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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

違いのわからない女

以前ある用事があって、何人かの友人と連れ立って、一面識もないドミノさん(仮名)という年配の男性のもとをたずねたことがありました。
ドミノさんは資産家の家に生まれ、ご自身も商売で成功したという裕福な方です。多少気難しさを持った方だと伺っておりましたので、私たちは全員緊張しておりました。
客間に通された私たちはぴんと背筋を伸ばし、ドアを見つめてドミノさんがいつ現れるか、ひたすらに待っておりました。


突然、ばたん、とドアが開くと、紅茶の香りがふわりと流れ、数人の女性がいっせいに部屋に入ってきました。
ある女性はティーカップが並んだ銀の盆を持ち、ある女性はケーキを持ち、ある女性はクッキーの入った皿を、ある女性は冷たい水の入ったコップとガラスのピッチャーを持っていたような気がします。
彼女たちは微笑みながらてきぱきと部屋の中を動き回り、気がつくと私たちの前にはケーキと紅茶とお冷の入ったコップが並び、更にテーブルの中央にはクッキーがたっぷりと盛られた皿がありました。
「ドミノさんが来るまで、少々お待ちくださいね」
そう言って彼女たちは微笑みながらするすると部屋から出て行きました。
その後、私たちはドミノさんに無事お会いし、つつがなく用事を終えることが出来ました。


私たちがドミノ邸に滞在している間、女性たちは何度も現れ、私たちの面倒をみてくれました。ケーキをもう一ついかがですか、紅茶のお代わりお注ぎいたしますわね、それともコーヒーのほうがよいのかしら淹れてまいりますわ、おタバコおすいになられる方がいらしたらこちらの灰皿をどうぞ、あら化粧室はこちらですのよ御案内いたしますわ、夕食は何がよろしいかしらお好みのものを御用意いたしますわ、まああ御遠慮なさらないでくださいな。
私たちは夕食の誘いは固辞して、帰路に着きました。


帰り道、友人のひとりがぽつりとつぶやきました。
「なあ、あの女のひとたち、どういう存在なんだ?」
「さあ。秘書とか?」
「秘書ってあんなに大勢必要か……?」
「たくさんいたよなあ。ぼく、結局何人いるかわからなかった。五人くらいはいた?」
「もっといただろう。少なく見積もっても七人はいたんじゃないか。誰か数えていたやついないの?」
「私は途中まで数えたよ。でも途中でわからなくなって……だって、あのひとたち、そっくりなんだもん」


そうなのです。大勢いた女性たちは皆、区別が困難なほどに似ていました。
全員が同じ色合いの栗色の髪を、肩にかかる長さで切り揃えていました。全員がタイトスカートと身体の線にぴったりと沿うシルクのブラウスを着て、とがったかかとの黒いハイヒールを履いていました。全員が身長155cm程度で誤差はあっても2cm以内に見えました。全員が華奢でスマートで、よく似た体型をしていました。全員がくっきりとした目鼻立ちをしており、顎がわずかに尖っていました。全員の化粧が似通っており、みな眉が細く、同じ色のアイラインと口紅と頬紅を使っているように見えました。
彼女たちは外見だけではなく、言葉遣いや仕草、表情まで似ていました。


私はトイレに行くために一度席を立ち、そのときたまたま、彼女たちの会話が耳に入ってきてしまいました。
そして、彼女たちが化粧品と服を始終貸し借りし合っているらしきことを知りました。
あれだけ似ていればサイズも近いだろうし、と納得する一方で、何か背筋がぞくりとするものも感じたのでした。


「あれは明らかに意図的に似せてあったよな。ドミノさんの好みなんだろうな、ああいう女性が」
「そういえば、知り合いで浮気をした男がいてね、愛人の子を見て、ぼく、びっくりしたんだよ。奥さんとそっくりなんだもん、愛人。男のほうが自分の好きな服とか買い与えるから、余計似てくるし。好みのタイプにこだわるやつって、いるもんなんだよな」
「え、つまりあの中の何人かは愛人……なんだろうなあきっと。態度とか見てもそんなだったし。もしかして全員愛人なのかな」
私はその話を聞いて、ちょっと考え込んでしまいました。


つまり。
浮気する人間の言い分としてよくありがちなのは、
「いくら好きでも毎日カレーライスじゃ飽きて、たまにはラーメン食べたくなったりするじゃない? あれと同じだよ〜」
だと思っていたのですね、それまでの私。その言い分が人間と食べ物を一緒にして貴様ナニサマなんじゃとか、人間を人間として尊重できない自己中心的な輩がナニ抜かす、とかまあ思うところはいろいろあるわけですが。
それでも、つまり、相手を人間として認めずモノとして扱っていることを前提とした場合、その言い分はわかる気がしたわけです。
しかし。この場合は。


「私、ひとは浮気をするとき、パートナーと違ったタイプの人間を求めるものだと思っていたよ……おせちに飽きたらカレーもね、みたいに。でもあれはカツ丼の後にカツ丼を食べて、それからまた違う店に入ってカツ丼を食べるみたいなものじゃないか。理解を超える」
私がそう言うと、友人はため息をつきました。
「わかってないなあ〜、シロイ。君だって好きな作家や漫画家がいるだろう。その中にはいつも似た話を書くタイプの人間もいるはずだ。でもだからって、じゃあこのひとの作品は一つ読めば一緒だから、もう新刊買わないってなるか? むしろいつも同じような話を書いてくれるからこそ買い続けている作家が、シロイにもいるはずだ」
「うっ……それは確かに。そうか、そういうことなのか」
「いや、まあ、ほんとにそういうことなのかは、もはやおれたちの理解を超えてくるわけだけどな……でも好みのタイプってものがひとにはあるからな」
そうなのか。
私はわかったようなわからないような気持ちになりました。


もしも。
世の中のハーレムを作りたいという願望をもった人間を100人集め、それぞれに20人の愛人を揃えることを許したならば。
様々なタイプの人間をバラエティ豊かに取り揃えようとする人間と、一つのタイプの人間だけを執拗に集め、更にその人間たちを似せようと努める人間の、どちらが多くなるのでしょうかね?


「うーん、そうだな、20人揃えていいなら、きっと10人くらいは好みのタイプで、残りはバラエティ豊かにして、20人の中でもお気に入りは2、3人、逆に全くお気に召さないのも2、3人てとこに落ち着く人間が一番多いと思うけど。ひたすらいろんなタイプの愛人をそろえるタイプはコレクター気質で、ひたすら一つのタイプの人間集めるのは、かなり業の深い人間さね」
友人の一人がえらく自信ありげにそう断言し、私は彼の見識に恐れ入って、ほう、と感嘆の息をもらしましたが、実際に彼の見解がどこまで正しいのか、真実は闇の中なのでした。


私に確実にわかるのは、ドミノさんがちらりと私の顔を見た後、唇を曲げて鼻で笑い、それから傍らの女性たちのほうに目をやって満足そうな顔をしたという、そのことだけなのでございました。
うん、きっと私、ドミノさんの好みからさぞ遠かったんでしょうね。自覚あります。