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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

十一日目 回復食三日目

粥の量が増えました。
ゴールデンウィークの後、療養所の滞在者はごっそり減ったのですが、その後10日過ぎから、少しずつひとが増えているようです。
私は一階の部屋で寝ているのですが(斜面に建っている建物なので、出入り口は二階)、どうやら私の真上の部屋にも、誰かがやってきたようです。時折生活音が聞こえます。
……というか正直に申しますと、その誰かさんには、朝のとっても早い時間に(六時前くらい。五時過ぎくらいの時もあった気がする)、上の部屋で「どすん!」、「どすん!」という音を立てるのをやめていただきたい。
その度に私の部屋までが揺れ、窓ガラスはびりびりと震えるのですよ。当然目は覚めちゃうし。
あなたは一体、お部屋で何をなさっているのです?


朝の静座の時間、私はカナガワさんが明日の午前中にはここを退所なさるときいて、ちょっとさみしくなりました。そういえば確かに彼女は、15日退所の予定とおっしゃっていましたからねえ……
本断食中はひたすら回復食が待ち遠しくて、回復食さえ始まれば世は全てこともなしだよなあ、くらいに思っていた私ですが、いざ回復食が始まると、今度は本格的に娑婆が恋しくなって参りました。


朝食。
量の増えた粥に、のりの佃煮と麩のおみそ汁です。
私はのりの佃煮がのった小皿を見た瞬間に深く感動して、
「そうだった、忘れていたけれど、自分はずっとずっとのりの佃煮が食べたかったんだった」
と思ったのですが、まったく今の自分の心は食べ物によってたやすく翻弄されすぎです。
「ううう、のりの佃煮って美味しいよね……のりを佃煮にすることを考えたひとには勲章あげたくなるよね……」
「麩のみそ汁っていいよね……麩のみそ汁こそが心の故郷だよ、サイコー」(昨日わかめのみそ汁を飲んだときも同じことを思ったくせに)
もてあまし気味になりやすい白粥も、のりの佃煮のおかげで、とても食べやすかったです。


布団をたたみ、部屋に掃除機をかけて、洗濯。
風と共に去りぬ』の二巻を読み終えたので、今度は洗濯をしながら三巻を読みます。
読書に対する集中力が、断食中とは全く違うことに、自分でも気付かされます。
物語に掴まれて引きずり回されるような読書というものから、しばらく遠ざかっていました。
やっと読書らしい読書ができそうです。よかった。


部屋に戻り、しばらくすると今度は昼食です。
粥、麹味噌のついた胡瓜を少し、高野豆腐。
どれも美味しい。高野豆腐も胡瓜も、本当の味を再発見するような気持ちにさせられました。
それにしても、身体は現金なもので、昨日おかずつきの食事をするようになってから、ぐんと力が出るようになっています。
もう階段をのぼっても心臓がばくばくいうことはありませんし、だるくもないし、立ちくらみもない。
ほとんど平常に戻ったような気がします。


きれいに晴れ渡った日なので、今日は散歩にでかけることに。
近くのハイキングコースに行ってみることにします。
表示板によると1.5kmの登り道だそうです。断食中にそのコースに挑戦したミヤコさんは、体力低下もあって、途中で挫折したそうですが、体力がこれだけ回復した状態で挑戦すれば、なんとかなるんじゃないかな、という気がします。
だってたったの1.5キロだよ? 楽勝じゃん!


………………と思っていた私は、たいへん甘い人間でございました。
「なんだこの道……」
その道はハイキングコースというよりは「登山道」に見えました。
「道幅はあるけどな……角度が」
あまりにも急角度なのです。こんな坂道を断食直後の衰えた体力で1.5kmも登るのかと思うと、頭がくらくらしてきます。
しかし、とにかくやってみよう、行ってみよう。


しばらく歩くと、私は疲れ始めた自分に気付き、休憩しました。
普段の自分ならここは突っ張って登り続けるかもしれませんが、今の私は断食後。断食中の散歩で死にそうになった記憶は、まだ新しい。
「こんなに疲れるのは、体力の回復がまだ覚束ない証拠かなー」
と思っていると、下の方から新たなハイキング挑戦者たちが、息を切らしながら、苦しそうな顔で登ってきます。したたる汗、真っ赤な顔、荒れた息遣い。身体が大きく揺れています。
「……違うね。どうやら普通のひとにも辛いみたいだ」
普通のひとにも辛い山道を断食明けの私が登るのってどうなんだろう?
でもたった1.5kmのことなんだし、こうやってまめに休憩していけば、大丈夫なんじゃないかなあ。途中まで登ったのを引き返すのも惜しいしなあ。


などと思いながら登り続けたのですが、たった1.5kmのはずの道が全然終わりません。
あの角を曲がれば山頂かも、と思うたびに、角を曲がっても坂道だったことが判明するだけ。
「でも私はだいぶ歩いた。もうすぐゴールのはずだ」
何度もそう自分に言い聞かせたのですが、ある時点で「ぷつん」と心の中の何かが切れ、
「どんなにゴールが近くても、私はもう帰る」
と決意して、志半ばで帰りました。
どうせ根性なしです。


部屋に戻り、『風と共に去りぬ』の四巻を読んでいるうちに夕食が運ばれてきました。
粥。かぼちゃの煮物。オクラのごま和え。
オクラもかぼちゃも好きなのでたいへん嬉しいメニューです。ごまのこうばしさが、いっそう食欲をそそります。
人間なにが幸せって、おいしいものをおなかいっぱい食べることが幸せですよ。私は今回ここで、そう悟りました。


友人から電話。しばらくぶりに知り合いと電話で話しました。嬉しかったし、楽しかったのですが、入浴しなければならないので、はやめに通話を切り上げました。


静座。
静座後、ヒロシマさん、カナガワさんとおしゃべり。
そして雑談中、私の真上の部屋で「どすん!」という音を立てるひとが誰なのか、判明してしまいました。
うーん……どうしよう、これは本人に言った方が良いのかなあ……でもなんかちょっと言いにくい相手なんだよなあ……話が通じなさそうな気がするんだよなあ……どうしようかなあ。
この問題は、未だに思案中です。
我慢できないほどではないので、我慢すればいいのかな、と思うのですが。
だけど「どすん! どすん!」の後、やけに部屋の中を歩き回るのもやめてほしいんだよなあ……古い建物だから多少の音は気にしてもしょうがないと思うんだけど、なんであんなにうろうろ室内を歩き回らなきゃいけないのか、気になっちゃうんだよなあ……あたしが神経質なのかなあ……


とりあえず今夜は『風と共に去りぬ』を読みながら、寝ます。

十二日目へ)