wHite_caKe

だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

十二日目 回復食四日目

七分粥になったので、今日から食事に卵が付きます。贅沢!
今朝は上階の誰かさんが「どすんどすん」をしなかったので、極めて平穏な目覚めでした。
んー、やっぱりもう苦情言うのやめよう。面倒だし。どうせあと、たった三晩の話だし。


静座の後、カナガワさんと会話。カナガワさんは今日の午前中に退所して、お帰りになるのです。さみしい。
「退所してからのこと考えると、いろいろ不安になっちゃって。職探しもあるし」
とおっしゃっていましたが、その気持ちはよくわかります。
療養所で過ごす毎日というのは、あまりにも世間から隔絶されていて、違った時間が流れているよう気にさせられるのです。
強烈な麻酔で現実から遠ざけられているような、そんなかんじ。
実際、ここにいる間は、前の彼氏のことを思い出して悲しくなったこともほとんどなかったわけで。現に思い出がラーメンに負けてたし。空腹のほうが辛いんだもんなあ。
だけどもうすぐ私もここを出ることになっていて、そうすればやらなきゃならない色んなことが、私を捕まえにくるわけだなあ……
「がんばってください」
と声をかけて別れました。
もうカナガワさんとお会いすることもないのでしょう。
彼女の人生がうまくいくことを願います。


朝食。
粥。塩昆布とゆで卵と……あとなんだっけ?
今この日記を書いていて、朝食の内容が思い出せないことに、かなり驚きました。
味覚の鋭敏さや食べ物に対するこだわりが、徐々に薄れてきているというか、通常レベルに戻ってきています。(まあそれでも私は普通よりは食い意地が張っているほうですけどね)


食後はひたすら、『風と共に去りぬ』を読みました。
昨夜、就寝前に四巻を読み終えるところまでいきましたので、今日中に五巻を読んでしまうつもりです。
昼食が運ばれてくるまで読書。


昼食は粥、煮豆、ほうれん草の巣ごもり卵。
昼食後も引き続き『風と共に去りぬ』を読みます。
「散歩に行こうかな」
「掃除機かけようかな」
とかそういうことも考えるんですが、面白すぎて中断できないのです。
そのくせ、もうすぐ読み終えてしまうのが惜しいので、時折脇に本を置いて水を飲み、無駄に時間を稼ぎます。
13時過ぎにようやく読み終えました。
終盤部、スカーレットの身に次々と決定的な苦難(まあそれまでだって彼女の人生は悲惨なことがいっぱいなんだけど)が襲いかかるあたりでは、読んでいるうちに私の息が苦しくなってきてしまって、最後のレットとスカーレットの会話のシーンでは、涙がぶわーっと湧き出て、読み続けるのが困難に。
最終的には読むのを中断して、すすり泣いてしまう始末。もしも誰かがあのとき、私の部屋の前を通りかかるようなことがあったら、絶対何かあったと思ったでしょうねえ……考えるだに恥ずかしい。思い出すだけで恥ずかしい。隣が空室でよかった。
誰も私の泣き声、聞いてないよね?


心底恥ずかしい話なのですが私、映画や小説、漫画などで感動してしまうと
「あんたそりゃないでしょ、恥ずかしいでしょ、イイトシした大人が」
と他人に思われるくらい泣くときがあるのです。
作品の感想を話そうとしただけで涙ぐんで声がつまっちゃうこともあるし。
嫌だなあ。
恥ずかしいなあ。
泣ける系の話を好きなひとの気持ちが、だから時々わかりません。


それにしても『風と共に去りぬ』、終盤部のレットの言葉は、私を徹底的に痛めつけました。息がつけなくなるくらい悲しかったです。
その後のスカーレットの「タラに帰ろう」という決意は、スカーレットは救ったのでしょうが、私までもは救ってくれなかったような気がします。
いやあ、それにしても本当に面白い本を読みました。
私はしばらくの間横になって天井をぼーっと見ていました。とても良いものを読んだ後って、身動きするのも嫌になってしまうときがありますよね。あれです。(とかいって、そんなの私だけだったらどうしよう)


風と共に去りぬ』を娯楽室に返し、別の本を借りてくるつもりだったのですが、気がつけば文庫化されたばかりの恩田陸黒と茶の幻想』を読み始めていました。ここに来る途中、駅のキヨスクで買ったものです。
この本は一度ハードカバーで出版されたときに、お気に入りの喫茶店に置いてあるのをみつけて読ませて貰ったので、買わなくていいかな、とは思ったのですが、見てたら欲しくなっちゃって、つい。


そうこうしているうちに、夕食。
粥、大根の煮物、卵豆腐。
食事が運ばれてくるたびに私は、
「私が今食べたいものはまさしく大根の煮物だったんだ!」
「私がこれほど卵豆腐を食べたいと願っていることがなぜ伝わったんだ!? エスパー?」
などと毎回思っているのですが、これってたぶん、今の私は「食べ物なら何を見ても嬉しい」状態だからなんでしょうね。


食後しばらくすると、院長先生が部屋にやってきました。
「今日の大根の味、どうやった?」
えー、なんでわざわざそんなこと聞くわけえ、まさか調理ミスがあったとか言うんじゃないでしょうね? などと一瞬不安に思ってしまう私。
「おいしかったですよ。なぜそんなことを?」
「いやあ、今日いつも食事作ってくれるおばちゃんいなくて、おれが作ったから」
あ、そういう理由でこの質問だったのですか。納得。
「大根は本当においしかったです。作ってくれてありがとうございました。ごちそうさまでした」
と言うと、先生は安心したように笑って去っていきました。
うーん、年上の方に対してこんなことを思うのは失礼なのかもしれないけれど、院長先生って、かわいげのあるひとだなあ。
大根は本当においしかったですよ。安心してください。


静座終了後、カナガワさんもミヤコさんもいないので、ヒロシマさんとおしゃべり。
ヒロシマさんはつい最近までウサギをペットとして飼っていたそうで、聞いているうちにすっかり私までウサギに詳しくなってしまいました。
その後、静座の時間によく顔を合わせる三十代くらいの身体の大きな男のひとが娯楽室にやってきて、しばらく三人で話をすることに。
その男のひとは横浜からいらしてますので、以降ヨコハマさんと呼びます。


ヨコハマさんは今まで肉体的にかなりきつい仕事をなさっていたのですが、無理がたたって身体を壊してしまい、体重も増えてしまったので、仕事を辞めて一ヶ月断食することにしたそうです。
またここにもワケありのひとが……ヒロシマさんも実はワケありだったしなあ……
私はここに入所する際、院長先生との最初の面談で
「ここに来る人は、病んでいたり疲れていたりするひとが多い。身体の面でも、心の面でも」
みたいなことを言われたのですが、それがどういうことなのか、だんだんわかってきました。
生きるってことは、トラブルと付き合うってことなのねえ、などとぼんやり考えます。


部屋に戻り、『黒と茶の幻想』を読み終えたところで、きりがいいので寝ることに。
おやすみなさい。
(十三日目へ)