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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

スラムダンク夫論

スラムダンクに関して、一つ不思議なことがあってね」
私が言うと、セキゼキさん(仮名)がちょっと嫌そうに顔をしかめました。
「なんで今更スラムダンクなんだよ……」
「いやいや、今更だからこその疑問ですよ。つまりね、スラムダンク連載中って、けっこう流川ファンが多かった気がするの」
「三井派も多くなかったっけ?」
「ミッチーはほんとにいいよね! 私も断然ミッチー派ですけど! でも当時は流川派が多かった」
「それで?」
「ところがこの年になって、スラムダンク懐古話になると、三井派が圧倒的多数なんだよ。スラムダンク好きの女性はオール三井好きだと錯覚しそうになる。この比率の変化は一体なんだ」
「そういえば、おれの周りも三井派がだんだん増えた気がする」
「仮説は二つ。年をとると共に嗜好が変わり、流川派の多くが三井派に流れたというものが一番目。流川派は既にスラムダンクのことなんて忘れて生きているが、三井派は未だにスラムダンクについて何かを語れるような、謎の熱量を持っているというのが二番目だ」
「それってただシロイが後者なだけなんじゃ……」
というわけで未だに熱さめやらない私は本日、スラムダンク夫論について書きます。
スラムダンクで彼氏選ぶなら誰がいいー?」
という二十年前のオタクより女子がしていたアタマワルソウな雑談を大人っぽくアレンジし、更に「スラムダンク夫論(すらむだんくおっとろん)」とそれらしく呼ぶことで、重みを持たせようとしています。成功してますか?

一人目「仙道彰

「年と共に嗜好が変わるっていうか、キャラに対する見方が変わってくるのは確かですよ。ミッチーのあの弱さと強さを持ち合わせたかんじは素敵だと相変わらず思うけど、結婚はしたくないなあと思っちゃうよね」
「そっかなー、そりゃあちょっぴり情緒不安定で逆恨みしがちで暴力的ではあるけど、ミッチーって夫として悪くないよたぶん」
「いやいやいや! 今ミッチーがいかに夫に向いてないか深く実感しちゃったね逆にさ! フォローの意味がわからないね!」
「じゃあシロイが思う夫向きキャラって誰よ?」
「仙道。とにかく人柄が穏やかそう。すごい信頼感と安定感があるし」
「ありえない! おれ仙道は夫として絶対イヤ!」
「なにそれ、どうしてそこまで否定を……」
「仙道ってちょうマイペース男じゃん。考えてみろよ、あの田岡監督の練習をサボって涼しい顔で釣りに行けるんだぞアイツは!」
「い、言われてみれば……私があの立場だったら、確かに怖くてサボれない! つか仙道はなぜできるのか不思議になってきた!」
「ぱっと見は真面目なのに、ふらっとそういうことをするタイプって、一緒に暮らすとたぶん時々とんでもないぞ。マイペース男だから、強く注意しても糠に釘っぽいし」
(てことはマイペース仙道が夫になったとしたら……)
私は想像してみました。

「おふくろのプレゼントは自分で用意したいとか言ってたのになんで何にも買ってないのさ! 道が混んでるから途中で買ってたら遅刻しちゃうよ! 私は早めについて支度手伝わなきゃなのに! ああもうどうすんのさあああああ!!!」
「大丈夫」
「はっ?」
「まだ慌てるような時間じゃない」


「……きついわー確かにきついわー仙道。殴ってしまいたい衝動に駆られるわ」
「だろ?」

二人目「赤木剛憲

「やっぱりここは赤木かな」
「うっそなんで赤木? おれ赤木は絶対ない」
「なんでさ? 彼、バスケだけじゃなく勉強もできて優秀だしね。真面目だし、仕事もできそう。尊敬できるよねー」
「そうねえ、立派だねえ。だからこそ一緒に暮らしたら、だいぶ鬱陶しいだろうね!」
「え……?」
「ゴリって意志が強いよね。それは美点だ。だけどさー、むちゃくちゃに意志が強くておまけに厳格な人と築く家庭って、意志薄弱で甘ったれな一般人からすると、息が抜けなくて辛いんじゃないかねー」
「そ、そういえばゴリのそういうところを嫌がって木暮以外の部員がやめていったっていう描写がありました」
「読者はあのシーン、ゴリに同情して、やめてったやつらに腹立てたりするわけだけど、現実の人間の大半はね、ゴリじゃなくてその他部員のほうなんだよ! おれたちはみんな、ゴリについていけない人間なんです!」
「で、でも私だってがんばればゴリについていけるかもしないし……」
私は想像してみました。

「まさか会社に行くつもり? ムチャですよ! 39度も熱が出て。さっきよりもドンドン上がってきてるわ! インフルエンザかもしれないのよ!」
「いいからドーピングだ!!」


「……なんか仁王立ちしてユンケル飲みながら出社するゴリが見えた」
「いるよなそういう人。周囲の軟弱な同僚からすると、体調悪いなら休んでくれよって思っちゃうんだけど」
「確かに立派だけど、結婚は大変そうな気がするわ」
「だろ?」

三人目「木暮公延

「じゃあ、メガネ君こと木暮! これは絶対に間違いのない人格者! 彼と築く家庭のハッピーさに疑いはないね!」
「ふうううーん、まあ、そう思う人もいるだろうねー」
「なんだその反応。さすがに木暮には問題ないだろう。スラムダンク界トップレベルの性格の良さでしょ!」
「そうねー、だからこそオレはやだなー」
「意味分かんねえ。どういうこと?」
「木暮は確かに人格者だよ間違いなく。でもね、おれ自身はそこまで完璧な人格持ってないの」
「まー私も木暮ほどの人格は持ってないなー」
「てことはね、木暮とおれたちが喧嘩になったとき、間違っているのは常にこっちってことだよ」
「!?」
「木暮とシロイが喧嘩すれば、みんな思うだろうね。あんなに性格のいい木暮さんが悪いわけない、きっとシロイが悪いんだって」
「それって、もしも木暮がデマを広めても、私はそれに対抗できないってこと?」
「まあ、木暮はデマ広めるような酷いやつではないけどね。でもさ、木暮は悪くなくて、自分が悪いことはじゅうぶんわかってて、それでも喧嘩になっちゃう。そういう図って想像できない?」
「できる……だって人間て八つ当たりとかする生き物だもの……相手が悪くなくてもいらついちゃうときあるし……あああごめんなさいごめんなさいいい」
「別にいいんだよ人間なんだから、それはお互いさまなんだよフツー。大事なのは許し合うことだろ。でもさ、木暮みたいな人格者が相手だと話は違う。おれたちは許される一方になるんだ!」
「えええ、なんかそれやばそう……」
「そしてたまに木暮が切れると、彼の怒りはあまりにも正当なものだから、こっちはぐうの音も出ないんだ!」

「結婚式多すぎ、参加者かぶってるし、もう着ていく服がないなー。なのでフォーマルドレスもう一着買うよ。家計から出しても問題ないよね?」
「あれ? この間ワンピース買った時に、着回しするからもう当分フォーマルは買わない、買うとしたら小遣いからって約束したよね」
「うるさいうるさい、コサージュとバッグと靴も買うぜチクショー」
「いい加減にしろ! 何が着まわしだ、何が小物使いだ! 何がコサージュとストールで印象を変えるから一着のワンピースでやりくりできるだ!! お前は根性なしだ、シロイ……ただの根性なしじゃねぇか。根性なしのくせに何が着まわしだっ! 夢見させるようなこと言うなあっ!」


「……なぜか今までの中で一番ずしっときた」
「だろ? 品行方正、温厚篤実な木暮と暮らすには、こちらもそれなりの人間じゃないとダメなんだよ」

四人目「魚住純とその他」

「逆にきくけど、君は誰が夫にいいと思うわけ?」
「花形かな。彼は人に添うことを知っているからね。エースとか天才ってのは、セルフィッシュな要素も必要だから、逆に夫としては難しい相手だろう。花形はチームの柱というエース的な一面がありつつも、上に藤真を抱いていた経験から、自分勝手はなさそうだ。忠実さと献身と頼りがいを併せ持つ男であろう」
「おおおおなるほど! そっかー、流川とか沢北みたいなエースタイプは、確かに父性的な雰囲気を欠くもんね」
「あと、これはあんまり根拠ないけど、陵南のあの人もいい夫になりそう。誰だっけ、出番少ないせいか、名前が出てこないな」
「フクちゃん?」
「全然違う! つかフクちゃんは繊細すぎて一緒に暮らすの辛いだろむしろ! 三年だよ、ちょっと地味めな」
「池上! ディフェンスに定評のある池上! 確かに人柄その他よくわかんないけど、家庭もしっかり守りそう! そしたら翔陽の長谷川一志とかも堅実そうじゃない?」
「あいつはダメだろなんか……執念深いし、安請け合いしそうだし、無駄に好戦的ぽいし。なまじ見た目が無害そうだから周囲も油断しちゃって、思わぬ落とし穴にはまりそう」
「てことは夫に向いてるベストキャラは花形満選手でよろしいか?」
「大物を一人忘れてるぞ。魚住だ」
「魚住……? しかしやつには赤木と同じ問題があるのでは?」
「浅はかだなシロイ。赤木と魚住が似ているのは雰囲気とチーム内のポジションだけだ。性格は全然違うのが、一年生当時の話を見れば明らかだ」
「言われてみれば赤木は『やめたいと思ったことは一度もない』と言いきってるけど、一年のときの魚住は弱気だよね。辞めますとか言ってるし、泣いてるし」
武田鉄矢も言ってるだろう、人は悲しみが多い方が人に優しくできるって! 魚住は挫折や弱さを知って、しかもそれを乗り越えてきた人間なんだよ! ああいう男は、間違いなく強いだけでなく優しい!」
「おお!」
「板前修業とか始めてるのもポイント高い! 先のわからない現代、手に職もってるのは心強いよな!」
「おおお!」
「コックや板前は家では料理しない場合も多いっていうけど、コートでかつらむきしちゃうような魚住なら、きっと家でも頼めばなんか作ってくれる!」
「かつらむきの件は関係なさそうだけど、確かに快く作ってくれそうな優しさを感じる。魚住の味噌汁とか、なんかすげー旨そうだな!」
「というわけで夫向きキャラナンバーワンは魚住純というのが、おれの結論だ」
「なるほどねー」
「まあ、個人的には魚住とは絶対結婚したくないが……」
「ここまでオススメしておいて何言ってんの!? 自分の言葉に責任持ちなよ! 一体君はスラムダンクの誰となら結婚したいっていうのさ?」
「彩子さん」
「えっ」
「彩子さん」
「えっ」
「……ていうか、驚くとこじゃないよねそこ?」


言われてみればセキゼキさんはヘテロセクシャルな男性でした。途中から忘れてた。

というわけで

あけましておめでとうございます。
新年一発目の更新がこんなんでいいのかなと思いましたが、振り返ってみると2010年の年明けもゲームの感想だったことに気づきましたので、もうこれで通します。

でぶっちょシンデレラ あとがき

ツイッターでは前回、「今年最後の更新」などと言ってしまったのですが、ちょっとだけ付け足しをいたします。


私の父シロイ・ネコヒコ(仮名)は昨年、他界いたしました。
いずれ訪れる別れと知りつつも、しばらくは悲しくて悲しくて仕方なかったです。
父の死をブログに書くつもりはありませんでした。どう書いていいかもわかりませんでしたし、そもそも書くべき事柄ではないだろうと思ったからです。
ですが一年が経ち、私は逆に父のことを書かなくて良いのだろうか、と考えるようになりました。
私のブログは両親も読んでおります。時折彼らのことに触れると
「親をネタにしやがって」
などと言いつつも父は嬉しそうににやにやしておりました。なんだかんだいって、ブログに書かれるのが好きだったのです、あのおやじは。
だとすると、これほど大きな出来事があったのに何も書かないというのも娘として薄情なのではないか、父にしてみればさみしくてがっかりした気持ちなのではないかと思い至ったのです。
かといってやたらにしめっぽいのも、故人の本意ではなかろうと勝手に判断し、明るくやらせていただくことにしました。


幼いころの記憶をもとに再構成したお話ですので、もちろん細部は父の語りとはことなっております。
この話の中に不適切な内容等が含まれたとしても、一切は再現者である私の責に帰するものであります。
一人でも多くの方が、このお話を楽しんでくれれば幸いです。


最後にお父さん。
素敵なおとぎ話をどうもありがとうございました。私の子供時代を豊かであかるく、満ち足りたものにしてくださったことに、深く感謝しております。
あなたの娘に生まれて、本当によかった。心からそう言えることがどれほどの幸せか、年を経るごとに実感しています。

でぶっちょシンデレラのおはなし

はじめに

遠い昔、布団の中で絵本を読み聞かせてもらいながら寝かしつけられていた時代が、私にもありました。
そして、我が父シロイ・ネコヒコ(仮名)は時折、どんな絵本にも載っていない、オリジナルおとぎばなしを作って、妹と私に聞かせてくれました。
今日は父の代表作である『でぶっちょシンデレラ』をご紹介いたします。

本文

昔むかし、あるところに、ひとりの女の子がいました。
女の子はおかあさんを早くに亡くし、おとうさんはのこされた女の子をたいそうかわいがりました。
やがておとうさんは再婚しました。新しいおかあさんは、二人のむすめをつれてきました。


女の子はシンデレラとよばれていましたが、これは本当の名まえではありません。
シンデレラというのは、日本語になおすと「灰かぶり」。その名のとおり、シンデレラはいつも灰にまみれ、よごれていました。
いいえちがいます、新しいおかあさんやおねえさんたちが意地悪だったわけじゃありません。
シンデレラの大好物は、だんろの火でじゃがいもをこんがり焼いてバターをたっぷりつけたもので、毎日大量に食べました。そして、シンデレラはどんどん太りました。
すると何もかもが面倒になり、シンデレラは一日中だんろのそばから動かなくなりました。だから灰かぶりと呼ばれるようになったのです。
おかあさんもおねえさんもそれはそれは心配して、
「ちょっとお散歩にいかない? すこし体を動かすと、きっといい気もちよ」
などと声をかけるのですが、シンデレラはいつもしらんぷり。
「このままではシンデレラはだめになってしまいます」
おかあさんがそう言っても、
「いいんだよ、だってむりに動かしたらかわいそうじゃないか」
おとうさんはシンデレラをどんどん甘やかすのでした。


しばらくすると、今度はおとうさんが死んでしまいました。
医療技術が未発達な昔は、けっこうあっけなく人が死んだりしたものなのです。
シンデレラのおとうさんは仕立て屋さんをしていました。
おかあさんはドレスをぬうのがとてもじょうずだったので、そのままお店をひきつぎました。
おねえさん二人はけんめいに店を手伝い、仕立て屋はたいへんに流行りました。


ある日のこと。
国じゅうにおふれがでて、わかいむすめたちはみな、お城に招待されました。
王子さまが、おきさき探しのぶとう会をひらくのです。
さあ、仕立て屋はおおいそがし。
おかあさんとおねえさんは、くる日もくる日も、たくさんのドレスをぬいました。
そして、おねえさんたちは仕事の合間をぬい、余った生地やレースをたくみに使って、自分たちのぶんのドレスを上手にこしらえたのでした。
問題は、シンデレラのドレスでした。シンデレラの体はとても大きかったので、余った布をぜんぶ使っても、ぜんぜん足りなかったのです。
「絹もビロードもレースも、ぶとう会のせいでどんどん値上がりしてるし、シンデレラのドレスを作ったら、うちは破産してしまうわ」
「木綿のドレスでお城にいくわけにはいかないし。どうしたらいいかしら」
おかあさんは、これは良い機会だと気づきました。
「ねえシンデレラ。あなたの体に合うドレスを作るだけのお金が、うちにはないのよ。だから、もしよかったら……」
おかあさんの言葉を、シンデレラはとちゅうでさえぎりました。
「ダイエットなんて、ぜったいしないよ」
「そんな」
おかあさんは目を丸くして驚きました。
「お城のぶとう会にはすばらしいごちそうが、とってもたくさん出てくるのよ?」
シンデレラの心は、大きくゆれうごきましたが、すぐに言い返しました。
「ダイエットなんかしたらふらふらして、馬車にひかれて死んじゃうかもしれないわ。こんなことになるくらいなら、今まで通り食べてればよかったって思うのがオチよ」
おかあさんは粘り強く説得をつづけましたが、シンデレラにダイエットをさせることは、できませんでした。


ぶとう会の晩。
「ごめんなさいねシンデレラ。留守番をまかせてしまって」
「ふん。まったくうるさいわね。いいからはやく行きなさいよ」
シンデレラはふきげんにそっぽをむきました。
「おみやげ、いっぱい買ってくるわ。タッパーも用意したから、お城のごちそうも、たくさんつめて持ち帰ってくるから」
おねえさんたちはそう言って、出かけていきました。
「はあ……」
一人ぼっちになったシンデレラは、さっそく新しいじゃがいもを手にとりましたが、なぜだか食欲がわきません。
「見たこともないようなごちそう、か……」
シンデレラのため息が、がらんとした家の中に、やけに大きくひびきました。
その時のことです。
台所のすみを、おおきなねずみがいっぴき、ちょろちょろ、と走りました。
シンデレラは次の瞬間、目にも止まらぬ動きでスリッパを脱ぎ、そのままねずみにむかって投げつけました。
ばしーん。
スリッパはみごとに命中し、ねずみはころりと、ひっくりかえってしまいました。
「あら、いいわね、けっこうな大物じゃない」
シンデレラはうきうきとねずみを拾い上げると、たこ糸でくるくるとしばり、なれた手つきでだんろのそばにぶら下げました。


シンデレラの国では昔おそろしい病がはやり、たくさんの人が死にました。
ある日、とてもえらい学者の先生が、国中のねずみをすべて退治すれば、病はひろがらないだろう、と言いました。
そして、みんなが半信半疑でねずみを退治したところ、本当にはやり病はおさまったのです。
それからというもの、この国ではお役所に退治したねずみをもっていけば、ごほうびのお金がもらえるようになったのでした。
シンデレラはねずみ退治の名人でした。
手裏剣のようにスリッパをあやつり、たくさんのねずみを、ちまつりにあげてきたのです。
おかあさんやおねえさんは、おいしいごはんやすてきなおかしを作ってくれましたが、基本的にヘルシー志向で、量もひかえめでした。
それでは物足りないシンデレラは、ねずみ退治の賞金で食べ物を買っていたのです。


「おじょうさん」
なんと、ねずみが人間のように話し始めました。
「このひもをほどいてください。おねがいします」
「口をきくねずみなんて、はじめてだわ。もしかしたら金貨をもらえるかも」
「ひいっ」
ねずみは悲鳴をあげました。
「やめてください、わたしはねずみじゃないんです、まほうつかいなんですよ」
「だからなに?」
「わたしを助けてくれたら、あなたを国いちばんの美女にしてあげますよ。うつくしいドレスと金のかみかざり、ダイヤのゆびわもおつけしましょう」
「うまいこと言ってひもをほどかせるつもりね。その手にはのらないわ」
これまで若い女性を百発百中でときふせた言葉がそっけなくかえされてしまい、ねずみはたいへんにあわてました。
「ダ、ダイヤモンドはえいえんのかがやきですよ? じょせいのさいこうのお友だちともいうのですよ?」
「ただの光る石じゃない。どうでもいい」
「そ、それでは、幸せな結婚などいかが? ヨメ・シュウトメ円満のまほうをはじめとして、アフターフォローも万全ですが」
「食べられないものに興味はないわ」
「では、では、では……」
口ごもるねずみ。たらりとひやあせが流れましたが、さすがにまほうつかい。台所を見まわして、こう続けました。
「ところでおじょうさんは、お城に行かないんですか? 確か今夜はせいだいなぶとう会では?」
ぴくりとシンデレラのまゆが動き、まほうつかいはここが勝負とばかりにたたみかけました。
「それはそれはものすごいごちそうが出るんでしょうねえ! 貴族でもないのにそんなごちそうが食べられるなんて、この国のむすめさんたちはなんてしあわせものでしょう! なのにどうしておじょうさんは、留守番なんかしてるんです?」
「うるさいわね」
シンデレラは顔をまっかにして言いました。
「わたしにはドレスがないのよ! 体が大きくて、着れるドレスがないのよう! だからお城にいけないの!」
ほとんど泣きだしそうになっているシンデレラの顔を見ながら、ねずみは丁重に申し出ました。
「それでは、そのドレスをわたしがご用意しましょう。一刻も早くお城に駆けつけたいでしょうから、馬車と馬もおつけしますよ」
シンデレラはぽかんと口をあけて、ねずみをまじまじと見つめました。
「そうと決まれば急ぎましょう! さあ早く! このひもをほどくんですおじょうさん!」
シンデレラはあわててハサミをとりあげ、じょきじょきとたこ糸を切りました。


ぼわわん。白いけむりがたちのぼりました。
ねずみの姿はとけるように消え、とんがりぼうしと長いローブを身につけたおばあさんがあらわれました。
「肝の据わったおじょうさんですねえ」
まほうつかいはあきれたようにつぶやきました。
「今までの人たちはみんな、ねずみが人間に変身すると、ずいぶんおどろいたものですけど」
「むだ話はいらないわ。早くしてちょうだい」
シンデレラはじれったそうに足踏みをしました。
「おまかせあれ」
まほうつかいはほほえみました。
ぼわわん。
けむりとともにシンデレラの木綿のドレスが、うつくしい絹にかわりました。
ぼわわん。
台所のすみにあったかぼちゃは、りっぱな金色の馬車に。
ぼわわん。
だんろの横にぶら下げられていた、息もたえだえのねずみ2ひきは、雪のような白馬に。
「これはとっておきのおまけよ」
まほうつかいはウインクをして、仕上げのつえをふりました。
ぼわわん。
そしてシンデレラの木ぐつは、それはそれはみごとな、ガラスのくつにかわったのです。
「すきとおったかがやきが若いむすめの純粋さ、けがれないうつくしさをひきたてる自慢のデザインですのよ」
シンデレラはきびしい顔をして言いました。
「ひとつ、いいかしら」
シンデレラの言葉をきいて、まほうつかいはおどろきました。
「ええっ、まほうをぜんぶ、途中でとけるようにしてほしいなんて」
「わたし、このかぼちゃでおねえさんにパイを作ってもらうつもりだったし、ねずみも役所にもっていく予定だから、なくなっちゃこまるの。馬車も馬も、大きくてじゃまだし」
「しかたないわねえ」
ためいきをつきながら、まほうつかいはもう一度、つえをふりました。
「さあおじょうさん、これでまほうはぜんぶ、真夜中をすぎればとけます。だから気をつけて、12時のかねがなったら、急いで帰ってくるのですよ。お城の中でまほうがとけたら、不審者扱いされるでしょうから」
「わかったわ。いろいろありがとね」
シンデレラは短い礼を言って、馬車に乗り込みました。


さて、そのころ、お城では。
「すごいごちそうねえ……シンデレラをつれてきてあげたかった。きっと喜んだでしょうに」
「人目があって、タッパーに詰めるのがはずかしいわね……もうちょっとおそい時間になったら、みんなの注意もそれるからしら」
「ふたりとも。ごちそうの話ばかりするのはおやめなさい。これから王子さまがいらっしゃるんだから、くれぐれも失礼がないようにね」
「王子さまって、きっとすてきな方なんでしょうね! わたし『どくがんりゅうまさむね』のケン・ワタナベにそっくりだってうわさをきいたわ」
「まあ、わたしは『ペイル・ライダー』のクリント・イーストウッドみたいに渋い方だってきいたけれど」
「一説によると『ハート・ブルー』のキアヌ・リーブスにも似ているそうよ!」
むすめたちのうわさ話をきいていたおかあさんは、心の中で首をかしげていました。
(おかしい……王子さまのイメージがあまりにもバラバラすぎるわ……それにみょうに古い作品ばかりだし)
そのとき、高らかににファンファーレがなりひびきました。
パンパカパーン。
「王子さまのおなーりー」
毛皮のえりがついた外とうの下からのぞくダブレットは、つややかなベルベット。
かざりおびには金糸銀糸がふんだんにつかわれ、髪の毛はきれいになでつけられています。
顔がうつるほどにみがきこまれたブーツで王子さまは一歩、ふみ出し。
それを見たおかあさんはそっとむすめたちのそでをひき、ささやきました。
「いくわよあなたたち」
「ええ、おかあさま」
二人は、あおざめた顔でこたえました。
(最初からおかしな話だったわ)
おかあさんはすばやく考えをめぐらせました。
(一国の王子ともなれば、よその国のお姫さまと結婚するのがふつうなのに、わざわざ国中のむすめを集めるなんて、どんな理由があるのかと思っていたけれど……)
帰ろうとしたのは、おねえさんたちだけではありません。
おおぜいのむすめたちが目立たぬようにこっそりと、けれど急いでわれさきにと出口に殺到しはじめていました。


王子さまの右手にはこんがりあぶられた鶏もも肉が、左手にはサーティワンアイスクリームのキングサイズトリプルがにぎられていました。
鶏もも肉とアイスクリームを交互にほおばる王子さまの体は、太っているなどという言葉ではなまやさしく、山が動いているようにしか見えません。
ゆさゆさと波打つ王子さまの肉。
いったいこれほどまでに大きな人間というのが、いてもよいのでしょうか。
(こんな人と結婚したらまちがいなく……わたしたちは、死ぬ。なにかのひょうしにおしつぶされる)
むすめたちはみな怯えてしまったのでした。


王子さまはあたりを見まわし、大臣にたずねました。
「おかしいな。国中のむすめたちが集まったはずではなかったのか。ずいぶん人がすくないぞ」
王子さま美形説を流してむすめを集めた大臣は、慌てて答えました。
「ど、どうやら風邪をひいているむすめが多いようです。王子さまにうつすわけにもいきませぬから、みなくやしい思いで家にこもっているのでしょう」
「なるほどなあ。かんしんな心がけじゃ」
王子さまはおうようにうなずき、そこで足をとめました。
(おや……?)
どっかりとテーブルのまえに一人のむすめがじんどっており、王子さまのほうに見むきもしません。じぶんと同じ部屋に王子さまがいることに、気づいていないようです。
「そなた、なにをしておるのじゃ?」
「食べてるのよ。そのくらい、見たらわかるんじゃない」
「ずいぶんたくさん食べてるようだな。うまいのか?」
「うるさいなあ、おいしいから食べてるに決まってるでしょ。とくにこのお肉! じっくり味わうんだからじゃましないで」
ぶれいな口をきかれたにもかかわらず、王子さまはにっこりとわらいました。


これまで王子さまは、食べ物のことではいろいろさみしい思いをしてきました。
王子さまが食事をはじめると、あまりのはやさといきおいにみな驚き、顔をしかめたりします。
となりの国のお姫さまとお見合いをしたときも
「王子さまが食事をするところを見ていると、気分がわるくなります」
とことわられ、王子さまはたいそうかなしみました。
ところがこのむすめさんときたら、どうでしょう。王子さまにまさるともおとらない食べっぷりです。
(このむすめならば、わたしが何をどんなに食べたって、気にするようなことはあるまい)
王子さまは胸のそこからぽかぽかとあたたかい光がさしてきたような気分になりました。
「その豚肉の煮こみは、かくし味に果物をつかっておるのじゃ。だから深みがでる」
「へえ。くわしいわね」
「そちらの牛のあぶり焼きも、なかなかのデキだぞ」
「ほんとだわ。すごく香ばしい」
ふたりは生まれて初めて、じぶんと同じくらい、食べることに情熱をかたむける人に会ったのでした。
ぴったりと息の合ったコンビネーションで二人は、食べて、食べて、食べつづけました。
たのしい時間はまたたくまにすぎるものです。
ごーん。
かねの音が、おしろにひびきわたりました。
「もうこんな時間!」
シンデレラはあわててたちあがり、走りだしました。
「むすめよ、どこにいくのだ?」
後ろから王子さまの声がきこえますが、かまっていられません。
階段をおりるときにひっかけて、くつが片方だけぬげてしまいましたが、
「どうせ、ほとんど家から出ないもの。くつなんていらないわ」
シンデレラはそのまま馬車にとびのり、去ってしまいました。
「あれは……?」
シンデレラを追いかけてきた王子さまは、きらきらひかるガラスのくつをひろいあげました。
ぼわわわん。
かねが鳴りおわると同時に、ガラスのくつは大きな木ぐつにかわりました。
「それはこども用のボートですか?」
あまりにも大きなくつでしたので、とおりすがりの衛兵がそんなふうに王子さまにたずねたくらいです。
「ちがう。くつだ。このくつの持ち主ともっと話をしたいのだが……」
「うわ。とっても足の大きい男なんですね」
「男ではない。若いむすめだ」
「ええええええっそれはすごい。国じゅう探したって、一人いるかいないかでしょうね、そんなに足の大きいむすめは」
衛兵の言葉が、王子さまの胸に希望をうみました。


よく朝。
「おはようシンデレラ。留守番ありがとうね」
「お城のごちそう、少しだけ持ち帰ってきたわ。あたためたからおあがりなさいな」
「いらない。ねむいからまだねる」
そう言ってシンデレラがベッドにもぐりこむと、おかあさんもおねえさんも、みんなびっくりしました。
お城からの帰り、馬車と馬のまほうがとけてしまい、長い道のりを歩くことになったので、シンデレラはつかれきっていたのです。
「どうしちゃったのかしら。やっぱり留守番を怒っているのかしら」
「だからって、あの子がごはんを食べないなんておかしいわ。ほんとうにぐあいが悪いのよ」
「たいへんだわ。おいしゃさまをよんできましょう」
おねえさんたちは家の外に飛び出しましたが、あちこちに人だかりがあって思うようにすすめません。
「どうしてこんなに混み合っているんでしょうか?」
おねえさんが近くの人に声をかけました。
「お城の使いが来てるのさ。手掛かりをもとに、人探しをしているそうだよ」
わあっとかん声があがり、みごとな行列がやってくるんのが見えました。
けらいたちがうやうやしくビロードのクッションをささげもち、その上にはシンデレラの木ぐつがのせられています。
「ボートだ」
「ボートがなぜあんなばしょに?」
みなふしぎそうな顔でささやきあっていますが、おねえさんたちだけは、あれがボートではないことをわかっていました。


「たいへんよおかあさん」
おねえさんたちは慌てて家に引き返しました。
「お城の使いが、シンデレラを探しているの!」
「あんな大きなくつ、シンデレラ以外の人がはくはずないもの」
「だけどシンデレラは、ゆうべは留守番をしていたじゃないか」
おかあさんがそう言うと、おねえさんたちはかぶりをふりました。
「きっとごちそうがどうしても食べたくて、なんとかして忍び込んだのよ」
「だから具合が悪くなったのね。食べすぎたのよ」
「どうしようおかあさん、このままじゃシンデレラがつかまっちゃう!」
そんなことを話していると、玄関のとびらがノックされました。
「城からの使いだ、この家には、若いむすめがいるはずだが」
「はい、こちらに」
おねえさんたちは前にすすみでて、頭をさげました。
「ふーむ」
お城の使いは、おねえさんたちの小さな足をじろじろとながめました。
「おまえたちはちがうな。試すまでもない」
おかあさんがそっと席をはずしました。このすきにシンデレラを裏口から逃がしてあげようとおもったのです。そのことに気付いたおねえさんたちは、なんとか時間をかせごうとしました。
「なにを試すのですか?」
「あのくつをはいてもらおうと思ったのだ」
「まあ。大きくてとってもすてきな木ぐつですのね。わたくし、はいてみたいですわ」
「ずるいわおねえさま。わたくしだってはいてみたいわ」
おねえさんたちはうまく調子を合わせました。
「おまえたちの足では、あのくつはぶかぶかで、すぐに脱げてしまうだろうよ」
「そんなのわかりませんわ。試してみませんと」
おねえさんたちが靴下を何枚も重ねてはき、その上からさらに古布をぐるぐるとまきつけていると、とびらがばたんとあきました。
「人がねてるってのになんなのよさっきから。うるっさいわねえ」
シンデレラが現れ、その後ろでおかあさんが必死にシンデレラを引き戻そうとしているのが見えました。
「だれよあんたたち」
そう言ってにらみつけるシンデレラの足元をお城の使いはじっと見つめ、とつぜんがばりとひざまずきました。
「試してみるまでもない。わが君がお探しなのは、まちがいなくあなたです」
おかあさんもおねえさんも、びっくりして口もきけません。
こうしてシンデレラはお城に迎えられ、王子さまと結婚したのです。


王子さまとシンデレラのしあわせな生活は、ふたりが健康診断できびしい警告を受けるまでは順調でした。
なにごとも「食」の観点から考える国王夫婦は、農地・農作物の改良や開墾事業に力を入れ、軍事面でも兵站の研究を重要視しました。二人の政策は案外に評判がよく、王子さまは国民に「美食王」と呼ばれ、親しまれました。
健康診断でひっかかってからも、二人はめげませんでした。シンデレラはおいしくておなかいっぱいになれるヘルシーメニューを研究し、レシピ本を出版しました。もちろん、大ベストセラーになりました。
おねえさんたちはそれぞれ、働き者の職人と結婚しました。
シンデレラはときどき王子さまと一緒に、実家である仕立て屋を訪れましたので、おねえさんたちはすかさず「王室御用達」の看板をかかげ、店は以前にもまして流行るようになりました。
おかあさんは娘たちに店をゆずったあとも商売の勘は鈍ることがなく、年配女性向けの新ブランドを立ち上げたり、保育所事業を始めて地域の子持ち家庭を支援したりと、忙しくも充実した日々を送りました。
そんなふうにみんなは、末長く幸せに暮らしたそうです。
めでたし、めでたし。


教訓

  • 王子さまが素晴らしい男性に見えるとは限りません。
  • 気立てのよい働き者であれば、玉の輿になど乗らずとも、自分の才覚でそれなりに幸せになれたりするものです。
  • 世の中には優しくて立派な継母や継父も大勢います。血は繋がっているけれど、ダメな親もたくさんいます。血の繋がりは尊いものかもしれませんが、それだけを重視するのは誤りです。
  • どのような手段であれ、自分のお金を稼ぐ方法を持つのはよいことです。ささやかな自活手段がシンデレラのような幸運をあなたにもたらすことはなかったとしても、じゃがいもは確実に買えますし、じゃがバターを食すのは幸福になる一つの方法でもあります。





あとがき

六道輪廻スープに酔いしれろ!

私の節約術として一人暮らし時代に活躍していた「六道輪廻スープ」について書いてみます。


一人暮らしだと自炊って実はあまり安くない、というのはよく言われます。安さだけを追求するなら激安惣菜だの弁当だのを買ってきて食べる方が確かにお金はかかりません。
しかしそういう生活をしていると体をこわしたりしがちですから、医療費がかかって結局高くなる、という考え方もできるわけですよ。
健康的でおいしいものを比較的安く食べ、体を健康に保つというところに自炊の真の価値があるのです。
自炊するなら外食ではとりづらい野菜を食べましょうよ、いう話ですね。


しかし野菜をとれっていわれてもそれが難しいじゃない、肉や魚はただ焼けば食えるけどさ!
とか思う方にお勧めなのがこちらの六道輪廻スープでございます。

一日目

日曜日。目を覚ましたあなたは冷蔵庫の中身をチェックして、余った野菜を集めます。
サラダ作った残りのセロリとか。味噌汁作った残りの大根とか。パスタ作ったとき使いきれなかったブナシメジやエリンギとかね。
玉ねぎ、にんじん、キャベツあたりの安くて日持ちして使い道の多い野菜は、常備しておくとよろしいです。このあたりの野菜もちょっとずつ使いましょう。
ブナシメジを小分けにし、野菜は基本1cm角に切ります。エリンギやセロリは四角になりませんので、適当に小さくしてください。
ベーコンがあるとベストなんですけど、なかったらハムでもソーセージでもいいです。スープの具としてちょうどいいくらいの大きさに切ってください。
いろんな野菜があるから、切るとけっこうな量になるでしょう。
そしたら鍋を出して火にかけてオリーブオイルを熱し、これら具材を投じて、炒めましょう。


ちなみに私としてはここでぜひシャトルシェフの使用をおすすめしたいのです。しかも一人暮らし用としてはちょっと大きいかな、くらいのやつ。節約術って言ってるのに何高い調理器具すすめてんのコイツ、と思われるかもしれませんが、よく言われることですがシャトルシェフはガス代の節約にとてもよいので、イニシャルコストは高くついても、ランニングコストまで考慮に入れれば、かなり優秀なのです。我が家のシャトルシェフは既に使用開始から8年目に突入していながら未だキッチンのエースです。その間にフライパンは何度か代替わりしていることを考えますと、シャトルシェフ購入こそが長い目でみれば節約術であるとも言えます。
また、単身者用の賃貸物件は、しばしばコンロが一口しかなかったりするんですが、シャトルシェフで保温すればコンロが節約できるのもありがたい。


炒めた具材にだいたい油が回ったら、鍋の八分目くらいまで水を入れてください。しばらくすれば鍋の湯が湧きますね。
そしたら、シャトルシェフをコンロから下ろして、保温器に入れたらあとは放っておけばよろしい。
週末には週末の用事がありますよね、掃除するとか洗濯するとか散歩に行くとかゲームするとか図書館行くとか、二度寝したっていいですし、とにかく好きに過ごしてください。
余り野菜を片づけて冷蔵庫が空になったわけですから、スーパーに買い物もいいですね。一週間分の食材を買ってきて冷蔵庫につめると、とても充実した気持ちになれますので。
ただし、冷蔵庫の中に鍋一つ分の隙間は開けておいてください。


あとはまあ、夕食の支度をするときに保温器から鍋を取り出して再び火にかけ、気になるならアクをとって、塩コショウで味を調えて、できあがり。
コンソメすら入っていないとか味だいじょうぶかよ、と思われるかもしれませんが、低温で長時間煮込まれているので、野菜の旨みがしっかり引き出されて、ちゃんと美味しいスープになっています。不安な方はコンソメキューブ入れたっていいですけど。


こちらは「ズッパ・ディ・ヴェルドゥーラ」といいまして、れっきとしたイタリア料理でございます。伊丹十三先生がそうおっしゃっていました。
なので、料理で見栄を張ってみたい方は週明け、
「日曜の夕食はイタリアンにしてみたよ。ひさびさにズッパ・ディ・ヴェルドゥーラを作ったんだ」
などと言ってみるのはいかがでしょう。一個も嘘ついてませんから。
まあとにかく一日目の夜はこのシンプルなズッパ・ディ・ヴェルドゥーラで、野菜の滋味をしみじみと味わいましょう。パルメザンチーズをたっぷり振っていただくのも美味です。
それにしてもシャトルシェフで作ったスープって、野菜の火の通り具合が絶妙なんですよね、特ににんじん。にんじんのアルデンテみたいな、じゅうぶん柔らかいけれどぐずぐずには決してならず、どこか凛とした歯ごたえをうっすらと残す、あのかんじ。これはガスコンロだといくら弱火じっくりをキープしてもなかなか難しいよなー、と私は思っていまして、ここでまたシャトルシェフステマですよ。一銭ももらっていないですけど。


二日目

月曜日。帰ってきたあなたは週初めの疲れで、ごはん作るのが面倒だったりします。
そういうとき、昨日作ったスープがまだあるから汁ものは作らなくていい、という事実は電球のようにあなたの心をあかるく照らすでしょう。
ただあたためなおすのではなく、スープにちょっとカレー粉を入れてみましょう。彩りにパセリなどをふってみるのも吉。
たったこれだけで昨日のスープはカレー風味に生まれ変わり、あなたを別な角度から楽しませてくれます。

三日目

火曜日。思えばこれまでの二日間、あなたが口にしてきたスープはわりあい淡白な味のものでした。
この辺りでちょっとがつんといきましょうか。特売で購入した一缶78円のトマト缶を温めなおした野菜スープに投入して、ミネストローネにするのです。
トマトスープとかトマトソースとか、トマト系の料理には、塩コショウ以外にカレー粉をはらはらと落とすと、味の奥行きがぐっと増します。
というわけで昨日投入されていたカレー粉は、ニューカマーたるトマトの水煮缶と相性が非常によろしいのです。カレー粉とトマト缶のハーモニーを味わいながら、恋人たちをひきあわせたキューピッド役の気持ちになりましょう。
トマト投入のおかげでリコピンも摂取できますから、いろんな意味で
「今日の私はいいことをした……!」
と思えるはずです。


四日目

水曜日。一人暮らしをしてると炊いたごはんというのは何かと余りがち。多めに炊いて余ったら小分け冷凍していたりするかと思うんですが、今日はその冷凍ごはん一人前を電子レンジで解凍しましょう。
ミネストローネをあたためたら一部とりわけ、その中に解凍ごはんを投入して少し煮込み、簡単リゾットのできあがり。お好みで牛乳、チーズ等をくわえてお召し上がりください。
リゾットにすると小さめの冷凍ごはんでもじゅうぶんな量なるのがありがたいです。炭水化物を減らしてダイエットにもお財布にも優しいのでした。
とかいいつつ、ここで生クリームを使ってみると濃厚な味わいが楽しめますが、途端にダイエットからも節約からも離れますのでご注意ください。生クリームというのは本当にいろいろと罪深くて魔性ですね。リゾットをすすりながら「ふぅ〜じこちゅわぁ〜ん」とか呟いてみたくなります。

五日目

木曜日。あと一日がんばればもう週末じゃん、という思いはあなたに調理への意欲を湧きたたせます。
というわけで本日はカレーの日。残ったミネストローネにカレールーをわりいれ、水分その他を適当に調節してください。トマトたっぷりカレー、と表現するとまったく残り物感がなくてグッドです。
カレーが残ったら冷凍したいけど、ジャガイモ入れるとまずくなる、でもジャガイモ食べたいし、と悩んでいるあなたのために、私が一計を案じました。
バター(半量をマーガリンにすると節約気分)を溶かしたフライパンに薄くスライスしたジャガイモを並べて両面を焼き、これをカレーにトッピングして食べるのです。
もともとスープに入っていた具材は小さめで、ごろごろ野菜カレーを食べたいあなたにとっては、物足りないものでした。
焼きスライス野菜トッピング形式が、そんなあなたの不満を解消します。
かぼちゃ、なす、ピーマンなど、お好きな野菜をトッピングしてみましょう。

六日目

金曜日。週末を控えてすっかりご機嫌なあなたは、鼻歌交じりに冷凍ご飯を解凍し、耐熱皿に敷き詰めます。
ごはんの上に残りカレーをのせ、卵なんか割入れてみたあと、ピザ用チーズをたっぷり散らして、オーブンにイン。
焼き上がればもちろんカレードリアです。
繰り返された輪廻転生もひとまずはここで打ち止め、残りスープという名の業は食べつくされましたので、七日目の土曜日は、たっぷりある時間で好きなものを好きなように食べるといいんじゃないでしょうか。

というわけで

野菜スープリメイクなんてよくある話じゃねーか、なに六道輪廻とかご大層な名前つけちゃってんだよバカかオメーは。
とお思いの方。
あなたは正しい。ほんとすみません、私、いろんなものの邪気眼ネームとか考えるのが好きなんです。ごめんなさい。
しかしこういう大仰ネーミング制を採用しますと、野菜スープを大量に作ってえんえんと目先を変え続ける作業も、
「ばかな、コード128? これでは次代の転生サイクルに狂いが生じてしまう……やむをえん。オペレーション・ホワイトアウトを発動する!」
(翻訳「トマト缶128円は高いなー。ミネストローネやめて、ミルクスープにしよっかなー」の意)
などと呟くと楽しいんです。バカでよかったと思う瞬間です。


ちなみに上記のローテーションは、転生パターンのほんの一部でありまして、他にもいろんなパターンが考えられます。

  • ミネストローネの翌日は、ごはんの代わりにスパゲティを投入して野菜スープパスタ。
  • カレーコンソメの翌日、トマト缶の代わりに牛乳を投入してミルクスープに。リゾットやパスタ経由後は、ホワイトシチューのルーを入れてもよし、カレールーでもよし。
  • ミネストローネにカレールーの代わりにハヤシライスのルーを入れる。牛肉が入っていないとハヤシじゃない、とお考えの方は、牛薄切り肉を買ってきて別途ソテーして添えるとよいと思います。
  • ホワイトシチューもグラタンやドリアに転生させることができますね。
  • ミネストローネにひき肉を合わせて炒めて水分を飛ばし、パスタと合わせるとけっこうボロネーゼ風です。

ごはんで遊ぶなと叱られるかもしれませんが、私には「ライオンハートごっこ」と呼んでいる楽しみもありまして、六道輪廻スープ以外のおかずも、並行して転生させてみたりするわけです。
たとえばカレー野菜スープのときのメインおかずを肉じゃがにして、翌日和風カレーに変じた元肉じゃがを転生したミネストローネと一緒に食することで、
「また会えましたね」
「そんなまさか……あなたは!」
「約束したでしょう、生まれ変わってもまた見つけ出すって」
「嬉しい! このまま一緒に溶け合ってしまえたら!」
とかいう会話が自分の胃袋の中で繰り広げられている様子を想像してみるのもいいですよって、……えええ、ちょっとまって何その目つき、ひいてるよね、私に対して今ひいてるよね?

まとめ

だんだん自分でも何を言っているんだかわからなくなってきましたが、とりあえず今回は以下の記事を参考に書かせて頂きました。
一人暮らしでカレーを作るべきではない理由。 - 貧乏人は麦を食え。年収200万円時代を生きる方法-bobcoffeeの麦食指南


いやいや一人暮らしだからこそカレーで節約ってのはある話だよ、と思ったので書いてみたのです。
肉じゃがでもマーボー豆腐でも野菜スープでもポトフでも、最終的に味と水分調節してカレールーぶちこんでしまえば、なんかそれなりに落ち着くところがカレーの懐の深さ、好きな男の腕の中でもそんなカレーの夢を見ちゃうの、ということが書きたかったのでした。
というわけで、元エントリのその後の記事に対してもちょっとだけ反論いたします。


「時間もお金同様に重要」
「大事な時間を必ずしも優先度の高くないもの(代替物がある)を作るために割くのですか」
「ジャガイモと人参を入れた場合、出来上がるまでに火にかけてから30分は掛かります。」
「一皿分を作るのにそれだけの時間を掛けますか?」


というお話がありましたが、確かにまあカレーだけで考えるとそうかもしれないんですが、「六道輪廻スープ」方式のお得な点としましては、時間がかかる煮込み部分を初日に済ませてしまうので、それ以外の日は調理時間が大幅に短縮されてラク、というのがあげられます。
そしてまた、煮込みの間中ガスコンロの横にいるのは無駄とお思いかもしれないのですが、そこでシャトルシェフを使えば、コンロの横にいる時間もぐっと短くなるわけですから、金と時間、双方の面でお得とも言えます。
時間の節約の観点から推奨されている炊飯器カレーですが、それがたいへんによろしきものであることを認めた上で、シャトルシェフ調理は電気代不要でガス代もちょっとだから更にお得でございます、と更に言い募る私はほんとなんなんでしょう、シャトルシェフの血でも引いてるんでしょうか。


まあシャトルシェフは夏場に使うと腐りやすいとか言いますけどね……六道輪廻スープも一日一回は加熱するとはいえ、六日間の使いまわしですから、衛生管理に気を付けるのは絶対の条件ですね。夏場は避けた方がよろしいかも。同時に、私は六道輪廻スープでお腹壊したことはないというのも、シャトルシェフとカレーの名誉のために一応言っておきます。


ここまできたらシャトルシェフ愛ついでに言っておきますけれど、やっすい豚ブロックや、やっすい牛筋を買ってきて、寝る前にシャトルシェフにぶちこんでお湯わかして保温器に突っ込んで、朝起きたらもう一回わかして保温器につっこんで、とやれば帰宅する頃にはどちらもトロトロ柔らか、実にいい具合に煮えててシャトルシェフ先生マジ幸せの伝道師、と実感できます。
私はこの煮込みはどちらもあえて平日の作成をおすすめしたいのです。
ああ仕事だるいわだるいわ帰りたいわ、と思った時には、キッチンの片隅でけなげに働くシャトルシェフ先生のお姿を思い浮かべてみるのです。
ああ私がこうしている間にも鍋の中でちょっとずつやわらかになっていくのね、と思い描く肉の塊ほど、働く善男善女の足取りをはずませるものはないと、私そのように信じております。


私の節約術「セツヤクエスト

消えた女の子

私が子供の頃住んでいたのはたいそうな田舎だったのですが、その中でも我が家は更に辺鄙な場所にありました。
幼稚園に入るまで、妹と私はお互いだけが遊び相手でした。我が家の半径3km以内には、他に子供がいなかったからです。
そのせいでしょうか。
幼稚園に入ってすぐに私は、自分の対人スキルが同年代の子と比べて大幅に劣っていることに気付きました。
遊びの仲間に入れない。
たまに入れてもらってもどんくさくて、みんなをイライラさせてしまう。
遠いとおい昔のことなのに、入園当時にあったいろんな出来事を、私は今でも思い出せます。
それだけ毎日緊張して過ごしていたのでしょう。


自分が他の子供と上手く遊べないことに気付いた私は、自分の何がそれほどまでに駄目なのか、いっぱい考えるようになりました。
かなしくて苦しかったですが、ぎゃんぎゃん泣きながらお母さんに引きずられて幼稚園にやってくる子が他にいたりしたので、自分だけがつらいわけじゃないんだと思い、少し慰められました。あの子の方が辛そうだから、私はまだ我慢できるし我慢しなくちゃな、とぼんやり思った記憶があります。
一人で座って他の子供たちが遊んでいる様子をずっと見ていたのを覚えています。輪の中にいるときのほうが緊張するので、退屈だけど安心な気持ちでした。
時々リーダー格のエビナ(仮名)ちゃんがちらりと私のほうを見て、ばかにしたように笑ったり、悪口を言ったりするので、それがとても嫌でした。
お母さんに悪い、というのを一番強く感じました。うちのお母さんはとてもいいお母さんなのに、私がバカなせいでお母さんまでバカにされたらすごくひどい。私はもっとおりこうになってみんなと遊べるようにならないといけない。そういう決意を固めました。
私はそれから、周りの子供のやりとりをなるべく一生懸命見て、真似をするようになりました。無数のトライアンドエラーを繰り返し、遊びに入れる回数がじわじわと増え始めたあたりで私は、みんなができることができない子はすごくバカにされることと、逆にお絵かきやかけっこなどがすごくできる子は尊敬を集め、できない子がやったら許されないことも許される場合があることを学びました。こんなに初歩的なことをそれまで理解していなかったのが恐ろしいですが、遅くとも身に着かぬよりはマシというものです。
秀でることで許される道はとても魅力的でしたが、私は不器用で足が遅いので、早々に諦めました。無難を目指す道だけが残されましたので、私は親に頼んで字を教えてもらうことにしました。
四歳当時の私は、字の読み書きがまったくできませんでした。そして幼稚園にいた他の子たちは全員が既に、ひらがなとカタカナを読める状態でした。
早く字が読めるようにならないともっと仲間外れにされると、私は子供なりの危機感を抱いたのです。
娘が自分から字を習いたがったので両親は喜び、さっそく教えてくれました。


その日、またエビナちゃんは女の子を集めていました。体が大きくて力が強いエビナちゃんが、女の子たちが何をして遊ぶかをいつもぜんぶ決めていたのです。
エビナちゃんはクレヨンの箱を開け、中のクレヨンを並び替えて、みなに見せました。みなそれを見て何か言い、それから他の子もクレヨンを並び替えました。エビナちゃんはその並びを見てうなずき、ほめました。
私はそれをちょっと離れた場所から見ていました。
どうやらクレヨンをどの順番に並べると綺麗に見えるか競っているらしいと、私は推測しました。
どうしてあの子たちはそういうことがわかるんだろうと、私は泣きたくなりました。どうすれば速く走れるか、綺麗に色が塗れるか、かわいいお姫様の絵が描けるか、私以外のみんなは知っているみたいなのに、私だけが知らない。
クレヨンをどんな順番に並べれば綺麗なのかなんて、私には全然わからない。そういうことがわからないと、あの輪の中には入れないのに。
なんで私だけがこんなにものすごくバカで、わからないことばっかりなんだろう。
私はのろのろと自分のクレヨンの箱を開けました。とにかく適当にクレヨンを並び替えて、エビナちゃんのところに持っていこう。もしかしたら偶然すごくいい並びになって、一緒に遊んでもらえるかもしれないし。そんな風にはかない望みをかけたのです。
それから私はなんとなく箱のふた裏を見て、すごいことに気付きました。
クレヨンの並べ方が書いてある!
色の名前が順番に並んでる。もしかしてみんな、これを見てクレヨンを並べたのかもしれない。だから私にはどうすればいいかわからなかったんだきっと。今までは字が読めなかったから


私ははりきってクレヨンを並べ替えました。ふたに書かれている順番通りであることを示すために、クレヨンの胴体部分に書いてある「あか」とか「ちゃいろ」とか「みずいろ」などの文字が、きちんと読みやすく上に向くようにしました。
それから私は、にこにこしながらクレヨンの箱をエビナちゃんに見せました。
エビナちゃんはちょっと驚いた顔をしたあと、にこっと笑いました。
「いっしょに描く?」
エビナちゃんが場所を開けて私をお絵かきに誘い、その日から私は、遊び仲間として受け入れてもらえるようになりました。
驚いたことにその後、エビナちゃんと私はけっこうな仲良しになりました。母親同士も気が合ったので家族ぐるみの付き合いが始まり、何度か一緒に旅行に行ったりもしました。


みんなが当たり前にわかることがわからないバカな自分、という感覚は相変わらずありましたが(大人になった今でもあります)、私はだんだん、そのことが気にならなくなりました。
バカでも物知らずでもいいんです。世の中には賢くて物知りな人がいっぱいいて、おかげで役に立つ本がいっぱいあるんですから。
私のような子供は、そういう本を探して読めばいいんです。そうすれば輪の中に入っても、なんとかやっていけるのです。
私は、本が好きな子供になりました。


これが私の幼稚園暗黒時代の記憶です。
本当にずうっと大昔のことなのに、驚くほど細かく、いろんなことを覚えています。
母が広告の裏に升目を書いて、お手本になる五十音を書いてくれたのを覚えています。
その間に父が別の広告の裏に升目を作り、私はそこで字の練習をしました。その紙が黄色かったことを覚えていますし、広告がなくなったら父がわら半紙を出してきたことも思い出せます。
何回も間違えて悔しくて、カーペットに涙を落としたことも、そのカーペットがグレーで、四角い模様が入っていたことも、忘れていません
これからは一人で読めるんだと気がついて、本棚から絵本をひっぱり出したときの記憶は、特に鮮明です。
選んだのは、おじいさんが落とした手袋にいろんな動物がやってくるお話。
筋は知っていてもあらためて自分で読むと何もかもが違って感じられて、胸がいっぱいになりました。


さて。
私の記憶はこんな風にまるで昨日のことのように何もかも克明できっちりしているのに、実はすさまじく狂っているのです。
中学生のときのことです。私はエビナちゃんの家で、一緒にテスト勉強をしていました。
エビナちゃんのお母さんが、途中で私たちをリビングに呼んでおやつを出し、
「エビナもケイキちゃんも、見てごらんなさい。さっき片づけしてたら出てきたの」
と言って写真の束を広げました。
「幼稚園の頃の写真じゃん」
「なつかしー」
勉強に飽きていた私たちは、はしゃぎながら写真をめくり始めました。
「あれ?」
知らない女の子が、エビナちゃんの横に立っています。
(親戚か誰かと一緒に撮ったのかなあ)
私は更に写真をめくりました。また同じ女の子が出てきました。次の写真にも、その次の写真にも。
そこで私は、その女の子の服装が変わっていることに気付きました。
(同じ日にまとめて撮ったわけじゃない……この子は何日も何ヶ月も、ここの地域にいたんだ)
なんとなく嫌なもやもやが胸の中でふくらんだような気がして私は、エビナちゃんに訊きました。
「これ誰?」
「何言ってんの、マヤト(仮名)ちゃんでしょ?」
(全然知らない名前だ……なんで知ってて当然みたいな雰囲気……)
私が茫然としていると、エビナちゃんがびっくりした顔をしました。。
「えっ、シロイ本気で言ってるの? マヤトちゃんだよ? 忘れるとかありえないよね?」
「あの子の印象はけっこう強烈よねえ」
目を細めながらエビナちゃんママが語るところによると、マヤトちゃんというのは私と同い年の女の子で、体が大きくてとても気が強く、いつもみんなを取り仕切ってリーダーを務めていたそうなのです。マヤトちゃんにはちょっと意地が悪いようなところもあって、気に入らない子は容赦なくいじめるので、泣かされた子も多かったとか。
「それってあの……エビナちゃんのことですよね?」
失礼だとは思ったのですが、私は我慢できずにそう言ってしまいました。
「エビナちゃんは足が速くて、お絵描きも工作も上手で、だからいつもリーダーだったじゃないですか。みんなエビナちゃんの言うこと、聞いてましたよね?」
エビナ母子はきょとんとした顔をしました。
「ケイキちゃん、なにか勘違いしてない? 幼稚園の頃のエビナは体が小さいし、気も弱くて。よくいじめられていたでしょ?」
「えっ」
「泣きながら『マヤトちゃんがこわい、いじめられる』って、幼稚園行くの嫌がってね。雨の日は特にぐずったなあ。わんわん泣くエビナを、ほとんど引きずって連れてったよね。よその子やお母さんに見られるのが、恥ずかしかった。覚えてない?」
「覚えて……ます……」


白いレインコートの女の子の手を、傘を差した大人がぐいぐいとひっぱっています。女の子はやだやだと首を振り、足をふみならします。勢いの良い雨が白くけぶってあたりは妙にあかるく、その中で揺れるレインコートが白くて大きなあぶくみたいに見えたのを、私は唐突に思い出しました。
「かわいそうだね」
誰かが小声で囁きました。
「しょうがないよ」
他の誰かがもっと小さな声で囁き返しました。
それから彼女たちはちらりと横を見ると、さっと口をつぐみました。ぼーっと雨を見ていた私も慌てて口を閉じ、視線を床に落としました。
おゆうぎ室に、ゆうゆうとエビナちゃんが入ってきました。
(あれ……?)
窓の外、レインコートの女の子が、ようやく昇降口に辿り着きました。
「それじゃあよろしくお願いします」
そう言ってお母さんが背を向け、歩き始めた途端、女の子は火がついたように泣き叫びまます。
「いやだああああ」
「たすけてえええ、おかあさん、たすけてえええ」
「いやなのおお、いやなのお」
「こわいのおおお、おかあさん、こわいのよ、こわいのにい」
先生が女の子のレインコートに手を伸ばし、するりとフードが落ちました。
(こっちの顔も、エビナちゃんだ……)


私は自分の記憶を、丹念に確認しました。
確かにエビナちゃんママの言う通りです。雨が降るたびわんわんと泣き叫び、引きずられてきていたのは、エビナちゃんです。彼女の白いレインコートと赤い長靴を、私はしっかりと思いだすことが出来ました。
(だけどおゆうぎ室にもエビナちゃんいたぞ……)
みんながエビナちゃんの周りに駆け寄って、だけど私は自分もその中にまざっていいかわからなくておろおろして、それを見たエビナちゃんが唇のはしをきゅーっとつり上げて笑って。
先生にレインコートを脱がしてもらったエビナちゃんが、しゃくりあげながらおゆうぎ室に入ってきます。
(あ、ちがう)
私はそこでエビナちゃんが笑ったのは、私を見たからではないことに気付きました。
怯えきって泣くエビナちゃんの様子が面白かったから、あの子は笑ったのです。


「もしかして、私のこと仲間外れにしてたのもマヤトちゃん?」
「そうそう。なんだ、覚えてるんじゃない。マヤトちゃん、怖かったよねえ」
「いや、覚えてはいないんだけど……」
ここまでくれば、事態は明白です。
私がエビナちゃんだと思い込んでいたリーダー格の女の子は、実はマヤトちゃんだったのです。
どの場面を思い返してもやっぱり、輪の真ん中に立つリーダーはエビナちゃんの顔をしていて、写真の中の知らない女の子とは、全く結びつきません。
やられたことや言われたことは思い出せるのに、当人の顔と名前が思い出せないなんて。
「マヤトちゃん、途中でお引っ越ししちゃったものね。忘れてもおかしくないんじゃない? ケイキちゃんがマヤトちゃんと一緒だったのって、数ヶ月だけでしょう」
「あ、そっか。家が近いから、あたしは幼稚園に入る前からマヤトちゃんと遊んだりしてたもんなあ。だから覚えてるのか。そうだよねー、幼稚園のことなんて、忘れちゃうよね。ずっと昔だもん」
「いや、昔だから忘れちゃったわけではないような……」
幼稚園に入ってからの数ヵ月は、私の平凡な人生の中でもちょっとした暗黒時代で、毎日とても緊張していて、だから昔のことでも些細なことでも、本当にはっきりと覚えているんです。
初めて会ったとき、エビナちゃんママがグレーの細い毛糸で編んだセーターを着てたことだって、覚えてるんです。
エビナちゃんの赤い長靴にピンクのいちごの絵がついていたことも、思い出せるんです。
マヤトちゃんのこと以外は、ぜんぶ。


帰宅してから私は、どうして自分がマヤトちゃんのことを忘れてしまったのか、中学生なりに考えてみました。
わずか数ヵ月でいなくなったから忘れたというのは、ありそうなことではあります。私の記憶がどれほど克明であるとしても、未発達な幼児の脳を使っていたことに変わりはありません。安定した大人の脳なら到底起こらないような不可思議なことも、幼児の脳なら可能なのかもしれません。
「マヤトちゃんをエビナちゃんだと勘違いした理由も気になるけど」
マヤトちゃんがいなくなった後、リーダーになったのがエビナちゃんだったからだろうと、私は推測しました。
園児だった頃の私は、自覚以上にいろいろ拙くて、物事をわきまえられなかったのでしょう。人を役割でとらえ、個体差をしっかり認識できなかったのかもしれません。
ゆえに私はリーダーの交代劇を一人の人物の変遷と誤認し、そのまま記憶が定着した。
「だとしたら私、バカすぎる気もするけど……」
バカな子供だったからこそ、そういうことが起きたのかもしれません。


「ちょっとショック……」
私にとって幼稚園暗黒時代の記憶は、実は悪いものではなかったのです。つらいことかなしいことはたくさんあったけれども、エビナちゃんに認めてもらえたのは嬉しくて、それも大人に強制されたのではなくて、自分で考えてやったことで道が開けたというのは、思い出す度誇らしい気持ちになれるのでした。
だから「成功体験」という言葉から私が真っ先に思い出すのは、クレヨンの日のことなのです。この気持ちが今後も自分を支えてくれるだろうと、人生で最初に感じたのは、あの日だったのですから。
信じれば願いがかなうなんて、あまりにも甘っちょろいセリフですけれども、だけどあの時私が感じたのは、まさにそういう気持ちでした。
「あの気持ちはなんだったんだ……世はすべてこともなしっていう、すごく平和で満ち足りた気持ちになったっていうのに……あれがきっかけで本が好きになったのに」
私は寂しくなってしまいました。


「いやーどうかなそれ、別の可能性あるんじゃないかな」
私の話をきいた妹のサイキ(仮名)が、そんなことを言い出しました。
「どゆこと?」
「たぶんお姉ちゃん、そのマヤトちゃんとやらが、だいっきらいだったんだよね」
「まあそうかも。好きではなかったよねきっと」
「だからさ、消しちゃったんじゃないの?」
「なにそれゴルゴ? 無茶言うなよ」
「いやそういう物理的なことじゃなくてさ。存在を認めたくなくて、覚えようともしなかったんじゃないの。だから記憶からも消えちゃった」
「えー。忘れたってのはわかるけど、覚えようともしなかったてのは何さ」
「だってさ、わたしも子供だったから覚えてないだけかもしれないけど、お姉ちゃんがマヤトちゃんて子の話をしてるの、聞いたことないよ」
「……え?」
「写真だってないじゃん。エビナちゃんの家にはあったんでしょ写真。なのにうちのアルバムには、その子の写真、一枚もない。入園式の写真とか、写っていてもよさそうなのに」
「そういえば、ないね。あれ、どうしてだろ。なんでないんだろ?」
「だから、お姉ちゃんが消したんだよ。だいきらいなマヤトちゃんの写真は、こっそりアルバムからはがして、捨てちゃったの。そんでマヤトちゃんの話は、家族の前では絶対にしなかったの。幼稚園で無視されてたんでしょお姉ちゃん? 無視って存在の否定だよね。だからお姉ちゃんは自分なりにやり返そうとして、マヤトちゃんの存在を徹底的に否定したわけ」
ぞくっとしました。
「これ、簡単に確かめられるよ。お母さーん」
妹がふすまを開けて、母を呼びました。
「マヤトちゃんて覚えてる? お姉ちゃんの同学年で、幼稚園の時いた子?」
母の答えは、否でした。その後妹は父にも同じ質問をしましたが、やはり答えは否。
二人ともそんな子供のことは覚えていないし、私がその子の話をしたこともなかった気がすると、言ったのです。
「昔のことだからはっきりは覚えてないけど」
母が首をかしげました。
「エビナちゃんの話ならしてたけどねえ。エビナちゃんは足が速い、エビナちゃんはお絵描きがじょうずって、毎日言ってたのは覚えてるわねえ」


ぐらっと、足元が揺れたような気がしました。
確かに私も覚えているのです。自分が毎日エビナちゃんの話をしていたことを。
けれどそれは記憶違いなのだと思っていました。自分はマヤトちゃんとエビナちゃんを、ごっちゃにしてしまっていたのだと。
ですが母の言葉が正しいとすれば、私はまだマヤトちゃんが引っ越す前からずっと、彼女の存在を無視して、あてつけるように他の子供の話をしていたことになります。
「おまじないみたいだね」
妹が言いました。
「エビナちゃんの話をいっぱいして、マヤトちゃんのことを塗りつぶそうとしたんだね。そうやって、毎日まいにち、マヤトちゃんを消そうとして、そしたらその相手が本当に引っ越して、いなくなっちゃった。ただの偶然だけどさ、おまじないで願いがかなったみたいだよねまるで」
「おまじないっていうか、呪いじゃんそれ。消えるとか」
「そんなの、漢字で書けばどっちも同じだし」
「幼稚園児が呪うとか。なんかやだなあ」
「えー関係ないよ。子供の心が清らかとか、嘘じゃん。現にマヤトちゃんだって意地悪だったわけでー。よかったねお姉ちゃん。たった数ヶ月で引っ越してくれるなんて、おまじない大成功じゃん」


成功。
その言葉から私が思い出すのは、クレヨンの日のこと。
お絵描きに誘われたときの晴々とした、もう大丈夫なんだという気持ち。
ああよかった、がんばった甲斐があった、信じれば願いはかなうのかもしれないという、すがすがしいあの気持ち。
一体私は何を願って、かなえられたと思ったのでしょう?


私は今でも、本が好きです。
おまじないは、あまり好きではありません。馬鹿げているとか、信じられないとか、そういう理由で好まないのではなく。
「願い事をするときは心せよ。叶えられてしまうやもしれぬ」
何かの本で読んだフレーズが、頭の中でちらついてしまうからです。

打ち合わせ中の睡魔対策

皆様にお伺いしたいのですが、打ち合わせの最中に睡魔に襲われた時など、どのような対策をとっているのですか?
緊張感が足りないという批判に対してはまったくそのとおりですねと同意しますし、そうです私がダメ人間ですと付け加えたいくらいなのですが、体調とか風邪とかなんかいろいろ重なって耐えられない眠気が生じるときってあると思うんですよ人によっては。
私は対策として大量にメモをとることにしていまして、手を動かすってやはり効く気がします。これやると真面目そうに見えるんじゃないかなという期待もあったりします。
先日、ある打ち合わせが終わった後、
「いつも思うんですけどシロイさんてすごいメモとってますよね。ちょっとわからなかったところがあるんで、あとで見せてもらってもいいですか?」
と無邪気に尋ねられました。


私のメモは基本的には打ち合わせの内容を細かく書いたものです。とにかくずらずらと話されたことを書きまくる方式です。これだけだとすごく無害ぽいんですが、ただ私、必要なメモを全部とっても眠気が去らないときはとりあえずどんな内容でもいいから余白に何かを書くことに決めているんです。それが一番眠くならないことに気付いたので。
だから仕方ないんです。どんなに酷い内容が余白に書かれているとしても、余白メモのほうが本文メモより多いとしても、それは私が仕事をこなすために必要だから書いたメモなんです。わかってほしい。わかってもらえますよね?。
でもこのメモを他人に見せたら、いくらそういうやむにやまれぬ理由があっても、私の社会人としての立場が、マジでうしなわれてしまう気がするんですよね。気のせいかな?
というわけでもう一度自分の残したメモを読み返してみました。

○月×日の打ち合わせメモ

Sさん。
デザイナ!ヒゲメガネ。自由ぽさ。

Hさん。
自由ヘア。オサレ。メガネなし。デザイナー。


Uさん
30代ボサナチュヘア
まゆ太赤黒
結婚指輪とみせてあの指輪には毒針が(願望)


Tさん
若いメガネない。飛石連休の藤井ににてる。

初めて顔合わせをする人が4人いたので、彼らの顔と名前を覚えるため印象などを書いたメモです。
私がこのとき使った「自由」は「堅気っぽくないけどやくざぽくもない」くらいの意味だと思ってください。カタカナ商売とか文化人とか、そういうかんじの雰囲気をさして「自由」と言っています。たぶん。



顔を覚えるため書いたメモ続き。

デザイナ2人は「デザイナ!」感あるつーか、オサレ感あるよね。「オシャレなぼくであることも仕事です」(キリッ)
HさんよりSさんに好感。
Hさんのオサレ感は強い。きっと非オサレへの見下しも強いだろう(偏見)。
Sさんはいい人そう。いわばホワイトオサレ。見下しはするけどわずかなレベルとみた。
「さあ出かけよう、オシャレども殺りにさ」Hさんはためらなく殺るが、Sさんは三秒ためらってから殺る。そのくらい差あり。
にしても2人ともヒゲ。ヒゲ=オサレですか?
屈強な男性のいない会社なのだなあ。うちにもいないけど。まあホワイトカラーなのにどの会社いけば屈強な男が揃うんだよつー話か。にしたってみんなインドア色白ヒューマンじゃないの。WWEなら瞬殺よ? まあホワイトカラーでどの会社いけばWWEで瞬殺されない人材がいるんだよつー話か。でもシェイマスはITやってた。だからきっと日本のどこかに。色白インドア屈強マンが。いなくてもいいや。
あっでもUさんは屈強そうだよね今気づいた。日焼けしてねえ? 休日にはフットサルか? 草野球か? カラリパヤットか?

Tさんはお笑い芸人で似ている人を見つけた安心感から顔を忘れずに済むと安心した模様。他の三人の印象だけをまとめています。Hさんに対する敵愾心の強さは我ながら謎です。



睡魔に襲われ始めたあたりから、余白の書き込みが増えていきます。

眠い。眠いから帰りたい。家に帰りたい。ブンブンブン。文文。
井の中のカエルfrog ビーリビリうなぎ
極限までくずし字。極限までくずし字。極

この後しばらく解読不能なぐにゃぐにゃが続きます。どうやら同じフレーズを字をくずしながら繰り返し書いてるようです。

潮騒のメモリーモリー火を飛び越えてやけどしたら眠けさめるかな
ヤバイヤバイ超ヤバイ。みんなこんな時どうしてんの。なるべくそっと外に出るとか。みんなの眠さ対策を知りたい(切実)。つーかさ、どうしてみんなそんなもっともらしい顔できるの。
PCていいな。ぜったいみんなPCで眠気たいさくしてる。

相手方が全員ノートPC持参だったのを羨ましく思った様子です。

ティッシュ持ち歩きたい。
頭イタイ。冷房か? さいしょは暑かったけどだんだん冷風が
クールビズの社会。みなノージャケット。だが4人中ノーネクタイは2人のみ。デザイナはそりゃネクタイとかファックだよね。カジュアルにドレストダウンしてサラリマン社会に反骨心アピールだよね。Hさんはたてストライプボタンダウンシャツで自由オサレ感を強調だ! でも裸ネクタイのほうがノーネクタイよりずっと反骨心アピールできると思うんだ。吉良、フーゴ、恥知らないパープルヘイズらない。

またしてもHさんに対してほのかな敵愾心が垣間見えます。何も悪いことしてないのに。気の毒な。
この頃になると眠気がピーク。メモをとっていても眠いとき私は、打ち合わせの場所に自分と同じように眠気と戦っている仲間がいないか探して安心感を得ようとする習性があります。

SさんとUさんは眠いと見たが、飛石連休藤井もといTさんはさっきねかけてたはず。がくんとなったのをオイラみた安心した。なんだよオイラって。その一人称はゆるせねえ。
Tさんがログイン名とpwを失念するプレイを繰り出してオモロー。オモローて古いな。あ入れた。はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた。
Hさんが帰った。次の打ち合わせにいくとか。多忙やね。慌ただしい日々の中、心うしなうな!←余計なお世話。
眠気対策にむちゅうになりすぎで余白が足りないかも。ヤバイ。牛乳アイスくいてー。

余白の書き込みが途切れました。反省して、普通のメモのみをとることに集中している様子がうかがえます。

またねむくなてきた。ヤバイ。まじめにすると眠くなる。今ねむい。耳かゆい。

わりとすばやく力尽きたようです。まじめにすると眠くなるって、社会人としてジエンド感が半端ないよ自分……

Uさんも帰ったー! まさに最も屈強そうな人が。どうするんだテロリストに襲われたら。コックに襲われたら。コックとテロリストが戦いあえばいい。ぼくらはみな戦士じゃないからね。色白スキンが語るインドア派ぶり。
今ふと思った。はてなーってインドア派多数なイメージ。この部屋の中にはてなーいないよね?

以前知人と話していたら「彼氏がブログやってて」と言いだし、よくよくきいたらはてなの某有名ブログだったことがあっったんですが、適当にごまかしながら、
はてなってよくしらないなー。しいていえばホワイトケーキとかいうブログを一回読んだかなあ」
と言ってみたら、
「あ、彼氏もそのブログ読んでた」
とか言われてなんかもうすごい真夏のホラー感あったんですよね。そんなことを不意に思い出したんですよこの時。


アブネー。アブネー。はてなーはどこにいる? まずいない? それは油断?
バレるな隠せ。おれはハテナなんてしらねーと言え。ひらがなじゃなくあえてカタカナ使うと知らないぽい。増田? 誰それ明美? ブログなんて持ってねえ。書いたことなんてないよ当然。むしろ書くって何? おれとおまえと大五郎はハテナなんて知らねえ。くりかえせ。人力検索だのハイクだのうごメモだの、すべてきいたこともない。マブで。

必死に自らに言い聞かせた痕跡が残っています。けっこう怯えていたわりに、もしもこのメモぎっしりなノートを落として拾われて読まれたらどうしようとか、そういう観点は抜落ちています。

くしゃみ超でるヤバい。鼻水も出る。ヤバイヤバイ。打ち合わせ中に鼻水がずるずるしてティッシュを持参してない人間は普通どうするものなの教えて、ハウツー本書いてよ誰か。たすけ

このあたりで急にくしゃみが連発し、いろいろ辛いのでトイレに行きました。

クシャミはエアコンのせいで出たのかな。トイペマン!私を救え。救え。頼むよ。救国の英雄よ。
トイペマンマジ最強。マジすげえ。マジ人を救う。優しい英雄。水にとけるトイペマンのはかなさがヤバイ。日本人ならみなむちゅうになるやばさ。
トイレ? 人類みなトイレ。あれはちょうやすらぎのば。みんなかみしめろ、清潔なトイレの価値を。

よっぽどトイレで鼻をかめたのが嬉しかったんでしょう。はてなーへの恐怖も忘れて、ひたすらトイレをたたえています。

極限までくずし字。極限までくずし字。極限(以下、解読不能なぐにゃぐにゃ)

くずし字ブーム再来。
その後打ち合わせ終了までは、通常のメモをとりつつ、眠気が酷くなるとくずし字を繰り返すことで乗り切ったようです。


読後の結論

これひとに見せて理解求めるとか絶対ムリじゃん……むしろトップシークレットじゃんコレ……ノートをどこかに封印しないと安心安全ライフから遠すぎる。
というわけで現在、余白へのフリーメモ以外の打ち合わせ中の睡魔対策を募集しております。みなさまきらめくアイディアがございましたら、お教えくださるとありがたいです。

スラダン、おお振り、山賊ダイアリーの枝葉末節な深読み

セキゼキさん(仮名)と漫画の話とかをすると、
「同じ作品のはずなのに、そんなこと考えてたんか!?」
とびっくりすることが多いんですが、今日はその中でも特に印象に残った有名マンガの3つの感想を紹介します。

SLAM DUNK』彩子さんの思い人

「時々振り返って思うんだけど、スラムダンクリョータって、彩子さんとうまくいったのかねえ」
という私の台詞に、セキゼキさんが
「どうだろ。彩子さんは赤木キャプテンに惚れてるからな」
と返してきたからびっくりしましたよね。
「えええ、なにそれ、そんな話あったっけ?」
「うーん、直接的にはなかったから違うかもしれないけど、おれはそう思ってんだよね」


「彩子さんて見た目はけっこう派手だし、最初はギャルっぽい印象なんだけど、話が進むにつれて、外見とは裏腹にしっかり者で聡明であることが明らかになってくじゃない」
「そうだね、勉強会の話でもゴリ、木暮と並んで優等生側だったね」
「言葉遣いにも難がないし、浮ついたところがなくて、堅実なんだよ彩子さん。ルックスを重要視するキャラである『流川親衛隊』なんかとは明らかに違うタイプの女性として描写されてるよね。晴子は親衛隊と彩子さんの中間的なキャラかな」
「そういや、作中いちばんの美形として設定されている流川に対する態度が、彩子さんおそろしくフラットだもんな」
「そんで、その堅実で聡明な彩子さんが作中で一番明確に敬意を示している男って、実は赤木じゃない? でまあ、言うまでもなく尊敬する先輩なんてのは、好きな人になりやすいよね」
「確かに全く尊敬できない相手を好きになる女性って、あんまりいないかも。敬意とか感心とかそういうところから始まることが多い気はする」
「尊敬という観点から見ると、あのチームの中でゴリの男のとしての完成度はずば抜けている。他のメンバーのほうがわかりやすくルックスはよかったりするけど、さっきも言ったように彩子さんはあまりルックスを重要視しない」
「まあねえ。確かに人間のタイプとしては彩子さんがゴリに惚れる可能性はあるかもねえ。でも作中に彼女がゴリを好いていることを示唆するシーンがないんだから、やっぱこの説の根拠は薄いよなあ」
「ゴリが足首怪我して、彩子さんが試合に出るのを止めようとして、『いいからテーピングだ!』と怒鳴られるシーン。おれはあそこが根拠になると思うんだけどな」
「ほう?」
「赤木って、とにかくストイックでバスケに集中したい人間でしょう。下手に恋心を打ち明けたりしたら、『おれの集中を乱すな』と怒りだしそう。そうすると、自分の気持ちを隠し通して、マネージャーとしてサポートに徹することが、彩子さんにとっての最上の愛情表現になるわけだよ」
「あ、ちょっと納得。ゴリって硬派っぽいもんなあ」
「ところがあのシーンで初めて、彩子さんのその姿勢が崩れる。具体的には言葉遣いだね、『ムチャよ!だって立てもしないのに!』とタメ口になっちゃう。
あれはひたすら好きな男の身を案じる気持ちだよね。マネージャとしてではなく、恋する女としての気持ちが勝ってしまったからこそ、あそこで彩子さんの言葉遣いは変わったんじゃないかなー。あそこってたぶん彩子さんが、作中で一番冷静さを失ってるシーンなんだよ」
「言われてみればあのシーンの彩子さん、感情むき出しだよね……
最終話直前に桜木が背中を怪我したときより、ずっと動揺してるもんなあ。桜木の怪我のときは、『選手生命に関わるかもしれない』って警告はするし、すごく心配もしてくれるけど、ゴリの怪我のときよりは冷静だ。そっか、惚れた男が相手だからこそ、あんなにも必死に止めようとしたって見方は、確かにあるわ……」
「そんで、赤木もバカじゃないからさ、たぶんそこに気づいてんだよね。だからこそ怒鳴るわけだ。『そういうのを持ち込むな』という拒絶の意志がこもっているからこそ、いっそうきつい言い方になる。
彩子さんがびくっとするのはもちろん赤木みたいな男に怒鳴られたら怖いから当たり前なんだけど、それだけじゃないと思う。
恋愛感情に対してノーを突きつけられたことを感じて、だからこそ諦めるんだよね。拒絶されずにゴリのそばにいるには、マネージャとしての役割に徹するしかないんだ、という事実を再確認したからこその、虚脱したような従順さ」
「な、なんかすごいな、全然そんなの考えたことなかった私」


と一度はとても感心した私だったのですが、一週間後くらいに、
「そういえばさー、彩子さんがゴリに惚れてる説だと、彩子さんが晴子と仲がいいってのも意味深だよねー」
と言ったら、
「何それ」
と返ってきたから、マジでほんと心底びっくりしましたよね。
「えっ、だって彩子さんが好きな人はゴリだって、セキゼキさんこの間すげー熱弁してたじゃん」
「全然覚えてない。おれほんとにそんなこと言った?」
「言ったよ!」
「だって彩子さんてリョータの手のひらに『No.1ガード』って書いてるし、山王戦の前夜に二人で散歩行ったりしてるし、素直に考えれば赤木に惚れてる説はないでしょ。おれそんなこと言うはずないと思うけどなア。誰か他の人と話したんじゃない?」
「いやいやいやいや、絶対にあなたですよ熱弁してましたよ、連載終了から15年以上経過したマンガの話を今更他の誰と話すっていうんすか、ていうかマジですかなんですか記憶喪失ですか、どうして忘れるですか」
「記憶にないなあ。夢でも見たんじゃない」
とか言われてパラレルワールドに迷い込んでしまったかのような思いを味わわされたんですが、確かにセキゼキさんは「彩子さんが好きな男はゴリ」説を唱えていたんです本当です信じてください。



おおきく振りかぶって西広の余裕

「おれつくづく思うんだけど、西広って絶対童貞じゃないよね。西浦野球部の中で、やつだけが非童貞」
「えええええ、なにそれ、西広モテキャラとかいう描写あったっけ?」
「ない」
「やっぱないよね……なのになんなのその確信アンド断言」
「いやーだって西広の余裕はすごいもの! 野球部全員経験者の中でさ、西広だけ未経験者なんだよ? その状況で入部するのがまずすごいよね」
「野球部の練習のきつさは、たいていどこの学校でも折り紙つきだもんなあ。運動神経は元々いいらしいけど、だからって未経験だと敷居高いよなあ」
「そんで西広は基本、試合に出れないじゃない。阿部が怪我したら出れたけど、治ったららまた出番なしだしさ」
「そうねえ」
「だけどやつは腐らないじゃない」
「それは未経験者だから、出れなくて当然と思ってんでしょ」
「それは違うよー、確かにベンチに入りきれないくらい部員がいる学校なら、出れない子たちもアキラメつくんだろうけど、あんな小さい規模のチームで、しかも部員全員が一年だったら、やっぱり多少の欲はでるよ。次の試合はクソレフト水谷あたりを引っ込めておれを出してよ、とか思うのが自然だ」
「それもそうか。出たいという気持ちもないのに野球部入るやつがいたら、そっちのほうが不自然だね」
「でしょ? そう考えると西広のメンタルって、かなり強いんだよ」
「えらいなあ西広。ずいぶん人間ができてるね」
「違うよ、何言ってんの、高校一年生、ティーンエイジャーの人間性なんて、いかに練れててもたかが知れてるよ。キャプテンとかそういう、立場で人間が作られる経験したならまだわかるけど、西広はそうじゃないし」
「なんか家庭の事情で苦労したのかも」
「それじゃ栄口とキャラかぶるだろ! そうじゃなくて、ここで話を最初に戻すわけだよ。西広は童貞じゃないっていう話に!」
「ええええ、やっぱり全然納得できない。非童貞は人間性が高まるとでもいうんですか」
「いや、そうじゃなくて。なんか西広って、何かと余裕を感じさせる男なんだよね。
『テストのためにあえて勉強はしない』とかいうのがその最たるものでさ。あの落ち着きっぷりがあるからこそ、野球未経験とか、試合に出れないとかそういう問題を、西広は一歩引いたところから眺めて、平常心を保てるわけだ。武蔵野の加具山は、ちょっと西広を見習うべき。
そんで、十代の少年にそういう精神的な余裕をもたらすものって何かなって考えた時、『ああそうか、西広は童貞じゃないんだ』と思うにいたったわけ」
「えー。そんなことでそこまで変わりますか精神状態」
「二十代、三十代だったら正直変わらない。
『おれは三十五歳、職場ではダントツに仕事できない。だけど大丈夫、おれは非童貞だからヨユー』とか思えるやついないから。
だが人生の中でもティーンエイジャーというあの一時期に限って言えば、一足先に童貞じゃなくなったやつってのは、すげえ尊敬されたりするわけだよ」
「ああなるほど、あの時代の少年だからこそ、そういう要素が余裕を生むと」
「そうそう。あとはまあ、西広どうやら洋物AVいけるらしいじゃない。あれも童貞っぽくないよね」
「泉が『西広もスゲー』って思うとこか……いや、実は何がすごいのかよくわかんないんだけどその感覚。洋物いけると非童貞とかいう基準も謎すぎる」
「これは個人差が大きいところではあるけれども、要するに少年たちにとって性は未知の領域じゃないか。未知ゆえに憧れやわくわくはあるけど、怖さもあるわけだよ」
「それはそうでしょうねえ」
「そして外国人というのも未知の存在じゃないか」
「まー、そうかも」
「たとえば新しい学校に通い始めるとわくわくしたりするし、外国に行くのも楽しい経験だろうけど、外国で新しい学校に通えって言われたら、なんか大変そうで楽しめる気分じゃなくなったりしない? 未知に未知が重なると、余裕が消えて楽しむどころじゃなくなったりするんだよ人は。日本在住の童貞少年たちにとって未知と未知が重なった存在、それが洋物AVなんだよ! わかるか?」
「外国の学校を使った例えのほうは、すげーわかった。洋物AVについては、わかったようなわからないような気持ちになった」
「彼にとって洋物AVは未知に未知を重ねた存在じゃないのかもしれない。そう思わせる西広は、ここでもおのずと余裕をにじませるわけだよ」
「その理屈だと、栄口はどうなるのさ?」
「栄口は有能だし性格もいいし、人付き合いもかなりこなせる。モテ要素はあるよな。
とはいえ、母親のいない家庭で幼いきょうだいの面倒を見ながら野球に打ち込む彼に、男女交際にうつつを抜かす余裕があるかどうか。それにおれは、栄口が人生で最大にモテるのは今からおよそ十年後、二十代半ばになってからと踏んでるからな」
「長くなりそうだから栄口についてはいいや。話を西広に戻すと、セキゼキさんが言いたいことは大体わかった。最初は根拠なしの妄想話としか思わなかったけど、聞いてみるとそれなりに筋は通ってて、面白いな。
確かになんか西広って、周りの誰も知らないうちにしれっと彼女作ってそうな雰囲気があるかもね」
「そんで西広の彼女は他校にいるね。同じ学校だったら、とっくにみんな知ってるだろうから」
「ああ、なるほど。それはそうかも」
「あと、その彼女は頭いいね!」
「ちょっ、さすがにそれは根拠ないだろう、登場すらしてないんだぞ」
「あるよ根拠。体育会系の部活と学業を両立させるのは難しいのに、西広の成績がいいのは、彼女も優秀な子だからじゃないかと、おれは睨んでる」
「あー、そういうことか。図書館で一緒に勉強したり、お互いの家で勉強会したりとか、そういう関係なんだねきっと。だから西広も成績がキープできるんだ。
うわ、そう考えると『わざわざテストのための勉強しない』ってのが更に繋がるぞ。他校の彼女と一緒に勉強してるなら、定期考査よりも模擬試験とか、そっちに重点を置くだろうからね。おお、すごいな、けっこうきれいに辻褄があった」
「ふふふ、そういうことなのだよ。他校にかわいくて賢い彼女がいたからこそ、西広はあれほど余裕があって、かつ成績優秀なんだよ」
「かわいい? さすがにルックスを推測するのは無理じゃない?」
「いや、西広の彼女はかわいいね。髪はセミロング、携帯電話の色は白、デートの時にはよくクレープを食べてて、本を読むのが好きで、脚のきれいな子だね!」
「おいちょっとまて、今まで一応根拠を示しながら話をすすめてきたのに、いきなり根拠レスになったよね? 妄想ぎりぎりの仮説が、ただの妄想に切り替わったんだが?」



山賊ダイアリー』野蛮という言葉に込められた気持ち

山賊ダイアリー面白いねー、実際に生き物殺すのは、大変だろうけどさ。だからって『生き物殺すなんて野蛮』てのは言っちゃいけないよなあ」
「そう? おれ彼女の気持ちわかるけどなあ」
「セキゼキさんも殺生は野蛮て思うのか」
「いやー殺生には抵抗あるけど、そういうんじゃなくて。つまりさ、このシーンで岡本くんと一緒に夜景の見えるレストランにいる女性は、誰だと思う?」
「誰って……彼女とかじゃない?」
「だよね。たぶん二人は付き合ってるよね。交際開始直前の、親密度上げの最中かもしれないけど。少なくともただの友達とか、職場の同僚とかではなさそうだよね」
「まーねー。友達とか同僚なら、野蛮て言われたことで喧嘩になったりはしないだろうしなー」
「マンガだと、どういう流れで岡本くんが猟師になりたいと言ったかかかれてないけど、おれはたぶん、彼女の側がそれとなく将来についての展望とかを訊いたんじゃないかと思ってる」
「あ、それはそうだろうね。これからどうするのって訊かれて、それに答えたかんじぽかったし」
「でさ。たとえば高校生のカップルだったら、恋人がなんて答えても別に平気なわけ。海賊王だろうが新世界の神だろうが好きに目指せばいい」
「その二つを目指されるのは困るんだけど、言いたいことはワカル。十代で付き合っている子の本音って『この人好きだけど、いつまで一緒にいるかわからない』だろうからなー。相手の将来が自分と関係している感覚もうすいだろうし、あんまり気にしないだろうね」
「『山賊ダイアリー』の一巻冒頭時点で岡本くんは二十代半ばから後半くらいの年齢だよね雰囲気的に。彼女もそれほど違わないくらいの歳だろう」
「そうね」
「そのくらいの年代のカップルって、結婚とか将来とか考え始める頃じゃない? 特に女性は」
「そうだね。出産のことを考えると、二十代のうちに結婚した方がいいかなとか、頭をかすめ始めるよね。今付き合っている人と結婚するか、それともしないのかって、かなり重要な問題になってくるわ」
「だからこの彼女の立場で考えてみると、彼氏の心のうちが、すごく気になり始める時期だと思うんだ。『結婚とか一生しない』とか、『いつかは結婚するかもしれないけど、相手はお前じゃない』とか、そういう考えの男が彼氏だったら、つきあい自体を考え直した方がいいかもしれないし」
「それは……そうだねー。そういう人が相手だと辛いねー」
「夜景が見えるレストランって、たぶんけっこういい店だよね。どうでもいい相手と行く店ではないっぽい。そういうところに連れていかれて、彼女は嬉しかっただろうな。この人はちゃんと私のことを考えてくれてる、もしかして私はこの人と結婚するんじゃないかしら、とか思っても不思議じゃない」
「ほうほう」
「だから彼女は、岡本くんに将来の展望を訊いてみたんだろう。そしたら『田舎に帰って猟師になりたい』という答えが返ってきた。シロイならどうよそれ?」
「うわー、初めて気が付いたけど、それけっこうショーゲキかも! だって彼女のほうだって、たぶん働いているわけでしょ。その仕事やめて田舎に来いってことになるよね? それは大変だ!」
「それならまだいいよー。彼女に犠牲を強いる形ではあるけれど、おれと一緒に生きてくださいってことだから、一種のプロポーズになるでしょ。だけどこのシーンの岡本くんが、そういう意味で『猟師になりたい』って言ってるように見える?」
「……見えない。彼女とは無関係に、やりたいことを言ってるだけに見える」
「そうだよねー。だからどっちかっていうと、『おれは田舎で猟師やるし、お前は都会で会社員してれば』ってかんじだよね。『お前とおれの人生は無関係だ』って言ってもいいかな」
「それってさっき言ってた『いつかは結婚するかもしれないけど相手はお前じゃない』っってやつに近いよね。やばい、それきつくないか。相手に対して真剣であればあるほどきついよね」
「だから『猟師やりたい』ってぶっちゃけ、『近いうちに別れようか』ってメッセージとしても機能するわけ。これから一緒にやってくつもりないよって、ことになるから。そんなこと言われたら、彼女がむっとしてもおかしくないでしょ」
「いやいや、でもほら、漫画家は地方でもできる仕事ではあるし、岸部露伴は『もはや東京に住む理由はくだらないステータス以外にないと言えるね』とか言ってるよ? 田舎に帰って猟師兼漫画家やって、それで一緒に暮らすつもりだったかもよ?」
「わかんないけど猟師兼漫画家って、そんなにもうかるの? 『山賊ダイアリー』がヒットした今ならそれも可能だろうけど、この食事の時点で、そんな将来って予想できた?」
「共働きのつもりだったかも」
「猟師として活動できるほど山奥の田舎に引っ込んだら、彼女の側の仕事探しはたいへんだよね。それで共働き?」
「それはそうか。うーん」
「それに仕事の話で言えばさ、岸部露伴みたいな売れっ子なら別だけど、中堅クラスまでくらいなら、岡山の田舎よりは東京に住んでるほうが、いろいろ有利でしょ」
「まー、編集の人に会いやすいし、売り込みもかけやすいだろうね。まんが道的な作品て、大体主人公は上京してくるものだしなあ。『田舎に帰って猟師』とか言い出した時点で、彼女にしてみれば『仕事どうすんのよ?』って思いそう」
「『あたしと別れて、今の仕事もあやうくして、それでもいいからアンタは狩りがしたいのね? 自分の手で動物を殺すことが、そんなにも大事なの?』とか、そんなふうに感じてもおかしくないと思うんだよねー。少なくともおれならそう思っちゃう」
「いやいやいや、でもさ、この時点の岡本くんは、すぐに田舎にひっこむつもりはなかったんじゃない? 5年後とか20年後のつもりだったかも」
「5年付き合って三十代になってから『おれ猟師になるから』って言いだされる方が彼女には大ダメージだよ。あと将来の展望の話になったときに『猟師』って言ったら、彼女がそれを数十年後の遠い未来の願望と受け取ってくれる可能性は、低いでしょ。長く見積もっても10年以内くらいに実行するつもりのことだと、思うのが自然」
「うー……なるほど。てことは岡本くんは彼女に、恋人や仕事よりも殺生を優先する人間だと思われたかもね。それは人によっては『野蛮』と感じてもおかしくないなあ」
「あとはまあ、『野蛮』てのが彼女の本音じゃない可能性もあると思うけどね。全然野蛮とは思わないけど、その場ではそう言ってみたって可能性も」
「えー、わかんない。なんで思ってもいないことをわざわざ言うわけ」
「岡本くんを、傷つけたかったんじゃない。怒らせて、嫌な気持ちにさせたかったんだよ。現にこの後、喧嘩別れしたって話になってるじゃん」
「傷つけたいって、ナニそれこわい」
「怖くないよありふれた話だよ。
岡本くんの願望は、彼女という人間に対して、とても無関心なんだよ。彼女は田舎に行きたくないかもとか、田舎にいったら彼女と別れなきゃいけないかもとか、考えたらできないことだもの。そういう、自分を排除した上で成立する未来について、彼氏が嬉しそうにうっとりと語る。冷水浴びせられたようなもんだよね。ものすごく傷つくんじゃない?」
「それはまあ、そうだね。きつかったろうね」
「だからこのシーンで、先に傷ついたのは実は彼女なんだよ。傷つけられたと思ったからこそ、彼女はやり返そうとするんだ。
自分の傷の大きさを思い知らせるために相手を傷つけるって、カップルの喧嘩ではよくあるパターンだよね」
「ワカル! ほんとはさー、やり返さないで『今の悲しいよ傷ついたよ』って穏やかに伝えたほうがいいんだよね! だけど本気で傷ついたときって、それができなくて、ついつい相手を傷つけようとしちゃうんだよね、すげーワカル!」
「なんかえらい熱こもってるのはなんなんだ……まあいいや、とにかく。彼女は岡本くんの無邪気な言葉に傷ついた。だからこそ自分も同じように相手を傷つけようとして、岡本くんがむっとするであろう言葉を選んだ。仕事よりも恋人よりも生き物を殺すことを優先するんだから、そう言われたってしょうがないでしょ、という気持ちで。
『野蛮』『山賊』『最悪』『見損なった』って、次々と投げつけるのはだからだろ。
彼女が本当に『最悪』で『見損なった』って思ったのは、動物を殺すことじゃないと思うんだよなあ。
作中で岡本くんが指摘しているように、彼女だって誰かが殺した動物の肉は食べているんだもの。そのことを棚に上げてしゃあしゃあと『野蛮』よばわりする恥知らずと片付けちゃうのは、ちょっとかわいそうな気がするよ」
「な、なるほど、なんかこの考察はリアルで生々しく、ずいぶんと説得力があるな……」
「岡本くんの気持ちもわかるんだけどねー。
『田舎に帰って猟師になる』ってのは、岡本くんにとってはものすごく重大な決断だったんだと思うし。それこそ現在の仕事を危うくして、恋人と別れてでも、やらなきゃいけなかったことなんだろう、彼にとっては。自分が自分であるために必要なことってのは、そういうもんだよね。なにを犠牲にしても、やらなくちゃいけない。
だからこの喧嘩のシーンは、誰が悪いってわけでもないんだよ。彼女も岡本くんも悪くない。悲しいな、とは思うけどね」
「おおおお、今回の考察はいい! 深いかんじする! シメも大人っぽいし。ついてはセキゼキさんにお願いがあってね……」



てなわけで

「セキゼキさんの妄想深読み考察みたいなものをね、まとめてブログに載せてみたいなって思うんだけど、どうでしょう。既に途中までは書いてあるんで、確認してほしいなーって」
10分後。
「赤木と彩子さんの話、おれほんとにした? 全然覚えてないんだけど……まあいいや。いいよ別に」
「マジでいいの? だってこれ読んだ人たぶん『セキゼキってのはずいぶんな妄想野郎だな』とか思うよ」
「どこの誰とわかるわけでもないしなあ。問題ないんじゃない」
「作品の本筋でもなんでもない、枝葉の部分を異常に細かく考察して会話する、痛い二人組だと思われるよ?」
「あのさ」
「うん」
「事実、そうだよねおれたち」
「えっ」
「おれたち二人はどうでもいいマンガの枝葉末節を異常に真剣に話し合うかわいそうな大人だよね実際?」
「えええっ」
「マンガの感想が原因で本気で喧嘩したことあるよね?」
「ある……」
「それが立派な大人のやることだと思う?」
「おもわない……」
「もうどうせダメ大人なんだからいいんだよ別に。むしろ立派と見せかけようとすることが痛ましい話だよ」
「ほんとにそうだ……」


というわけで、妄想深読み考察を今回は3本お届けいたしました。
私たちはどうせ痛ましい大人ですので、今後もまた何かの作品で妄想深読みをするかもしれません。
そのときもまたよろしくお願いいたします。
それでは皆さま、よき妄想ライフを!