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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

一人目。クルハス・ヤミ(仮名)さんのおはなし その2

敬老の日が近づいて、「今週のお題は「おじいちゃん&おばあちゃん、ありがとう」です」とかはてなに言われてんのに何やってんだろうってかんじですが、クルハス・ヤミさんのお話の続きです。
その1はコチラ



ダイヤルKをまわせ

夏休みも終わり、実家から大学に戻った私は、あることに悩んでいました。


前回のお話で、うちの大学では新入生の九割以上が学生宿舎に入ると書きました。
学生宿舎には激安家賃以外にもいくつかありがたい利点があり、全室に内線電話が通っていたので、新入生同士はどれだけ長電話してもタダ、というのもその一つでした。
今の時代だったら「スカイプ使えばいいじゃね?」って話ですが、これはインターネットがそんなに普及していなかった大昔、タダ電話なんて、夢のようだった時代のことなんですよ!
というわけで、一年生はお互いの部屋にじゃんじゃん電話をかけまくる傾向にありました。


夏休み後、クルハスは私の部屋に毎日電話をかけてくるようになりました。
「シロイにどうしても、話をしたいことがあるの」
そう言って始まるのは、クルハスが片思いをしている男性とやらがいかに素晴らしいかという、ただそれだけの話。
その話が、数時間続くのです。


いや別に私だってそういう話をするのがいけないことだとは申しませんが、それにしたって毎日数時間も聞きたい話題ではありません。
(最近、部屋の中がちらかってきてるんだよなあ……時間が空いたら片付けようと思ってるけど、余暇はほぼすべて電話にとられてるからな……ああ、こんなラブラブ片思い日記を聞く時間があったら掃除とアイロンがけしたい)


しかも、クルハスは基本的に私が話をすることは許さないのです。
今日こんなことがあってー、みたいな雑談を口にすると
「それはどうでもいいんだけど、それより」
と素早く話がぶった切られるってゆーね。


けれど、まあ、それでも。
ラブラブ片思い話が続いている間は、まだよいのです。


クルハスはとにかく、大勢の人を憎み、怒り、恨んでいました。
あの人がキライ、こんな嫌なことがあったの、という愚痴は、多くの人が語りたくて仕方のない話題ではあるでしょう。
けれどクルハスの恨み節は、何かが違いました。
なんというか、
「そんな理由で憎まれるなんて……理不尽すぎる!」
と思わされることばかりだったのです。


たとえば、こんな具合に。
「あのね、イベントの片付けをしているときにね、偶然私とカレと私が同じ方向に一緒に歩くことができたの。周りに誰もいなくて、二人きりの数分間! すごくすごくうれしくて、幸せだった……」
うっとりとそう言ったかと思うと、次の瞬間、クルハスの口調ががらっと変わります。
「なのに一年の男子が一人、
『クルハスそれ重くねえ? 貸せよ、オレが持つ』
とか言って後ろから来やがって……あの野郎……あんちくしょう……ゴミクズ以下の糞野郎が、生きる権利もないくせにさあ! カレと私の二人きりの時間を邪魔しやがって、マジなんなのあいつ、何考えてるの、なんであんなヤツが、へらへら生きちゃってるわけ!? ああむかつく! 一刻も早く死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! あああああ、絶対このままじゃ済ませない、あいつに思い知らせてやりたいいいい」


(ホラーだ……)
受話器を握り締めながら、私は背筋が冷たくなるのを感じていました。
(その一年男子くん、何も悪いことしてないのに……つかむしろイイヤツっぽいのに……まさかこんなに恨まれてるとは自覚ないよな当然)
(ていうか、クルハスに恨まれてる人のほとんどが、たぶん自覚ないだろうな)
(よくドラマとかで「私は他人様に恨まれるようなことはしていません」とかゆー台詞出てくるけど、私はあれ、一生言えないわ。クルハスみたいな人がいるんだもの)


クルハスは恨みをそっと押し殺すタイプではありませんので、恨まれた人はしばしば、理不尽な意地悪をされたりしていました。
「そ、そんなことをしたのクルハス……もうやめなよそういうの……向こうだって悪気があったわけじゃないんだしさ」
「はい?」
クルハスは冷たい声で聞き返します。
「シロイ、私の行動にケチつけるわけ?」
うわあああああん、おかあさああああん、私この人すごく怖いようううう。
「あ……いや、そんなことしたら、クルハスが意地悪な人間だと周囲に誤解されたりしないかなーと思ってさ」
「ああ、そういうこと」
ふふっ、と笑うクルハス。
「ありがとね、心配してくれて。でも大丈夫」
何がどう大丈夫なのか、私はそれ以上聞けませんでした。


あの頃。
部屋に帰る度、私の目にまず入るのは、ぴかぴかとメッセージランプを光らせた電話機でした。
「ピーッ。3件の新しいメッセージがあります」
「1件目。午後4時、37分」
「クルハスです。シロイ、まだ帰ってきてないよね。帰ってきたら、絶対電話ください。話したいことがあります」
「2件目。午後7時、45分」
「クルハスだけど。シロイまだ? 電話絶対ちょうだいね。待ってるから」
「3件目。午後10時、23分」
「クルハスです。遅くてもいいから。電話は絶対」
絶対、という言葉がこれほど重く感じられたことが、かつてあったでしょうか。


クルハスなんて知るもんか。電話になんて付き合ってられねえ。
そんな風に思うことはできませんでした。だって、すごくつまらない些細な理由で、いろんなひとがクルハスに恨まれているんですよ?
もしも私がクルハスの電話を無視したりしたら……それはクルハスの脳内では許しがたい重大な裏切りになることは間違いなく。
(下手したら私……刺されたり、するんじゃあ……)


深夜まで延々と続くクルハスの電話につきあっているうちに私は、受話器を握ったまま、うっかりウトウトしてしまったりもしました。
私が電話口で眠ってしまっても気づかないくらい、夢中で話を続けられるところがクルハスのすごいところでしたので、幸い一度も居眠りはばれずに済みましたが、それでも
(バレたら……死、あるのみ)
という思いが頭の中を支配し、私は真っ赤になるまで自分の太ももをつねりながら、クルハスの話に耳を傾けるのでした。



世界の中心で愛を叫んだクルハス

そういえば、こんなこともありました。
盛り上がった飲み会の後、徹夜明けの早朝に帰宅した時。


ドアを開けると、暗い部屋の中で電話機のメッセージランプがまばゆく輝いていました。「ピーッ。新しいメッセージは13件です」
!?
な、なんだそれ……あまりに異常な件数なんだけど。何があった?
「1件目。午後8時、18分です」
「クルハスです。シロイ、まだ帰ってないの? 実は私、今日は先輩の家で飲み会があって、今飲んでるの。でね、先輩の家って実は、シロイの家にとっても近いのよ。だから帰ったら、何時でもいいから連絡ちょうだい。○○○○番だから」
「2件目。午後10時、7分です」
「クルハスです。さっきも入れといたけど。とにかく、何時でもいいから先輩の家に連絡ちょうだい。念のためもう一度、先輩の家の電話番号言っておくね。○○○○」
てなかんじで延々と電話を催促するメッセージが入っています。


「で、でももう朝の5時だし……いくらなんでもこんな時間に知らない人の家に電話できないよ。クルハスだってきっと寝てるし」
うろたえる私の横で、電話機は着々とメッセージの再生を続けます。
「13件目。午前4時、35分です」
「クルハスです。もう帰ってきてるのに無視してるとかないよね。電話して」
最後のメッセージがわずか30分前ということは、クルハスがもう眠っているということもないのでしょう。
私は覚悟を決めて、受話器を取り上げました。


「はい、○○です」
ワンコール鳴るか鳴らないかのわずかな間に、誰かが電話にでました。
「あ、あの、こんな時間にたいへん失礼いたします。シロイと申しますが、クルハスさんはそちらに」
「ああ!」
電話に出た男性は、明らかにほっとしたような声を出しました。
「お待ちしていました。シロイさんですね、今クルハスに代わります」
「よかったあ、帰ってきたんだねシロイ。じゃあ、今から行くから」
「え、どこに?」
「決まってるじゃない。シロイの家」


雨が降っていました。
クルハスは傘をさして我が家に現れ、
「よかったあ。どうしても今日、シロイに話さなくちゃいけないことがあったから。実は今日! カレと廊下ですれ違ったのお」
と微笑みました。
「なるほど。それで?」
「すごく素敵だった、今日も。カーキ色のシャツがとっても似合っててえ」
それだけかよ!
喉元までそんな言葉が出かかりましたが、ぐっとそれを飲み込みます。


その後クルハスは延々と「今日のラブラブ片思いイベント」を話し続け、私が剥いた梨を8切れ中6切れまで平らげた後、
「あー話ができてよかった。それじゃあね。今夜また電話するからー」
と言って去りました。



クルハス・ヤミはライメイ・ピカル(仮名)の夢を見るか?

さてさて、クルハスの主な話題は「ラブラブ片思い日記」と「今日の殺す殺すリスト発表」の二つでしたが、その合間に必ず確認を入れる事項がありました。
それは私の友人ライメイの恋愛事情です。


「クルジ先輩は一度ふられたけど、まだ諦めてないと思うなあ。あと熱心なのは△先輩かな」
「ふうん……で、ライメイの気持ちはどうなの?」
「えー、どっちも好きじゃないと思う。あ、もちろん二人共イイヒトだから、人間としては好きだと思うけど、恋愛感情はなさそう」
「へえええ、そう。そういうことなのおお」
(きた……この話題になると不機嫌になるくせに、どうしてクルハスはライメイのことを聞きたがるんだろう)
「うん、だから特に進展はないんだよね」
「ほんとにい? ライメイがシロイに隠して、他の誰かと付き合っていたりすることはないのかしらあ?」
「さー、それはわかんないけど。わざわざ隠す意味があるとも思えないし」
「あらあ、だって。何もかも誰かに打ち明けて、正直に生きて、なんてことしても何のトクもないでしょお? ……もしも私の何もかもを知っている人がどこかにいたら。私、不安でしょうがないもの」
(わー、この口ぶり。このあたりはクルハスの本音なんだろうなあ。てことは、私以外にも私の知らないクルハスの本音を聞かされてる人がいるのかもな)
「まー別に。ライメイが他に好きな人がいるんだとしても、話したくないなら、それでいいし」
「ああ、もう。シロイってほんとにライメイが好きなんだね。頑固でこまっちゃう」


そんなある日。
ライメイと私が、一緒に学食で昼食をしたためていたときのことです。
「ライメイ!」
突然誰かが声を掛けてきました。
「わーよかったよかった、ここで会えて。私ね、ライメイに話したいことがあるの」
にこにこ笑いながらまくし立てているのはクルハスです。
「だからね、今日の夜、絶対電話するから。ね? 待っててねライメイ。お願い! じゃあねー」
ライメイと私は、去っていくクルハスをぽかんとして見送りました。


「ライメイとクルハスって……意外と仲良かったんだね。知らなかった」
「いやいやいや、それはない。それはないよ。電話ってなにさ、びっくりしたよあたし」
「えっ、そうなの? じゃあクルハスに心境の変化があったのかな」
「さあ……どうなんだろうね。わからないけど」
なんとはなしに不安を覚えながら、黙りこむ二人。


とはいえ。
(ライメイの本当の人柄に触れれば、クルハスもきっと、彼女の良さをわかってくれる)
今の私から見ると「頭わいてんじゃねえのオメー」と言ってやりたくなるようなおめでたいことを、当時の私は本気で考えていました。
(いつも冷静で情緒の安定したライメイと仲良くなれば、クルハスのあの不安定さも落ち着いて、良い影響がありそうだし)


その夜、ひさしぶりに私はクルハスからの電話を受けることなく、静かな時間をたっぷりと楽しむことができました。

てなところで

わーこの話、たいしたことないのに中々終わらない。
つーわけで次回に続きます。