ついに! ついに!! 本断食最終日です。明日になれば、重湯が食べられる〜。
「フリフリのエプロンドレスを着て長い髪をおさげにして両側に垂らし、バスケットを腕から下げた自分が大学の大教室で講義を受けている。しかも、机の上には何故か、誰のものだか判らない金属製のぴかぴか光る位牌が置かれており、周囲の学生たちはドン引きして私を見ているが、私は気付かない。教室は混み合っているのに、私の周囲、半径五メートル以内には誰もいない」
という悪夢を見て目が覚めました。
なんだったんだろう今の……隠れた願望の現れとも思えないし。などと考え込んでいると。
「きたあっ」
目覚めと共に訪れる空腹感が、今日はいっそう強烈でした。ほんと、これが本断食最終日だと思わなきゃ、耐えられないよ……
静座の行われる娯楽室まで歩くのが、かつてないほど辛い朝。
静座の時間中は、当然正座しますので、普段は娯楽室についた時点で正座をし、静座の開始を待つのですが……(なんだかややこしい文章)
空腹感がひどすぎて、それどころではない。なぜだか判りませんが、正座するとこの空腹感がよけい酷くなりそうな気がするのです。
私は自然と体育座りの姿勢になり、そこで気付きました。
「『はじめの一歩』で鷹村が減量で苦しんでいるとき、確かこんな姿勢をよくとってた!」*1
これが単なる偶然で鷹村はただ体育座りが似合うキャラとして描写されているだけなのか、それとも森川先生がすさまじい取材の果てに「空腹は体育座りでちょっとラクになる」ことを知ったのかどうかはわかりませんが(そもそも体育座りで空腹がなだめられるという感覚が、私ひとりのものという可能性もあるし)、私はそのとき、鷹村というキャラクターにとても親近感を覚えました。
空腹が多少おさまったところで、静座開始。(ちゃんと正座しました)
般若心経を読み上げます。
大きな声でお経を読み上げるのは、腹の空白に響くようで、正直ちょっと辛いのですが、妙なとき妙に意地っ張りになる私は、こういうときこそ大きい声を出してしまうのです。馬鹿だ。
静座が終わると院長先生に
「フツー断食に入るとみんな、腹に力がはいらんくて、そんな声でんぞ。なんか鍛えてた?」
と聞かれました。違うんです先生、ただ私が天の邪鬼なだけなんです……
今日は朝から雨が降っています。洗濯を済ませ、部屋の掃除をした後は、ひたすらごろごろしました。
『FBI心理分析官』読了。
向田邦子『思い出トランプ』読了。
村上春樹『ランゲルハンス島の午後』読了。
そしてその合間に、ジェフリー・スタインガーデン『やっぱり美味しいものが好き』を読みます。
これは、自分で持参した本で、既に一度読んだ本でもあります。だから所々を拾い読み。
うたた寝。読書。またうたた寝。目覚めれば読書。この繰り返し。合間にしょっちゅう水を飲みます。
今日のマイフェイヴァリット妄想食物は、サバの味噌煮と干し葡萄とざるうどんでした。
サバの柔らかな腹の肉に箸をそっとめり込ませ、青魚の豊かな脂の味を心ゆくまで愉しみたい……
干し葡萄の強くてやさしい甘みと太陽のにおいを味わいたい。
しこしこしたうどんをすすり込むあの感触。めんつゆからぷんと漂う出汁の香り。塩気と甘みを兼ね備えたつゆを、きっと私は飲み干してしまうね……などなど。
ああ、世界中の食べ物がいとおしい!
体力は確実に落ちています。だからこれほど眠いのでしょう。
給水器に水を汲みに行くのがけっこう辛い。
階段を上るのが辛いし(必ず動悸が激しくなる)、ポットに水を注いでいる間、同じ姿勢を保持するのが難しいのです。
水で満たしたポットを抱えて部屋に戻ると、身動きをした代償に、強烈な空腹感が私を襲います。
私はそのたびに、お腹をぎゅっと押さえつけ、歯を食いしばって耐えます。
ですが。
もうこんなのも、今日一日だけのことなのです。
明日には私は回復食! 重湯と梅干しが食べられるのです。しかも一日三食も!!
うわあー、信じられない、そんなに幸せなことってある?
水じゃないものを一日三回も口に出来るなんて、信じられませんよ!!!
午後、名古屋の友人から
「シャバに出たら何が食べたいですか? 用意しますよ」
という夢のように素晴らしいメールが来ました。
速攻で「ソースカツ丼」と返信しそうになったのですが、そこで手を止め、慎重に考えることに。
実は私は、なぜ自分がこれほどソースカツ丼を食べたいのか、わかってきたような気がするのです。
塩分。糖分。脂質。炭水化物。蛋白質。
現代日本ではたいてい、摂取を控えるように言われ、しばしば悪者扱いされている彼らですが、実際には人間は、必要最低限の塩分と糖分と脂質と炭水化物と蛋白質が摂れないと、身体が維持できないのだと聞いたことがあります。(だから正確かどうか自信ない)
現代人がそれらを過剰に摂取するのがよくないのであって、実際には塩分も糖分も脂質も炭水化物も蛋白質も、全然悪くないのです。
ここで、ソースカツ丼のことを考えてみましょう。
まずソースという調味料には、塩気も甘みもあります。つまり、糖分と塩分が含まれているわけです。
カツは当然揚げ物ですから、油が使われていますし、豚肉自体の脂もあります。
豚肉は当然蛋白質。
そして、カツの下の白いご飯は、炭水化物です。
つまり、私がこんなにもソースカツ丼が食べたいのかというと、身体が何の栄養も供給されないのに業を煮やして、
「せめて塩分と糖分と脂質と炭水化物と蛋白質だけでも摂ってよ頼むから」
と私に頼み込んでいる、その現れだと思うんですよね。
「そのためにはソースカツ丼なんてどうだ、全部いっぺんに摂れるぞ」
ってね。
だから私は、卵でとじたカツ丼より、ソースカツ丼に惹かれるのです。おそらく。
私の女子力が低いからソースカツ丼が食べたいんじゃないんです。それが今必要なものなんです。
素人の勝手な考えですから、もしかしたらすんごく間違ってる可能性がありますけど。
というわけで今後、回復食を食べる過程で、私の嗜好はおそらく変化してしまうのではないか、という気がします。少しずつ、必要が満たされてしまうから。
あれほどソースカツ丼さんに惹かれたあの気持ちはマボロシで、私が本当に好きだったのは○○さんだったわ……! とか思いそう。
だとすると、友人に「ソースカツ丼」と返信するのは危険です。それに、何を食べたいか悩むというのも、なかなか楽しい暇つぶしになりそう。
というわけで、「考えさせて」と返信しました。
静座の時間がやってきました。
「10日になったら、参加者増えると思うよ」
と院長先生がおっしゃったとおり、白髪頭の男性と、三十代と思われるがっしりした男性が新たに加わり、今日の参加者は五人に。
開始を待つ間に、二人の女性とおしゃべりを楽しみます。神奈川からいらした三週間滞在の女性と、京都からいらした四週間滞在の女性です。(以後、カナガワさんとミヤコさんと勝手に呼びます)
「四週間滞在だと、本断食は何日くらいになるんですか?」
「えーとね、本断食最初に一回、ちょっと回復期間をおいて、もう一回やるんよ。わたしは今二回目なんやけど」
本断食二回……すごすぎる世界だ。やはり私は二週間滞在が限界かもしれない。
「回復食の重湯はいいんだけど、お粥はあんまり食べられなくて」
「あ、わかります、白粥は味がないともてあましますよね」
「だから私は残したんやけど」
「あー、残してるひと、いっぱい居ますね。廊下に食べ終わった食器を入れておくバケツがあるじゃないですか。あれ見ると、お粥はほとんど手つかずで残しているひとが結構います」
などとミヤコさんと私が話していると、カナガワさんが「えええっ」と衝撃を受けたような声を出しました。
「お粥、残してもいいの?」
「私は残して、おかずだけ食べたりしてますよ」
あっさり答えるミヤコさん。
「そんな……私、お粥多すぎると思いながら、毎回がんばって食べていたのに。てっきり残しちゃいけないんだと思ってたよ!」
その後、静座終了後もカナガワさんは、「お粥残してよかったんだね」とさみしげな横顔で呟いていました。
これに挫けず、がんばってください。
静座終了後は、部屋で読書。
今は『スター・ストーカー 狙われるスターたち』という本を読んでいます。
ジョディ・フォスターの気を惹くために大統領暗殺を試みたジョン・ヒンクリーや、自分の愛に応えてくれないという理由で女優レベッカ・シェーファーを殺害したロバート・ルドなど、スターをつけ狙う多くのストーカーたちについてまとめた本です。
寝るために電気を消したら、部屋の中に青い光がさしこみ、わずかに明るいのに気付きました。
窓から大きな月が見えます。
月光浴をしながら眠りにつくなんて、贅沢だなあ。
おやすみなさい。
(九日目へ)
*1:わからない方すみません。『はじめの一歩』というのは、リアルで熱い、素敵なボクシング漫画です。面白いよっ!