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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

キャッチセールスの手口から学ぶ説得技法

前回の日記で「キャッチセールスなどに捕まったときの脱出法」を書いたわけですけれども、せっかくなのでついでにキャッチセールスの方々がよく使うテンプレート的手口を大雑把にまとめておこうかと思いマス。
実は私は学生時代、社会心理学の時間にキャッチセールスのテクニックについて学んだことがあるのですね。キャッチのおにいさんについていったら、まさに習ったとおりの流れが「教科書に忠実です!」的にきっちりと再現されていて、感動すらおぼえましたよ。
てなわけで理論と実践(された側だけど)に基づく、「キャッチセールス☆テンプレート」を記録しておきますね。

その1 アンケートのお願いから始まる『フットインザドアテクニック』

キャッチセールスはたいてい、
「○○に関する簡単なアンケートにお答えください」
の一言から始まります。
アンケートに答えるくらいたいしたことじゃないし、誰かの役に立つかもしれないんだし、ぶらぶらしているだけだからちょっとした時間つぶしになるかも。
そのくらいのかるぅい気持ちで引き受けられる、容易な頼みごとをまず相手に了承してもらう。
これは心理学の『フット・イン・ザ・ドア・テクニック』とよばれる説得技法です。
小さな頼みごとを了承してくれたひとは、その後ちょっとずつ要求のレベルを上げていくと、最初から頼めば断られたであろう要求でも了承してくれることが多いのですね。
好きなひとがいるからといってろくに話したこともないのにいきなり「付き合ってください」と言っても断られるでしょう。むしろ了解する人はやばいです。しかしこれが、
「よければお昼ご一緒させてください」→「週末あたり一度、飲みませんか?」→「日曜日○○行くんで、一緒に行きましょう」→「付き合ってください」
というホップステップ式の進行ならばうまくいったりするのと同じです。
セールスマンがまずドアの隙間に足をつっこんで、ドアを閉められないようにした上で交渉をすすめていくイメージ。これがフットインザドアテクニックです。


その2 「話が違う」とは言いづらい、「責任感」に潜むワナ『ローボールテクニック』

さて、あなたが「アンケートくらいいいですよ」と言ってしまうと彼らは次に、
「では、そのための場所があるので移動します」
とか言い出します。
ええっ、この場で答えられる簡単なアンケートだと思っていたからつい了解しちゃったよ、しまったメンドクサイ、と思いながら、移動してしまうあなた。
最初から
「すみません、これからぼくの後をついてきてあの建物に入り、そこでアンケートに答えてください」
と言われれば、「見知らぬ人間に案内されてわけわかんない建物に入るわけないだろ。あやしい」と判断して、ついていくことはなかっただろうに……
これは『ローボール法』という説得技法です。
最初に好条件を呈示して相手が了承した後、「実は……」と言って違う話を始めると、ひとは不満をもらしながらも「仕方ないか」とあきらめてくれたりするのです。
「ねえねえ、今度の日曜、日給一万円でうちの子どもの面倒みてくれない?」
という依頼を、
「あ、○○くんなら私になついているし、いいよ」
と引き受けた後当日になって、
「実は隣近所の奥さんたちの子どももまとめて面倒見て欲しいの」
と総勢15人のリトルモンスターズに引き合わされて脱力……でも今更断れないよ……最初から知ってれば断ったのに!とかそういう話、あちこちに転がっていますよね。
そう、なぜかひとは「一度引き受けたものは今更断れない」と思ってしまうのです。
ローボール法は「つじつまのあわないことはしたくない」、「自分の言動には責任を持ちたい」、と思ってしまう、つまり責任感の強い真面目なひとであればあるほど、陥ってしまいやすいワナです。

その3 アウェイではなくホームで勝負。自分のテリトリーに相手を引き込め

さて、なぜキャッチセールスのひとたちはあなたを移動させるのでしょうか。
これはもちろん、相手が簡単に逃げられないようにするためですが、それ以外にも「自分は相手のテリトリーに移動させられてしまった」と思わせて心理的に優位に立つ、という計算も働いています。相手のホームで勝負させられる、と思ったとき、しばしばひとは気持ちをくじかれてしまうのです。

その4 情報遮断で連携を防ぐ。白い小部屋と大きな音楽

私が勧誘の方に連れて行かれた雑居ビルのフロアは、スペースがたくさんの白い小部屋に区切られ、不快なほどに大音量のBGMががんがんかけられていました。
そしてその中のひとつの区切りに案内されたわけですが、これはけっこうポピュラーな手口なんだそうです。
パーティション視界をさえぎり、大きな音楽で耳栓をして、周囲の様子がわからないようにする。そうすることによって犠牲者同士の連携を防ぐわけですね。
また、こういう異様な状況では、ひとはますます不安になってしまって、判断力が低下したりします。こういう不安で不快な状況からはとにかく早く逃げたい、と思わせれば、あとで契約書に判を押してもらう確率が上がるわけです。
講義で手口解説をしてくれた教授は
「場所を移動して行った先が、小部屋に区切られているのを見たら逃げるのが安全です」
とおっしゃっていました。

その5 権威あるものにひとは従う。白衣の人間が現れた!

落ち着かない小部屋に通された後、あなたをここまで連れてきたアンケート係のひとは突然
「それではここで、係の者に交代しますね」
などとほざいて去ってしまいます。
これは不安です。わけのわからない不安をあおる場所につれてこられた挙句、わずかながらも馴染みのあるひとがいなくなってしまうわけですから。
そしてやってくる『係の者』。
このひとたちは大抵、アンケート係のカジュアルさとは一線を画した服装で現れます。たとえば白衣。たとえばスーツ。これは『権威』の記号です。
わざわざ交代して現れた、という事実も、あなたに権威を感じさせる一因になります。だってお店とかで店員がわざわざ交代するときってたいてい、店長とかマネージャークラスの、階級が上の人が出てくるときでしょう?
まったく同じ意見であっても、発言者は誰であるかによって、ひとに受け入れられる率が変わってきます。『権威』あるひとの言葉ならば本当だろう、従ったほうがいいだろう、と考える人間は多いのです。というわけで、ここで『権威ある係の者』が登場するわけです。
そして多くの場合、『権威ある者』はアンケート係のひととは性別が異なっています。アンケート係が男性なら、権威者は女性。アンケート係が女性なら、権威者は男性。
「かっこいいおにいさん/かわいいおねえさんだなあ。フレンドリーだし」
などといううわついた気持ちがここで一刀両断され、あなたはここから『権威』があって『馴染みのない』ひとと、『相手のテリトリーで』相対しなければならなくなったのです。じわじわと追い詰められてまいりました。

その6 不快要素の積み重ねが抵抗力を奪う。トイレくらいは自由に行かせて

そして始まる『権威ある者』の話は、しばしばあなたの不安感を煽ります。
「お肌の調子が酷いですよ。若いうちはいいですけど、このままは……」
とかね。
小部屋に囲い込まれて出入り口は『権威ある者』にふさがれ、お茶のいっぱいも出されず、喉が渇いてもおなかがすいてもどうしようもない状態、トイレに行きたいと言っても、なんだかんだと理由をつけて却下される。
その間も『権威』に裏打ちされた説得力あるダメだしは延々と続き、音楽は大音量でがんがんと鳴り響いてあなたを疲労させ、とにかくなんて不快な状況なんでしょう! いつ出られるんだろう先が見えない、という不安と恐怖。
ああもうここから出たい、なんでもするから出して。「馬をよこせ、馬を! かわりに我が王国をくれてやる」と叫んで戦死したリチャード三世みたいな悲壮感が最高潮に達したとき、『権威ある者』はあなたに脱出方法を教えてくれます。

その7 見せ掛けの譲歩による錯覚『ドアインザフェイステクニック』でしめくくれ!

「このウン十万円の絵画/壷/絵画を買えば帰っていいですよ」
という解答があなたに与えられます。当然それは裏を返せば
「買わないなら帰れませんよ」
であるわけです。
しかしウン十万円というのはいかにも大金。さすがに無理、そんなの出せないよ、と思い悩んでいると、『権威ある者』はあなたに同情して、こんな風に言い出します。
「うーん……仕方ないなあ……これは特別な処置ですけど……○万円安くして、○○万円にしましょうか。それならなんとかなりませんか?」
これはドアインザフェイステクニックといいまして、最初に紹介したフットインザドアの逆パターン、最初にどうせ断られるであろう無理な要求を突きつけておいて、断られたところで本来の要求をすると受け入れられやすくなる、という手法です。
ひとはたいていの場合、相手のお願いを断るのが、わりと苦痛であるわけですよね。できることなら他人の頼みをなるべく聞いてあげたい八方美人が、あなたの中にも住んでいませんか?
断って苦痛を感じているところで、相手が今度は小さな要求をしてくる。それによってあなたは「相手が譲歩をしてくれた」とか思うわけです。
そして人間の心理的な法則に「返報性」というものがありまして、これはなるべく相手がしたことを同じものを返そうとする心理なのですね。親切にされたら親切にする、やられたらやり返す。
だから、相手が譲歩してくれたなら、自分も譲歩しなければ、と思ってしまうわけです。
この場合、その譲歩は見せかけに過ぎないわけなんですけど。
それに、最初に比べると安い金額を「特別に」呈示されれば、実際にはかなりの高額でもずいぶん安くなったように錯覚しますし、お得にも思えますしね。


実は私の知人で、街角の親切なひとにすすめられるままに数十万円のイルカの版画を学生なのにローン購入した方がいるんですが、彼は
「うわーたかいー、なんでそんなの買ったの?」
とひとに聞かれるたびに、
「いや、高くないんだよ。だって本来○○万円のものなんだよコレ。だけど学生だから特別に○万円も引いてもらえたんだ。だから実はかなり得しているんだよ」
と答えていました。
得だろうとなんだろうと、バイトと仕送りでなんとか生活している学生にとって、ローンで数十回払いの絵画は明らかに高いんじゃない、とか私は思ってしまったわけですし、彼だって最初からその金額で呈示されたらたぶんその絵を買わなかっただろうなと思います。
譲歩して、安くしてもらえたから、お得だな親切だな、と思って買ってしまったんでしょうね。
既にクーリングオフ期間が過ぎてしまっていましたし、今更その版画の本当の資産価値を知っても不幸が増すだけだろうな、と私は思いましたので、「そっかあ。よかったね」とだけ言い、彼も嬉しそうにニコニコして、自分が得をしたと本当に信じている様子でしたので、あれはあれでもしかしてアリなのかなあ、とか思ったりしましたが。


というわけでー。
私が知っているキャッチセールスの手口はこのくらいでございます。
ちなみに私が実際に経験したのは手口その6までで、
「このひとは一体私に何を売りつけてくるんだろう」
と思いながら一時間もの長きにわたって話を聞いたのに一向に本題に入ってくれなかったので、そこで飽きちゃって、携帯脱出法を駆使して、帰っちゃいました。忍耐なくてごめんなさい。
私がもっと真面目に勉強して、もっと頻繁にあちこちに連れ込まれて、もっと粘り強く最後まで話を聞いていれば、みなさんに更に多くのことを伝えることができたのですが。残念です。


キャッチセールス☆テンプレートは、真面目で親切で気の弱いひとに対して最大限に効果を発揮するあこぎなものではございますけれども、細部まで考え抜かれ、さまざまな心理的な手法が盛り込まれており、そうとうよく出来ています。
「ひとを説得する、動かすためにはどうすればよいか」
という研究に対するひとつの答えでもあると思います。
敵を知り、己を知れば百戦あやうからず。
その手口をしっかりと学べば、「自分が他人を説得したいときにどうすればよいか?」ということも見えてくるでしょうし(でも悪用しないでくださいね。みんなが幸せになるための過程として説得が必要なときに使ってください)、むやみに他人に説得されてしまうことも減るんじゃないでしょうか。


最後に。
キャッチセールスなどの勧誘というのは実は
「自分は知的能力が高く、容易に他人に説得されたりはしない」
という自信を持っているひとこそ、ツボにはまったときに危ない、と言われています。
自己懐疑の精神のあるひとであれば、「自分はだまされているかもしれない」というマイナスの情報も受け入れることができますが、「このおれさまがだまされるわけがない」と思っている人がうっかりある一線を越えると、引き返せなくなってしまうのです。
自分がだまされるなんてことがあるわけないから、自分は心から納得してこの結論に達したのだ、と自分で自分に言い聞かせてしまう。敵は己の中にもいるわけです。
このへんの心理って、知的能力が高いはずなのに、不穏な新興宗教やダメな恋人にずっぽりとはまって引き返して来れないひとが多い理由に、からんでいるような気もします。