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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

九日目 回復食一日目

かゆ、うま






…………正確には今日は粥ではなく、重湯だったんですけどね。


朝、ふと目を覚ました私が携帯の時計を見ると、時刻はまだ午前四時でした。
もう一度眠ろうと、寝返りを打って、布団を身体に巻き付け直したのですが……
「しょ・く・じ! しょ・く・じ! しょ・く・じ!」
身体の奥から私に大声で訴えかけてくる声が聞こえるようです。お腹が空きすぎて眠れないよう。
「あと三時間だから。七時過ぎたら重湯くるから!」
と言い聞かせようとするのですが、もちろん身体はそんな事情、知ったことじゃありません。
泣きそうになりながら、もっとも空腹感が薄らぐ体勢を模索し続け、五時過ぎにやっと眠りにつきました。


静座の時間は、もうふらふらです。
お腹を抱え込んでうずくまりたいのを我慢して、般若心経や静座の辞を読み上げます。
終わって座布団を片づけるとき、院長先生が
「今日から回復食やん」
と声をかけてこられました。
「そうじゃなきゃもう耐えられませんよ」
と返し、急ぎ足で自室に戻ります。(ほんとはゆっくり動かないと駄目)
もうすぐ、重湯がお部屋にやってくる!


そして部屋に戻ってすぐに、待望の重湯が。
「やったー」
と喜びの声を上げ、しばらくは感無量の面持ちで重湯と梅干しを眺めます。どれだけ美味しく感じられるんだろう、これ。
まずは一口、ゆっくりと重湯を啜って、
「……普通だなあ」
久しぶりだから嬉しくはあるけど、妙なる美味ってほどでもない。
期待してたのにつまんないなあと思いながら、箸で梅干しをほんの少しだけつまんで口に入れると……
「!!!!」


強烈な酸味が、真っ先に口の中に広がります。
「すっぱあああい、梅干しってこんなにすっぱかったっけ?」
けれどその酸味は、決して不快なものではない。むしろ極めて心地よいものです。
そして、塩気。身体中の細胞が欲しがっていた塩分を、貪欲に楽しんだ舌がその後に見いだしたのは、意外にもフルーティな甘みでした。
梅は果実なのだ、梅干しは果実から作られたものなのだ、私が食べているのは果肉なのだということを、私はそのとき実感しました。
梅干しがさわやかに甘い果物でもあるということを、私は初めて知ったのです。


わずかの食事を、なるべく時間をかけて食べます。重湯を一口啜って一休み。梅干しの果肉をちょっぴりつまんで一休み。
食べきってしまうのが、あまりにも惜しい。
食事が終わったとき、満腹感こそなかったものの、私は穏やかなあたたかさが、身体の中心から全身へとひろがっていくのを感じました。


今日は晴れているのですが、なぜか冷えます。
準備不足な私は、あまり衣類を持参していないために、寒さには弱いので、こたつで身体をあたためました。(この季節ですが、どの部屋にもこたつがあるのです。これがなかなか快適)
『スター・ストーカー』を読了したところで、娯楽室で新たな本を借り、洗濯に行くことにしました。
実は私は数日前に、娯楽室で『風と共に去りぬ』全五巻を見つけており、それがずっと読みたかったのですが、本断食中の集中力が続かない状態では無理だろうと考え、回復食が始まったら借りることにしていたのです。


風と共に去りぬ』を読みながらお外で読書して、洗濯が終わるのを待ちます。
眼下に広がる緑と町並みが目に楽しい。


部屋に戻ってしばらくすると、昼食の時間です。再び重湯と梅干し。
「やっぱり梅干し美味しい」
食べきってしまうのが惜しくて私は、わざと食事中に水を汲みに行ったり、トイレに行ったりして、食事の時間を延ばしました。


昼食が終わって二時間ほど経ったとき。
「あれっ、もう君とは縁が切れたかと思っていたよ」
再び強烈な空腹感がやってきました。
「うーん、そうかあ、重湯じゃ足りなかったのかあ。まあそれはそうかもねえ、あれだけソースカツ丼食べたがっていたんだもんねえ」
などと納得しながら、それでも辛いものは辛い。
空腹感にも、強烈な空腹感にも慣れましたし、その対応もわかってきましたが(とにかく腹をおさえつける)、それでも辛くないわけじゃないですしね。


16時過ぎ。
もう夕食が運ばれてきました。今回運んできたのは院長先生です。
空腹感に悩まされていた私が喜びの声をあげると、先生は
「重湯にはもう飽きたやろ」
と言いました。
確かに、それはあります。
最初の一食目は重湯と梅干しが新鮮だったのに、今の身体はゼイタクにも、もっとしっかりしたものを食べたがっています。
でも大丈夫。明日は粥に野菜を中心としたおかずがつくからね!
というわけで私は
「明日が楽しみです」
と答えました。
ほんと、ものすごく楽しみだよ。


静座の時間、今日入所したという、五十代の女性が新たに加わりました。
広島からきた彼女は、十日間の滞在だそうです。というわけで以後ヒロシマさんと呼びます。
笑顔のチャーミングな、人懐こい方で、静座終了後、カナガワさん、ミヤコさんと一緒に、四人で娯楽室に腰を下ろし、雑談に興じました。


ここ二三年、息のつけない忙しさが続いたヒロシマさんは、やっと時間が空いたので、思い切ってここに来たのだとか。
「周りには断食だと言うと心配すると思って、言ってないんですよ。行き先知らせずに、ただ『現実逃避に行ってくる』ってだけ言って」
ヒロシマさんは笑うのですが、考えようによっては、行き先知らせずに現実逃避に行くと言い残して姿を消すという行為も、なかなか心配な気がするんですが。
「もうずっと旅行らしい旅行も行ってなかったしね」
断食って旅行らしい旅行なのでしょうか。よくわかりませんが、とにかくヒロシマさんは、心身のリフレッシュを求めていらしたようです。


そのまま話は盛り上がり、いかにも雑談らしく、様々な話題に移りながらすすんでいきます。
そこで、意外なことが判明しました。
なんと、私だけではなく、カナガワさんもミヤコさんも無職だったのです。三人とも、帰ったら職探ししなくちゃいけなかったのです。
「えーっ」
とお互いに驚きましたが、どこか納得していたのも事実。
だって、普通に考えて、三週間とか四週間とか、そんな時間、勤め人は都合つけられませんからねえ。
「いやー、私は無職だからいいけど、他のひとはどうなっているんだろうとは思っていたんですよ」
「やっぱ無職じゃないと、無理だよね」
「あー、また履歴書書くのめんどくさいなあ」
と言い合う私たちをヒロシマさんが
「三人とも若いんだから、なんでも仕事、見つかりますよ」
と励まします。だといいんですけどねえ。


それにしても、みんな無職だったなんて、もしこの場に社長がいたとしても、採用候補が多すぎて困っちゃうよなあ……やっぱり断食道場でそっち方面の期待をするのはやめよう、と私は思いました。


話は弾みましたが、午後八時前にお開きに。
毎晩八時頃になると、先代の院長先生が各部屋を回って、入所者に異常が起きていないか、確認して回るので、その前に部屋に戻ろうということになったのです。
「おやすみなさい」
「また明日」
と声をかけあって自室へ。


それにしても他人とまとまった時間おしゃべりしたのは久しぶりです。
楽しかった。本当に楽しかったなあ。声を使って話し合うことが、こんなに楽しいことだなんて、という思いを抱えながら部屋に戻ると、早くも眠くなってきました。


風と共に去りぬ』を読みながら、寝ることにします。

(十日目へ)