夏といえばホラーかしらということで、中学時代の同級生のサコヒロくん(仮名)に聞いた話をします。
サコヒロくんというのは昔からオカルティックな怪談話が好きな少年でしたが、成長して少年でなくなったあともやはりオカルティックが止まらない怪談好き。
ある夜タクシーに乗ったサコヒロくんは、地元の人間の間では心霊スポットとして有名な峠道にさしかかったとき、運転手さんに聞いてみたんです。
「そういえば運転手さん、何か怖い話ありませんか?」
タクシーの怪談話って多いですからね。
すると運転手さんは、真剣な顔で頷き、言いました。
「ある。体験した」
いやっほう。怪談好きならこの機会を逃すべきではナイっ!
「この間、ちょうどおれがこのあたりの道を走っているときな……」
ごくっ。やったー、期待の持てるオープニング。
「脇の藪から突然な……」
おおっ。確かにこの道の脇は鬱蒼と木が生い茂っていますわな!
「裸のねえちゃんがでてきたんだ」
!? えっ……それ露出趣味のある幽霊?
「おれは驚いて車を止めて、『助けてください』というねえちゃんを車に乗せたんだ」
どうやらねえちゃんは生身の様子。そして確かに生身の人間にとってそのシチュエーションはかなりのピンチだとは思います。
さて、その後タクシーの運転手さんは全裸女性に事情を聞きました。
なんでもその日、全裸女性は最初はきちんと着衣の状態で駅にいたそうなんです(当たり前だ)。
で、私どもの地元はケッコウな田舎でして、舞台となった街は駅前なんかはそれなりに賑わっていますが、やはり基本的に車はあったほうがいいよねという土地柄。
要するに駅から家まで帰るのが面倒なわけです。
そしたらまあ、車に乗った見知らぬヤングマンが駅前に現れて、着衣女性に家まで送っていくよという申し出をして、彼女はその親切に甘えることにしたと。
車に乗り込んだ着衣女性は、そのうち車が全然方向違いの道を走っていることに気付きます。
急な峠道の両側は暗く、重苦しいほどの威圧感のある森。
もしもヤングマンにここで下ろされたりしたら、もう絶対今夜中にはおうちにたどり着けないよ、みたいな場所です。
そこでヤングマンは着衣女性に後部座席を指し示しました。
そこには大きな容器がおいてあり、中には金色にとろりと光る何かが入っています。
「あれは蜂蜜だ」
「おれの言うことを聞いて、これからホテルに行くか?」
「それが出来ないなら、お前を全裸に剥いた上で、あの蜂蜜を塗りたくって、森の中に置き去りだ」
「さぞたくさんの虫がやってきて、お前の身体を這いずり回るんだろうなあ」
とまあ、ヤングマンはそんなことを言ったらしい……そして女性は結局全裸となって峠道に置き去りにされ、タクシーの運転手さんに助けを求めることになったらしいのです。
サコヒロくんは
「それはおれが期待していたような怖い話と違うんだが……しかしそれはそれで怖ええーっ」
という複雑なキモチになりながら帰宅したそうです。
その後サコヒロくんはその街でいろんなひとに聞いて回って、その蜂蜜好きのヤングマンの噂話を収集しました。
それによると
「ヤングマンの被害者は一人や二人ではないらしい」
「ヤングマンの言うことを聞いてホテルに行った女性もいるが、結局ヤングマンはその後その女性を全裸に剥いて蜂蜜を塗って置き去りにしたらしい」
「というかむしろヤングマンの主要な目的は全裸にした人間に蜂蜜を塗って森に置き去りにすることらしい」
などという情報が手元に集まったらしいです。
私はサコヒロくんにこの話を教えて貰ったとき、恐怖に打ち震えたんですが、その後、
(それにしてもこの蜂蜜好きのヤングマンはもしかして女性の全身に蜂蜜を塗ったあと、「マイハニー」と呼びかけたりしたんだろうか。「なあにダーリン」とアメリカンホームコメディばりに言わせたりしたんだろうか。というかむしろ「蜂蜜まみれの女性をハニーと呼ぶ」ことが目的でこういう犯行に及んだのだろうか)
などというギモンも心の中に芽生えてしまい、なんだかそれはそれでたいへん恐ろしいような気もして、どのあたりを中心的に怖がればいいのか、ちょっとぼやけてしまったんでした。
というわけで良い子のみなさんは見知らぬ人間に親切な申し出を受けたとしても、簡単についていくのは止めましょう。
せめて後部座席に蜂蜜があるかどうかくらいは、確認してもバチはあたらないぞ?*1
*1:この蜂蜜男話が事実であるかどうかは全く判りません。このような犯罪が報道されたという話も聞かないし、局地的な都市伝説のようなものであるのかもしれません。ただ、実際にこういう事件があったとき、女性が被害届を出す可能性は低そうな気がするので、その結果事件が表に出ないし、報道もされていないということはありえますねー。うーん、だけどこの話が事実だとは思いたくないなー。というわけで、私はギリギリで事実じゃないと信じたいです