今月、娘は初めての旅行をしました。私の実家に行ったのです。
二日目の夜、セキゼキさん(仮名)が「カミソリがないからコンビニに買いに行きたい」と言いました。
ど田舎ゆえ、実家から最寄りのコンビニまではかなり遠く、車を出す必要があります。その晩は私以外の全員が酒を飲んだ後でしたので、私が運転手になるしかありません。
私たち夫婦は、母と妹に娘を託してコンビニに行きました。
戻ってくると、娘はわんわんと泣いており、その右手にはおもちゃのらっぱが握りしめられていました。
娘は上機嫌に遊んでいたのですが、私たちが出かけてすぐに、ぐずりはじめたのだそうです。
慌てた母が、その場にあったおもちゃを片っ端から与えると、娘は他のおもちゃには見向きもせず、ひたすららっぱを欲しがりました。
涙をぼろぼろとこぼしながら、娘はらっぱを懸命に鳴らし続けたそうで、
「今までこんなに長く、上手にらっぱを鳴らすのは見たことがなかった」
と母は語りました。
娘がなぜらっぱにこだわったのかには、心当たりがあります。
友人に貰った赤ちゃん用のらっぱには「対象月齢8ヶ月以上」と書かれていました。
ですから、生後半年になったばかりの娘がそのらっぱをプップッと吹き始めた時、家族はみんな大喜びして手を叩き、「ノノミちゃん(仮名)はすごいねえ」と大仰に褒め称えたのです。
それからしばらくの間、娘はらっぱを鳴らしては褒められ、得意満面だったのですが、そのうち飽きてしまったようです。最近ではらっぱを与えても取っ手のあたりをべろべろと舐め回す時間のほうが長くなっていました。
両親がいなくなったことに気づいた娘は、知らないおうちで馴染みのない人たちに囲まれて、さぞ不安になったのでしょう。
その状況で不安解消のために赤子なりに考えた結果が、
「両親が今まで一番喜び、褒めてくれたことをしてみる」
だったのかなあ、と思います。
かわいそうなことをしました。
旅行を終えて帰宅後の娘は、家の中の何を見ても大喜びしています。
にこにこしてはしゃいで、こんなに小さな子でも我が家という感覚があるのだなあ、と驚きました。
らっぱを渡してみました。
娘はべろべろと取手のあたりを舐め回し、私が
「ノノミさん、鳴らしてくださいよ」
と何回も頼むとおざなりな様子で吹き口をくわえ、「ピプッ」と音を立てました。
「すごいすごい」
と褒めるとにやにや笑いましたが、
「もう一回」
と頼んでも無視して、ぽいっとらっぱを投げ出しました。
これが正しい、あるべき姿だよなあ、と思いました。
不安で怖くて、それを解消するために親を喜ばせようとするなんて、そんなことしなくていいからね。
ごめんねノノミさん。