舎で過ごします。
たまたまライメイは私の部屋の隣の隣に住んでいました。
「というわけで、私は明日のディズニー欠席しますので。クルハスが代わりに参加する旨、皆様にお伝え下さい」
「シロイ……」
ライメイは呆れたように呟きました。
「それ、本気で言ってるわけ? あたしにはどうしてそこでシロイが楽しみにしてたディズニーを諦めることになるのか、全然わからないんだけど」
「それはそうだけどさー。ただ、クルハスがディズニー行きたい気持ちはホンモノだと思うんだよね」
「まあ確かに。ほんとにすごく行きたいんでしょうね、そこまでするんだから」
「でしょ? 泣くほど行きたいんだよ? それってつまり、ディズニー行きたさのあまり、理性も何もかも決壊してしまうほど、情緒不安定になるってことでしょ? フツーじゃないよね。もしかしたらクルハスにとって、ディズニーは何らかのトラウマに関わってくる問題かもしれないなーと思ったら。別に私は我慢してもいいかなって」
「うわーそんな風に解釈したのかシロイは。うーんなるほど。クルハスが知ったら怒りそうだけど、まあいいや。とりあえず、後は任せて。あたしが何とかするから」


結局。
その後、夜半すぎから雨が降り始め、朝までにはびっくりするくらいの大雨になってしまいました。
ディズニー行きは中止となり、みんなでカラオケに行って、その日はなんとなく平和に終わりました。

平穏期の終わり

ディズニーが中止になった数日後、私はクルハスの部屋にいました。
「話があるの」
とやたら真剣な表情で呼び出されたのです。
その日のクルハスはいつにも増して機嫌が良く、ずっとにこにこしていました。
「ねえシロイ。ピカルちゃんて、クルジ先輩と付き合っているのかしら?」
「ううん、付き合ってない。ていうか、クルジ先輩ふられた」
「ええっ」
クルハスはかっと目を見開きました。
「それ、いつの話?」
「おとといの夜かな。クルジ先輩が『ライメイに付き合ってくれって言われたら断られた』って死にそうな顔で言ってました。だから昨日は傷心のクルジ先輩を慰めるためにみんなで麻雀の会を開こうとしたんだけど……」
「そんなことはどうでもいい!」
激しい口調でそう言われ、ちょっとびくっとしてしまう私。
先ほどまでの笑顔はどこへやら、クルハスは俯き加減でなにやらブツブツと呟いていますが、声が小さくて聞き取れません。
どうしよう。
なんか……怖いぞ……。


「わ、私、そろそろ帰ろうかなー。明日は実家に帰るつもりだから、荷造りしなきゃだしなー」
腰を上げかけた私の腕を、クルハスが素早くがしっと掴みました。
「ねえ?」
らんらんと輝く目で、クルハスは私の顔を睨めつけました。
「シロイはピカルちゃんのこと、どう思ってるの?」
「どうって……いい子だよねライメイ。話してて楽しいから、本当に頭がいいんだなーって、いっつも感心する。親切だし、しっかりしてるし。大好き」
「そうね、いい子よねピカルちゃん。でもそういうのがちょっと……鼻につくことってない?」
「ない」
私は断言しました。
「もしもライメイがもっと偽善者っぽくて、いい子ぶってるだけなら、そういうこともあるかもしれないけど。でもライメイはそういう人間ではないから」
「そういうもの? いかにもナチュラルにイイオンナなんですわたし、みたいなポーズを感じたりはしない?」


私は基本的に、空気読解能力の高い人間ではありません。
そんな私でもその時、クルハスが『たのしいわるぐち』大会を開きたがっていることはわかりました。
そのことは別にいいんです。
「人の悪口をいう人キライ」
などということを私は申しません。大体その発言自体が、「人の悪口をいう人」に対する悪口になっていますからね。
心や行動を、無駄に纏足したって、ただただ窮屈になるだけです。
私だって、嬉々として『たのしいわるぐち』大会に参加するときはありますよ。だって実際、楽しい時はあるもの。


ただ、私は自分が好きな人に対する悪口には、加わりたくはないのです。
だってそんなのはあまりにヒレツなウラギリですからね。
友人に対するウラギリであるのはもちろん、その友人を好きだと思っている自分自身に対するウラギリでもある。
なのでつい、こんなふうに言ってしまいました。
「ライメイは本当にいいやつです。ちょっと付き合えばそれはわかる。クルハスはライメイをよく知らないから、鼻についちゃったりするんだよ。ライメイともっと仲良くするべきだよクルハス」


バカバカバカな私。
相手が何一つ悪くないことを知っている、自分の感情が理不尽なこともわかっている、それでも嫌いで気に入らなくてその感情を止められない、ということが世の中にはたくさんあるのに。
他人にその理不尽さを指摘されたって、それでそういう感情が消えてなくなったりすることはなくって、かえってイラッとしたりするものなのに。
そういう人情の機微みたいなものを、当時の私は全然わかっていなくて、ずいぶん明後日な発言をしてしまったわけです。


その夜私は、そのまま逃げるようにクルハスの部屋を後にしました。



流れよ我が涙、とクルハスは言った

実家に帰ってしばらくしたある日、母親が妙な顔をして私を呼びました。
「ケイキに封書が来てるけど……あんた何を取り寄せたの?」
そう言って母が差し出したのは分厚い茶封筒です。裏返して差出人を確かめると、そこには「クルハス・ヤミ」と書いてあります。
「あー。これ、友達からの手紙だわ」
「友達? だって、これは個人から送るようなものじゃないでしょう? パンフレットとかカタログとか、そういうのが入ってる厚さじゃない」
母の言葉が私の不安を煽ります。


ずしりと重いA4サイズの封筒を開けると、便箋20枚ほどの手紙が出てきました。
「前略 シロイ・ケイキ様
私は今、故郷に向かう特急電車の中で、この手紙を書いています。
何から話せばいいのか混乱していますが、私の身にはこの夏、恐ろしいことが起きたのです」
なんかこの出だし、十九世紀っぽさがあるなー。などと考えながら、私は手紙を読み始めました。


その手紙の序盤3分の1ほどは、クルハスが片思いをしている大学の先輩がどんなに素敵な男性であるかということが、まとまりなく書いてありました。
私はなぜ自分がこんな『ラブラブ片思い日記』みたいなものを読まなくてはいけないのか、少々疑問に感じました。


「……ああ、なのに。
こんなにも素晴らしい、愛する男性がいるにも関わらず私は、他の男性の愛を受け入れ、付き合うことになってしまったのです」
おお、ようやく話が動きはじめた。
「その男性が誰かということを、シロイは知っているはずです。そう、マロジ先輩(仮名)です」
マロジ先輩……って誰だっけ?
私はしばし考えこみ、それから思い出しました。


ディズニーに5人で行ったらミソッカスみたいになるから嫌、というクルハスの希望を満たすために、ライメイがクルジ先輩に連絡をとってくれたこと。
それを受けてクルジ先輩が呼んだ、学部での親友であるという男性が、確かマロジさんでした。
大雨でディズニー行きは中止になったから、集まった6人でなんとなくカラオケとごはんに行って、カラオケの時もごはんの時も、そういえばクルハスはずっとマロジ先輩の隣に座っていて、マロジ先輩がちょっと照れながらも満更でもない顔をしていて……
あの後あのふたり、付き合うことになったのかー。なるほどねー。


「つまりすべては、罠だったのです。私はそれに、はめられました」
えええ、なんでそういう話になるの!?


「マロジ先輩が医学生であること、車を持っていること。私はそんなことだけで、彼を素敵な人だと思ってしまったのです」
それは……罠とは言わないんじゃないかな。
「だけど実際には彼は「どんなお医者さんになりたいの」という私の問いには「特にないかな。最初はうちの大学の勤務医になると思うけど」などと答えるいい加減な男でした」
それ別にいい加減ってわけではないんじゃあ……マロジ先輩、人柄とかよく知らないけど、かなりお気の毒な気がする。
「これなら、「将来は地元に戻って開業医になりたい」というビジョンを持っているクルジ先輩のほうが、何倍も素敵です」
なぜそこでクルジ先輩の名前が。
「私は医学部に行くからには、ブラック・ジャックのようなお医者さんを目指して欲しいのに」
それって無免許で法外なカネをぶったくる医者ってこと?


私の頭の中には疑問符があふれました。
とにかく、手紙を読む限りではマロジ先輩はクルハスに対して、何一つ悪いことをしていないのです。
最初のうちはクルハスは
「マロジさんが悪いわけではありません」
と書いていましたが、読み進むにつれ、だんだんマロジ先輩をあしざまに罵るようになっていきます。
マロジ先輩、何もしてないのに。
というよりも、何もできなかったのに、と言ったほうが正確です。


交際が始まって早々に、クルハスは何かのきっかけで「すべては罠」と確信し、マロジ先輩の何もかもが嫌になってしまったようなのです。
(だけどその肝心のきっかけというのが何だったのかは、なぜか書いてないんだよな……)
それからクルハスは、マロジ先輩からの一切の接触を拒否します。
「食事その他のデートの誘いはすべて拒絶し、電話はもちろん無視しました」
淡々とクルハスは書いていますが、付き合い始めたはずの彼女にそんなふうにされたマロジ先輩は、わけがわからなかったことでしょう。


「そして、運命の日がやってきました」
サークルの皆でプールに出かけた日、珍しくマロジ先輩も同行したそうなのです。
で、まあ、ベタですが後ろから手を伸ばして「だーれだ?」てのをやったらしい。
付き合い始めた彼女とのひさしぶりのお出かけですものね。気持ちはわかりますわね。
「私は思わず悲鳴をあげ、マロジを振り払いました」
いつの間にか先輩呼び捨てにされてる。
「マロジはそのまま、プールに落ちました」
そんなすごい勢いで振り払ったのか……
「私は彼に「私は接触恐怖症なんです」と説明し、「これからも指一本ふれないでください」とお願いしました」
なんかその場ででっち上げたような病名だな。ていうかそんなの初耳なんですけど。
「もちろん、それは嘘です」
うわあ……大胆な嘘つくなあ……
「それがきっかけだったのでしょうか。私たちはほどなく別れました。たった10日ほどの短い交際でした」
交際してたって言えるのかそれ。


「シロイには私の気持ちを、わかってほしいのです。卑劣な罠に落ち、意に染まぬ交際に振り回された私の傷ついた気持ちを」
けっこう難易度高い要求をしてくるなあ。そして振り回されたのはどちらかといえばマロジ先輩では。


その後、クルハスの手紙は罠とやらの卑劣さに憤り、マロジ先輩の欠点をあげつらい、おのれの悲劇を嘆きながら、更に便箋5枚ほど続きました。



てなところで

なんかえらく長文になってきたので、いったんこのへんで。続くってことでスミマセン。