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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

いつも心にサリコさん

欧米の結婚式には欠かせない、「ベストマン」って何か知っていますか?
新郎のアシスタントとして、そして、婚姻の証人として、結婚式前の「バチェラーズ・パーティー」*1から、式が終了するまで、新郎をサポートするひとのことです。
ベスト・マンの最も大切な役目は、婚姻証明書と指輪を持っていくこと。
たいていはこの役割は、新郎の親友が務めます。*2


中世ヨーロッパでは、結婚は略奪婚で、新郎は友人とチームを組んで、花嫁を家族から連れ去ったそうです。当然この方式にはいくらかの危険がつきまといますね。
そんで、ベストマンというのは、その頃始まった習慣なんですって。
ベストマンは新郎に
「お前にもしものことがあったら、おれが代わって戦い、指揮をとる」
と請け負う役目でもあったわけです。ベストマンがいるからこそ、新郎は戦える。


そんでね。
私はこのベストマンの話をきいたとき、ちょっと考え込んでしまいました。


現代日本では、略奪婚のためにパートナー捜しをする必要なんて、ありません。
そもそも私、Y染色体とか持ってないから、中世ヨーロッパに生まれても、略奪側には回らなかったわけですが。
だけどさ。
性根据えて戦わなきゃいけないときって、人生にはあるじゃないですか。昔でも現代でも。男でも女でも。誰でも。
人生の重大な局面で、逃げちゃならないとき、踏み出さなきゃいけないとき、自分の脇に信頼できるベストマンあるいはベストウーマンがいてくれたら、どんなに心強いでしょうね?
そして、自分の大好きな友人が戦わなきゃいけない局面で、自分をベストマンあるいはベストウーマンとして選び取ってくれたら、どんなにか光栄なことでしょう。


そして私が思い出すのは、ベコヤマ・サリコさん(仮名)のことなのです。


数年前。
車に乗っていたサリコさんと私が、とあるアパートで夜、超キニナルものを見てしまったことがありました。


ぐったりと意識をうしなっているように見える女性を、男性が二人がかりで抱えて、アパートの廊下を歩いてく。
やがて一人の男性が鍵を取り出してドアを開け、女性をそのまま中に運び込みました。
数秒後、一人の男性が苦笑しながら部屋を出て行きましたが、女性ともう一人の男性は、部屋の中に入ったままです。


「なななななな、なに、今の!?」
思わず助手席のサリコさんにそう尋ねる私。
「私だってわかりません。てか、ホントに何?」
青ざめた顔でそう返すサリコさん。
「酔っぱらいを介抱しているように見えたけどね……」
「確かにあの女性は酔っているのでしょうね……」
「でもそれだけじゃなかったとしたら……」
次の瞬間、私たちはお互いの顔を見ながらごくっとつばを飲み込み、ほぼ同時にこう言いました。
「行きましょう」
「行こう」
それから二人は車から飛び出して、アパートに駆け込んだわけですがー。


結論を言いましょう。
そこには犯罪はなかった。
私たちが見つけたのは、廊下で膝を抱えてうずくまっている男性でした。


「近所で飲み会をしてたら、女性がひとり潰れちゃって……放っておくワケにはいかないから家まで運ぼうとしたんだけど、家がわからないし、本人は泥酔状態で聞き出せないし……しょうがないから飲み屋から近いおれの家に運び込んだんだけど、暴れるんですよ彼女……追い出されちゃって……ここおれの部屋なのに……できれば連れ帰って下さい」
てか君はいい子やな! むしろ女性が酷いな!!
三国一のジェントルマンと呼んであげよう。


てなわけでサリコさんと私は、そのまま彼の部屋に上がらせて貰い、女性を揺り起こして運び出そうとしたのですが、確かにそこにいたのは手のつけようのない酔っぱらいで、どうしようもなかったので、最後には諦めて置いてきました。
三国一のジェントルマンさん、お役に立てず、ごめんなさい。


さてさて、ここで正直に打ち明けますと。
三国一のジェントルマンが女性を部屋に運び込むのを見たとき。
私はものすごく怖かったのです。
だってそうでしょ?


逃げずに車から飛び出して女性の無事を確かめに行って、もしも自分の身に何か起きたらどうしよう?
でもでも、だからってここから逃げ出してしまったら、私は生涯、自分を責めることになる。
「義を見てせざるは勇なきなり」
自分は臆病な卑怯者だということを知りながらこの先の人生を生きるのは、どれほどに恐ろしいことでしょう。
そして何より、迷っている暇はないのです。
最後には立ち上がって駆け出すことが出来たとしても、数分間の躊躇が最悪の事態を引き起こしかねない。


あのとき私があれほど素早く動けたのは、横にサリコさんがいてくれたからです。
一人ならたぶん、凍り付いてしまった。
サリコさん以外のひとが脇にいたとしても、あれほど迷いなく動けたかどうかはわからない。


与謝野鉄幹は言いました。
「友を選ばば書を読みて、六分の侠気、四分の熱」
妻の好みはゼイタク言い過ぎだよ鉄幹、と思いながらも私は、鉄幹の友人選択基準には全面的に賛成です。
だってサリコさんは、そういうひとだもの。


「やめようよシロイさん、他人事に首つっこんで、怪我したらつまんないよ」
とかさ。
「男の前で泥酔した時点で、なにかあっても彼女の自業自得だよ。帰りましょう」
とかさ。
そんな具合に冷めた台詞を吐くひとは、賢明かもしれないけれど、私のベストマンやベストウーマンには選びたくないっす。


顔を強張らせ、青ざめながらも、真剣な面持ちで
「行きましょう」
と言ってくれたサリコさんの侠気と熱。それを支える勇気。


そして彼女はただ熱いだけではない。冷静で、頭も回る。
「部屋の番号を確かめたら、郵便受けに回って、住人の名前を一度確認しましょう。男性と女性、双方の名前が書いてあるようなことがあれば、問題のない可能性が高いです」
あの局面でそういったことに気付くことのできるサリコさんは素晴らしい。そしてそんな風に頼りになるひとが今隣にいるのだという事実が、どれほど私を力づけてくれたことか。


ベストマンあるいはベストウーマンとして、これほど望ましいひとがいるかしら?
サリコさんの下す決断ほど、信じるに値するものがあるかしら?
あれ以来、私はサリコさんに物事を相談することが増えました。


学生時代が終わり、それぞれがそれぞれの事情で離れて暮らすようになるのは、世の必然でございます。サリコさんは昔のように、いつでも会えるひとではではありません。
仕方ないので私は、決断を迫られたとき、目の前にはいないサリコさんに相談したらなんと言ってくれるか、考えるようになりました。
サリコさんならばこんなときどうするか、想像するようになりました。


ああこれは、と時折思います。
勝手に選出してしまって申し訳ないけれど、サリコさんは既に私のベストウーマンなんだわ。
この場にいないそのときも、私が戦わなければならないときは、いつも心の中に、サリコさんがいるもの。


いつも心にサリコさん。
あなたに出会えたことを、私は本当に、感謝しております。
あの日、あの夜、「行きましょう」と言ってくれて、本当にありがとうございました。
あなたが困ったときや、共に戦う人手が必要なときは、いつでも声をかけてください。
卑小なこの身が少しでもあなたの役に立つことがありましたら、それは望外の喜びでございます。

*1:男性オンリーで集まってわいわい騒ぎ、独身男性最後の夜を楽しむんですって。女人禁制ですから、ストリップを見に行ったりすることも珍しくないとか。ちなみに女性側のパーティ「ブライダル・シャワー」は、通常結婚式の一ヶ月前に行われるとか。

*2:ベストマンの女性版、新婦の付き添いのほうは、未婚女性ならメイドオブオナー。既婚女性ならメイトロンオブオナー。