箱の中にアシスタントが入って、マジシャンが剣を刺していくマジックがありますやん?
あの手のマジックって種が一種類じゃなくて、何種類もあるんですが。
中にはアシスタントにとって、ちょっとばかり危険なタイプの種もあります。
私がお世話になっているプロマジシャンのマーカ・テンドー師は若かりし頃、師匠マジシャンのアシスタントをつとめていたことがありました。
箱に入って、剣を刺される役だってやりましたよ。
んで、あるとき、いつものように剣刺しのマジック(危険な種バージョン)を演じていた師匠マジシャンは、刺した剣を箱から抜いて、悠々と箱を開けたその瞬間、凍り付きました。
そこには額から大量に血を流してうずくまっている弟子がいたからです。
「だっ、大丈夫なのかお前?」
「はい、なんとか、大丈夫です」
観客の目をはばかって小声で話す二人。というか、そのシチュエーションどう考えても大丈夫じゃないだろ。まあ他に言葉の交わしようもなかったんだろうけど。
「……ちょっと待ってろ」
そう言って師匠は一度箱から離れ、どこからともなくタオルを何枚も持って現れ、箱の中にそのタオルを投げ込みました。
「それで傷口を押さえろ」
顔も身体も服も血まみれのテンドーさんが、タオルで額を押さえながら、それでも晴れやかに笑って箱から登場した瞬間、観客席は「あまりのリアルな演出に」、一斉にざわめいたそうです。
その後テンドーさんは微笑みながら舞台から退場し、楽屋に戻ってからは救急車に乗って、会場自体から退場しました。
さて、その後、テンドーさんはアシスタントを卒業し、世界的なプロマジシャンになりました。*1
テンドーさんがある仕事で海外に行ったとき、同じステージに立つ、外国人マジシャンのリハーサル演技を見て、彼は度肝を抜かれました。
その外国人マジシャンが演じていたのは、箱の中に美女を入れて剣を刺す、例のマジックの危険な種バージョン。
そしてそのマジシャンが剣を刺すそのスピードの速いこと速いこと。すさまじい勢いでぶすぶすと箱に剣を刺していきます。この種で演じるこのマジックでこんなに早く剣を刺すマジシャンは今まで絶対に一人もいなかったよ!というくらいの速さです。
詳細の記述は避けますが、剣を刺すスピードがアップすれば、アシスタントの危険もそれだけ増大するタイプの種なので、そこまで命知らずのスピードでマジシャンが剣を刺すってことは、普通に考えてアリエナイのです。
甦るあの日の思い出。思わず額の古傷に手をやってしまうテンドーさん。
リハーサル後、テンドーさんは、その外国人マジシャンに話しかけました。
「君のあの剣刺しの演技、あんなスピードで演じて、大丈夫なの? アシスタントの女性、ちょっと危なくない?」
すると外国人マジシャンは平然とした顔で
「オーケーだよ」
と答えました。
うわ、こいつほんとに平気そうな顔しているな、そうか、きっとよほどたくさん練習しているんだ、だからあのスピードでやっても大丈夫なんだ、たいしたもんだな、とテンドーさんが感心しかかると。
「だって、彼女はぼくの妹だもん。ちょっとくらいの怪我はノープロブレムさ」
外国人マジシャンは涼しい顔でそう続けましたとさ。
「……あれは絶対ジョークとかじゃなかった。それは顔を見てればわかった。あいつは本気だった」
テンドーさんは後にそう語りました。
*1:マーカ・テンドー師は、最も多くの世界タイトルを有する日本人マジシャンです。