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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

名探偵は女王様の夢を観たのか(BBC「シャーロック:ベルグレービアの醜聞」ネタバレ)


ついについに待ち続けたBBC「シャーロック」セカンドシーズンの放映が始まりました。すばらしい。最高ですか最高ですよというかんじで、さっそく昨夜、第一話「ベルグレービアの醜聞」を観たわけですが。


ラストシーンについてちょっと考察したい点が出てきたので、せっかくだからまとめておこうかなーと。
あ、当然ながらネタバレ全開ですので、あの大傑作ドラマ「シャーロック」をまだ観たことがない人はすぐにこのページを閉じてAmazonに飛び、DVDをカートに入れましょう。
話はそれからです。


さて、それではもちろん考察したい点とは「斬首直前のアイリーンをカラチでシャーロックが救ったシーンは、現実にあったことなのかそれともシャーロックの妄想か」ということなわけですけれども。
まあ「それは観た人の解釈に任せますエンド」というかんじなんでしょうけど。
とはいえ、ここはただ自分好みのエンドを選ぶんじゃなくて、劇中の事実をもとに考察を進めることができるんじゃないかと思ったわけです。
あー、あと私の英語力は大したことないので、情報の全ては吹き替え版の台詞に頼っています。


妄想説と現実説だと、ツッコミどころが多いのは現実説のほうです。
「いくらシャーロックとはいえ、同居人のジョンに気付かれずはるかカラチまでこっそり行くのは無理なんじゃ?」
「あの局面でシャーロックがひとり剣を振り回してもバリバリの殺人エリートであるテロリストを何とかできないだろさすがに」
「アイリーンの死を偽装するためには絶対に死体が必要なんだけど、同居人がいないと部屋も借りられないくらいの地位や富から遠い一青年が、そんなもの用意できるのか?」
とかまあ、いろいろと。


じゃあシロイは妄想説でいくのか、というとそれもためらいがあるのですよね。
最大のひっかかりは「あの女、あの女か」と呟きながらにやっと笑うシャーロックの表情が、救えなかった女性の死に思いを馳せて妄想で救いをもたらそうってかんじには見えないってところなんですが。
それ以外にももう一つ、個人的に重要だと思っている部分があるのです。


「携帯をくれ」
「だめだよ、これはもうマイクロフトに返さなきゃいけないものなんだから」
というシャーロックとジョンのやりとり。
ここにはどうも違和感があります。
だって。
なぜマイクロフトは自分に返してもらわなきゃいけない捜査資料や証拠品を、一時的にジョンに託すようなことをしたのでしょう?


シャーロックが資料や証拠品をあらためてじっくり調べたがると思ったから?
ですがシャーロックは興味のない事件には一切の関心を持たない人間なわけで、既に終わったアイリーン・アドラーの案件を今更調べなおしたりするわけがありません。
マイクロフトは当然、そんなことはよーく知っているわけで。
だったらあの場面、マイクロフトは資料も証拠品も持たずに手ぶらでやってきて、ジョンにアイリーンの死を告げるほうが自然なのです。


にも関わらずマイクロフトは資料と証拠品を持ってきて、シャーロックの目に触れさせようとした。
そこには必ず、何らかの意図があったはずなのです。
そして。
実際、シャーロックは証拠品を見て、一つだけアクションを起こし、アイリーンの携帯を、我が物とします。
つまりマイクロフトは、アイリーンの携帯をシャーロックに渡したかったのではないか、と私は思うわけです。


ではなぜ、マイクロフトは携帯を弟に渡したかったのか?
それが弟にとって特別な女性の、形見となる品だから?
別にそう解釈しても不自然ではないのですが、私は敢えてここで、マイクロフトにはそんな感傷よりももっと強い理由があったのではないか、とそう主張したいのです。


アイリーンの斬首直前。
人生最後となるメールをアイリーンが送り、その時劇中何度となく繰り返されたあの特別な着信音が、すぐ近くで鳴ります。
そこでアイリーンは自分のすぐ横にいるシャーロックの存在に気づくわけですが。
この最後のメールが、ポイントだと思うのですよ私は。


えーっと私はネットワークの専門家とかじゃないので、ぼんやりした知識で喋りますが。。
アイリーンが送った最後のメールは、シャーロックの携帯に確かに届いた。
ってことはシャーロックの受信メールのヘッダの情報をもとにルートを調べれば、アイリーンの死の夜、シャーロックがロンドンにいたのか、カラチにいたのか、わかっちゃうんじゃないですかね?


アイリーンの死が偽装であり、シャーロックの救出が現実だとした場合。
その偽装はかなり完璧なものだったのでしょう。マイクロフトが「入念に調べた。それでも私を欺けるとしたら弟くらいのものだろうが」と言っているくらいですから。
ところが実際には、その偽装は完全に完璧なものではなく、シャーロックの受信メールという、瑕瑾が残されていたわけです。
アイリーンが死んだ夜、シャーロックがどこにいたのか、と考える人間はマイクロフト以外にも現れる可能性はゼロではなく、アイリーンの最後の送信メールというのは、その人間にとっては唯一辿れる細い糸になっちゃうかもしれないのです。


そのことを、マイクロフトとシャーロックは当然理解しているでしょう。
だからこそ兄は「案件がクローズした。最後の穴を埋めろ」というサインとして、弟の手元に携帯を届けた。
そして弟からの「了解。最後の穴を確かに埋めた」というサインが、携帯を受け取る、というアクションだったのではないかと。


だとするとマイクロフトは弟に欺かれていないということになります。
「私を欺けるとしたら弟だけ」というジョンに向けた言葉は嘘だった、ということになるわけですが、よく考えるとこの兄弟は兄も弟もジョンを適当に騙して便利に使うことが珍しくありませんので、むしろこのシーンでは正直だったと考えるよりも、マイクロフトは通常運転としてまたジョンに嘘をついた、と考えても全然問題ありません。ひどい話ですが。


さて、欺かれてなどいなかったということは、マイクロフトはむしろ、シャーロックによるアイリーンの救出を黙認していたということになりますが。
本当にそれだけなのでしょうか。


アイリーンの死を偽装するためには、用意しなければならないものが二つあります。
一つは年格好の似たニセの死体。
そしてもう一つは、その死体と一致するDNAサンプルです。
死体を用意するのも、既に政府が保管しているであろう本物のDNAサンプルをニセモノとすり替えるのも、どちらもかなりの難事です。
シャーロックとアイリーンにとってはね。
ところがマイクロフトにとっては、どちらもたやすいことなのです。
DNAサンプルのすり替えが簡単なのは言うまでもなく。
死体を用意するのもそれほど難しくはない。
ボンド・エアー。
マイクロフトが飛ばそうとしたのは、死体がぎっしりと詰まった飛行機。
どんなふうに使っても問題のない大量の死体が、マイクロフトの手元には集まっていたのだから。


ボンドエアーのための死体が、アイリーンの亡骸に偽装されたと考えた時、アイリーンの最後のメールが、更に重大な意味を持ちます。
アイリーンからシャーロックに送られたメールは、完璧であるはずの偽装の唯一の綻びだった。
ならばシャーロックはアイリーンにメールを送る猶予など、持たせないほうがよかったのです。
ですが、件の斬首直前のシーンでは、あきらかにシャーロックは、アイリーンがメールを送り終えるのを待っています。
シャーロックには、アイリーンに最後のメールを送らせる必要があったのです。


ボンドエアーのための死体は、時間を掛けて集められ、冷凍保存されていたのではないかと思われるものでした。
偽装されたアイリーンの亡骸が発見された時。当然その死体はいつ死んだものなのか、調べられることになります。
冷凍保存された、ずっと以前に死んだ女性の死体の死亡推定時刻などというものは、相当に割り出しづらいもののような気がしますが。
もし、その女性が死んだ時刻を、特定できる材料がすぐ近くにあったとすれば、直腸温だの胃の内容物だの、死体の置かれた状況によって変動しうる要素よりも、その材料のほうが、重視されるのではないでしょうか。
言うまでもなく、その材料というのが、アイリーンのメールです。


だからこそ携帯は一度英国政府の手に渡り、マイクロフトによって、アイリーンがいつ死んだのか、特定するという役割を果たした。
けれどその役割が済んでしまえば、むしろアイリーンの携帯は、存在しないほうが都合がいい。ゆえにシャーロックのもとへと流れることになったのでは。


それではなぜマイクロフトは弟の手助けをしてアイリーンを救ったのか、という話になりますが、「国家予算に穴をあけるほどの金」を払わずに済んだというだけでも、そのくらいの便宜をはかる気になったのかもしれません。
それに、もう一つ忘れてはいけないのは、劇中二度にわたってシャーロックを襲ったCIAの存在です。
あの携帯の中には、アンクル・サムの弱みも当然入っていたと思われますが、それにしたってたった一人の名探偵を送り込んだ英国政府に対して、工作員チームを派遣した合衆国政府は随分切迫しています。
そこまでアメリカを追い詰めてしまうほどの情報は、結果的にマイクロフトの手に渡り、英国政府に大きな利益をもたらしたものと思われます。
なればこそマイクロフトは、アイリーンに多少の便宜をはかってやってもよい、と判断したんじゃないかな、と思うのです。
まー、あとはクリスマスのマイクロフトとシャーロックの家族と愛に関するちょっとしたやりとり。
アイリーンとの出会いでシャーロックの情緒に変化が見られたように、マイクロフトにも弟を気遣う気持ちがあるのだな、というのが随所にのぞいたのが今回の「ベルグレービアの醜聞」だったりするので、マイクロフトも人の子というか、弟のために心を砕く部分もあったのかな、と思ったりもします。


で、こういう一連の流れの存在を示唆しているのが「ベルグレービアの醜聞」のラストシーンなのではないか、と私は思うので、カラチでの救出シーンは現実だったよ説をとります。


ところで、原作のアイリーン・アドラーは、名探偵シャーロック・ホームズを唯一打ち負かした女性です。
そのアイリーンは今回、シャーロックに敗れ、救われることになってしまい、原作に比べてパワーダウンした気がしちゃうんですが。
ここもね、考えようによっては、違うんじゃないかと。


原作のアイリーンは結婚して大陸に向けて脱出し、勝ち逃げします。
舞台は十九世紀。世界は今よりもずっと広かったから、もうそれで「逃げ」は成立したわけですが。
現代の世界は、もっと狭い。海を越えようが、国を越えようが、発達したテクノロジーを手にした追手は、どこまでどこまでもアイリーンを追い続けることでしょう。
彼女が死なない限り。
いや、むしろ「死」すらも偽装を疑われ、徹底的に調べ尽くされる。
現代社会のアイリーン・アドラーが逃げおおせるためには、ただの「死」ではなく、「疑う余地のない、完璧な死」を偽装する必要があったのです。
そして英国政府の懐刀であるマイクロフト・ホームズが鑑定した「死」というのは、まさに「完璧な死」であると、誰もを納得させるものなのではないでしょうか。


心理的な保険として情報を集め続けたアイリーンはやがて、情報を握っているがゆえに、不本意にも付け狙われる立場となります。
「脅迫する気がない」とアイリーンが言ったのは、そう考えると嘘ではない可能性があります。
アイリーンにとって脅迫なんかで得られる金よりもずっとずっと欲しかったのは、「完璧な死」だったのではないでしょうか。


ゆえにアイリーンは犯罪コンサルタントであるモリアーティの知恵を借り。
「英国政府への脅迫を目的としている」ように見せかけて(これは当然モリアーティに対しても。その場合、アイリーンはホームズ兄弟のみならずモリアーティすら騙している)、マイクロフトならびにシャーロック・ホームズ兄弟への接触の機会を作ったのではないかなー、という解釈も成り立つ気がします。


もちろんこれは、かなりきわどいぎりぎりの賭けで、だからこそ彼女はカラチでテロリストの手に落ちたときは、賭けに負けたのだと信じ、自らの死を覚悟したのでしょうが。
それでもその賭けにすがる気持ちが残っていたからこそ、最後のメールをシャーロックに送ったのかもしれません。
ですから次の瞬間に彼女が浮かべた笑みは、ただ救済を喜ぶだけではなく、自分は実際には賭けに勝っていたのだと、そう悟ったがゆえの会心の笑みだったのかもしれないなーとか、そんなふうに考えると、それはそれでなかなか味わい深く感じます。


あと、これは更についでの深読みなんですが。
ジョンが自分のもとを訪れた女性をマイクロフトの部下だと思い込んで
「カフェとかでいいじゃない。どうして彼はこう権力をひけらかすんだろう」
とこぼすシーンがあります。
その女性は実際にはアイリーン側の人間だったわけなんですが。


興味深いことに物語のラスト、マイクロフトはこれまでのように権力をひけらかしてジョンを呼び出すのではなく、すぐ近所のカフェに出向いてジョンに会っているのですね。
マイクロフトは劇中で「アイリーンには最高レベルの監視をつける」とか言っていたし、もしかしてジョンを呼び出しに来たアイリーンの部下は、実際には監視のためにマイクロフトが送り込んだスパイだったりするのかなー、んでもって報告書の中で
ドクター・ジョン・ワトソンは『権力をひけらかさないでカフェで会うのでいいじゃないか』と愚痴をこぼしていました」
とかなんとか書いてくれたもんだから、
「だったらたまにはカフェに出向いてあげようかな」
とマイクロフトが思った結果だったりするのかもね、などと空想が止まりません。


どうせこっちがいろいろ妄想したって脚本家はそこまで考えないで書いてるよなー、とか思わせるドラマと違って、いくら深読みしてもそれにがっちり答えてくれそうな雰囲気を漂わせる、しっかりと作りこまれたBBCの「シャーロック」はまったくほんとに最高に面白いですよ、というお話でした。