八月も後半となりました。
今年の夏のすごし方で、私が悔いを残しているのは以下の三点です。
- すいかを二回しか食べていない。
- 冷や汁を二回しか食べていない。
- ぞっとするホラーにめぐり合っていない。
いずれも好物の摂取量が少ないというお話でして、すいかは明日スーパーで買ってくる予定ですし、冷や汁も今日さっそく作って食べる予定ですので、解決可能なのですが、夏といえばホラーなのに摂取量足りてない問題はそれなりに深刻なのでした。
なぜなら美味いすいかや美味い冷や汁に比べて良質なホラーコンテンツにめぐり合うのは困難だからです。
良質ホラーコンテンツにはリアリティの味付けが効果的と考える私は、そんなわけで知人友人からのホラーコンテンツ掘り出し作業に着手したのでした。
以下にその成果をちょっとだけ掲載いたします。
なお、話者の身元が割れることがなきよう一部の事実に改変を加えてあります。ご了承ください。
その一 Mさんの話
「高校時代、スポーツが得意で、二枚目のAてのがクラスにいてさ。苦労知らずのぼっちゃんてかんじで、ちょっとワガママだったけど、明るいから友達は多かったな。
あるとき、同じクラスのBってやつがね、首を傾げながらAのほうを見ているのに気づいたのよ。おれに見られていることに気づいたBはすぐにAを見るのをやめたんだけど、それからも注意して見ていると、Bはやっぱり、しょっちゅうAの顔を見ているワケ。いつもちょっと怪訝そうな顔でさ。
おれ、なんかそれが気になって。とうとうある日、Bに訊いたんだよ。
『何でオマエ、しょっちゅうAの顔見てるの?』って。
そしたら逆にBがこっちに訊き返して来た。
『オマエはAの顔が気にならないのか?』って。
『はあ?』
『だってAの顔……あれ、なにか病気じゃないのか。なのに誰も何も言わないし、Aも気にしてないみたいだし。気づかないなんてあるわけないから、言ったら失礼だし……こんなカンジになっちゃってるだろ』
そう言ってBは頬を膨らませて、唇をぐいっと捻って、なんだかすごく異様な顔を作って見せた。
おれ、そのBが作った顔が妙に怖くてさ、つい乱暴に言い返したんだよね。
『なんだそれ、Aの真似? ぜんぜん似てねえ』って。
そしたら、Bははっとした顔になった。
『すまん、なんでもない。気づいてないなら悪かった、忘れろ』
そう言ってBは逃げ出すみたいにいなくなった。
それからBが、Aの顔をちらちら見ることはなくなった。あいつはなんとなくAからもおれからも距離を置くようになった。
一度だけ、卒業式の日に、友達とふざけながら校門を出て行くAの後姿を、Bがじっと見ていたことがあった。おれがそのとき久しぶりにBに、もう一度Aの顔のことを聞いてみた。Bは顔をしかめて黙っていたけど、やがてぼそっとこう言った。
『しばらくすればお前にもわかるよ……あれ親のなんだろうな。親が親だから…集まったのがAに出ちゃったんだ。もう、どうしようもないよ』
相変わらずBの言っていることはよくわからなかったけど、おれはそのとき、Aの父親が評判のあまりよくない金貸しだってことを思い出した。
社会人になってから、Aの消息を聞いたよ。
Aは入学してすぐに大学を中退したって話だ。Aは今、ほとんど部屋から出ないで暮らしているらしい。仕事もしてないみたいだけど、親が金持ちだから、問題ないんだろうな。共通の友達が、Aの家に様子を見に行ったんだ。
友達は、Aが高校時代とは別人みたいになっていたから、すごくびっくりしたって言ってた。ちょっと泣きそうな顔をしてたよ。
『信じられないぜ、あのスポーツが得意で二枚目だったAがさ、めちゃめちゃに太ってんだよ。おまけにそのせいなのか、顔も変わってぱんぱんに膨れちゃって、口が変な形になってて、悪い病気なんじゃないかって、すげー心配だよ。だってこんな顔になっちゃってるんだぜ?』
そう言って、友達は頬をぷうっと膨らませて唇をぐいっと下のほうに捻った顔を作った。
うん、あれはBが作って見せたのと、まるっきり同じ顔だった……こんなこと言っちゃいけないんだろうけど、すごく嫌な顔だったよ」