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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

スラダン、おお振り、山賊ダイアリーの枝葉末節な深読み

セキゼキさん(仮名)と漫画の話とかをすると、
「同じ作品のはずなのに、そんなこと考えてたんか!?」
とびっくりすることが多いんですが、今日はその中でも特に印象に残った有名マンガの3つの感想を紹介します。

SLAM DUNK』彩子さんの思い人

「時々振り返って思うんだけど、スラムダンクリョータって、彩子さんとうまくいったのかねえ」
という私の台詞に、セキゼキさんが
「どうだろ。彩子さんは赤木キャプテンに惚れてるからな」
と返してきたからびっくりしましたよね。
「えええ、なにそれ、そんな話あったっけ?」
「うーん、直接的にはなかったから違うかもしれないけど、おれはそう思ってんだよね」


「彩子さんて見た目はけっこう派手だし、最初はギャルっぽい印象なんだけど、話が進むにつれて、外見とは裏腹にしっかり者で聡明であることが明らかになってくじゃない」
「そうだね、勉強会の話でもゴリ、木暮と並んで優等生側だったね」
「言葉遣いにも難がないし、浮ついたところがなくて、堅実なんだよ彩子さん。ルックスを重要視するキャラである『流川親衛隊』なんかとは明らかに違うタイプの女性として描写されてるよね。晴子は親衛隊と彩子さんの中間的なキャラかな」
「そういや、作中いちばんの美形として設定されている流川に対する態度が、彩子さんおそろしくフラットだもんな」
「そんで、その堅実で聡明な彩子さんが作中で一番明確に敬意を示している男って、実は赤木じゃない? でまあ、言うまでもなく尊敬する先輩なんてのは、好きな人になりやすいよね」
「確かに全く尊敬できない相手を好きになる女性って、あんまりいないかも。敬意とか感心とかそういうところから始まることが多い気はする」
「尊敬という観点から見ると、あのチームの中でゴリの男のとしての完成度はずば抜けている。他のメンバーのほうがわかりやすくルックスはよかったりするけど、さっきも言ったように彩子さんはあまりルックスを重要視しない」
「まあねえ。確かに人間のタイプとしては彩子さんがゴリに惚れる可能性はあるかもねえ。でも作中に彼女がゴリを好いていることを示唆するシーンがないんだから、やっぱこの説の根拠は薄いよなあ」
「ゴリが足首怪我して、彩子さんが試合に出るのを止めようとして、『いいからテーピングだ!』と怒鳴られるシーン。おれはあそこが根拠になると思うんだけどな」
「ほう?」
「赤木って、とにかくストイックでバスケに集中したい人間でしょう。下手に恋心を打ち明けたりしたら、『おれの集中を乱すな』と怒りだしそう。そうすると、自分の気持ちを隠し通して、マネージャーとしてサポートに徹することが、彩子さんにとっての最上の愛情表現になるわけだよ」
「あ、ちょっと納得。ゴリって硬派っぽいもんなあ」
「ところがあのシーンで初めて、彩子さんのその姿勢が崩れる。具体的には言葉遣いだね、『ムチャよ!だって立てもしないのに!』とタメ口になっちゃう。
あれはひたすら好きな男の身を案じる気持ちだよね。マネージャとしてではなく、恋する女としての気持ちが勝ってしまったからこそ、あそこで彩子さんの言葉遣いは変わったんじゃないかなー。あそこってたぶん彩子さんが、作中で一番冷静さを失ってるシーンなんだよ」
「言われてみればあのシーンの彩子さん、感情むき出しだよね……
最終話直前に桜木が背中を怪我したときより、ずっと動揺してるもんなあ。桜木の怪我のときは、『選手生命に関わるかもしれない』って警告はするし、すごく心配もしてくれるけど、ゴリの怪我のときよりは冷静だ。そっか、惚れた男が相手だからこそ、あんなにも必死に止めようとしたって見方は、確かにあるわ……」
「そんで、赤木もバカじゃないからさ、たぶんそこに気づいてんだよね。だからこそ怒鳴るわけだ。『そういうのを持ち込むな』という拒絶の意志がこもっているからこそ、いっそうきつい言い方になる。
彩子さんがびくっとするのはもちろん赤木みたいな男に怒鳴られたら怖いから当たり前なんだけど、それだけじゃないと思う。
恋愛感情に対してノーを突きつけられたことを感じて、だからこそ諦めるんだよね。拒絶されずにゴリのそばにいるには、マネージャとしての役割に徹するしかないんだ、という事実を再確認したからこその、虚脱したような従順さ」
「な、なんかすごいな、全然そんなの考えたことなかった私」


と一度はとても感心した私だったのですが、一週間後くらいに、
「そういえばさー、彩子さんがゴリに惚れてる説だと、彩子さんが晴子と仲がいいってのも意味深だよねー」
と言ったら、
「何それ」
と返ってきたから、マジでほんと心底びっくりしましたよね。
「えっ、だって彩子さんが好きな人はゴリだって、セキゼキさんこの間すげー熱弁してたじゃん」
「全然覚えてない。おれほんとにそんなこと言った?」
「言ったよ!」
「だって彩子さんてリョータの手のひらに『No.1ガード』って書いてるし、山王戦の前夜に二人で散歩行ったりしてるし、素直に考えれば赤木に惚れてる説はないでしょ。おれそんなこと言うはずないと思うけどなア。誰か他の人と話したんじゃない?」
「いやいやいやいや、絶対にあなたですよ熱弁してましたよ、連載終了から15年以上経過したマンガの話を今更他の誰と話すっていうんすか、ていうかマジですかなんですか記憶喪失ですか、どうして忘れるですか」
「記憶にないなあ。夢でも見たんじゃない」
とか言われてパラレルワールドに迷い込んでしまったかのような思いを味わわされたんですが、確かにセキゼキさんは「彩子さんが好きな男はゴリ」説を唱えていたんです本当です信じてください。



おおきく振りかぶって西広の余裕

「おれつくづく思うんだけど、西広って絶対童貞じゃないよね。西浦野球部の中で、やつだけが非童貞」
「えええええ、なにそれ、西広モテキャラとかいう描写あったっけ?」
「ない」
「やっぱないよね……なのになんなのその確信アンド断言」
「いやーだって西広の余裕はすごいもの! 野球部全員経験者の中でさ、西広だけ未経験者なんだよ? その状況で入部するのがまずすごいよね」
「野球部の練習のきつさは、たいていどこの学校でも折り紙つきだもんなあ。運動神経は元々いいらしいけど、だからって未経験だと敷居高いよなあ」
「そんで西広は基本、試合に出れないじゃない。阿部が怪我したら出れたけど、治ったららまた出番なしだしさ」
「そうねえ」
「だけどやつは腐らないじゃない」
「それは未経験者だから、出れなくて当然と思ってんでしょ」
「それは違うよー、確かにベンチに入りきれないくらい部員がいる学校なら、出れない子たちもアキラメつくんだろうけど、あんな小さい規模のチームで、しかも部員全員が一年だったら、やっぱり多少の欲はでるよ。次の試合はクソレフト水谷あたりを引っ込めておれを出してよ、とか思うのが自然だ」
「それもそうか。出たいという気持ちもないのに野球部入るやつがいたら、そっちのほうが不自然だね」
「でしょ? そう考えると西広のメンタルって、かなり強いんだよ」
「えらいなあ西広。ずいぶん人間ができてるね」
「違うよ、何言ってんの、高校一年生、ティーンエイジャーの人間性なんて、いかに練れててもたかが知れてるよ。キャプテンとかそういう、立場で人間が作られる経験したならまだわかるけど、西広はそうじゃないし」
「なんか家庭の事情で苦労したのかも」
「それじゃ栄口とキャラかぶるだろ! そうじゃなくて、ここで話を最初に戻すわけだよ。西広は童貞じゃないっていう話に!」
「ええええ、やっぱり全然納得できない。非童貞は人間性が高まるとでもいうんですか」
「いや、そうじゃなくて。なんか西広って、何かと余裕を感じさせる男なんだよね。
『テストのためにあえて勉強はしない』とかいうのがその最たるものでさ。あの落ち着きっぷりがあるからこそ、野球未経験とか、試合に出れないとかそういう問題を、西広は一歩引いたところから眺めて、平常心を保てるわけだ。武蔵野の加具山は、ちょっと西広を見習うべき。
そんで、十代の少年にそういう精神的な余裕をもたらすものって何かなって考えた時、『ああそうか、西広は童貞じゃないんだ』と思うにいたったわけ」
「えー。そんなことでそこまで変わりますか精神状態」
「二十代、三十代だったら正直変わらない。
『おれは三十五歳、職場ではダントツに仕事できない。だけど大丈夫、おれは非童貞だからヨユー』とか思えるやついないから。
だが人生の中でもティーンエイジャーというあの一時期に限って言えば、一足先に童貞じゃなくなったやつってのは、すげえ尊敬されたりするわけだよ」
「ああなるほど、あの時代の少年だからこそ、そういう要素が余裕を生むと」
「そうそう。あとはまあ、西広どうやら洋物AVいけるらしいじゃない。あれも童貞っぽくないよね」
「泉が『西広もスゲー』って思うとこか……いや、実は何がすごいのかよくわかんないんだけどその感覚。洋物いけると非童貞とかいう基準も謎すぎる」
「これは個人差が大きいところではあるけれども、要するに少年たちにとって性は未知の領域じゃないか。未知ゆえに憧れやわくわくはあるけど、怖さもあるわけだよ」
「それはそうでしょうねえ」
「そして外国人というのも未知の存在じゃないか」
「まー、そうかも」
「たとえば新しい学校に通い始めるとわくわくしたりするし、外国に行くのも楽しい経験だろうけど、外国で新しい学校に通えって言われたら、なんか大変そうで楽しめる気分じゃなくなったりしない? 未知に未知が重なると、余裕が消えて楽しむどころじゃなくなったりするんだよ人は。日本在住の童貞少年たちにとって未知と未知が重なった存在、それが洋物AVなんだよ! わかるか?」
「外国の学校を使った例えのほうは、すげーわかった。洋物AVについては、わかったようなわからないような気持ちになった」
「彼にとって洋物AVは未知に未知を重ねた存在じゃないのかもしれない。そう思わせる西広は、ここでもおのずと余裕をにじませるわけだよ」
「その理屈だと、栄口はどうなるのさ?」
「栄口は有能だし性格もいいし、人付き合いもかなりこなせる。モテ要素はあるよな。
とはいえ、母親のいない家庭で幼いきょうだいの面倒を見ながら野球に打ち込む彼に、男女交際にうつつを抜かす余裕があるかどうか。それにおれは、栄口が人生で最大にモテるのは今からおよそ十年後、二十代半ばになってからと踏んでるからな」
「長くなりそうだから栄口についてはいいや。話を西広に戻すと、セキゼキさんが言いたいことは大体わかった。最初は根拠なしの妄想話としか思わなかったけど、聞いてみるとそれなりに筋は通ってて、面白いな。
確かになんか西広って、周りの誰も知らないうちにしれっと彼女作ってそうな雰囲気があるかもね」
「そんで西広の彼女は他校にいるね。同じ学校だったら、とっくにみんな知ってるだろうから」
「ああ、なるほど。それはそうかも」
「あと、その彼女は頭いいね!」
「ちょっ、さすがにそれは根拠ないだろう、登場すらしてないんだぞ」
「あるよ根拠。体育会系の部活と学業を両立させるのは難しいのに、西広の成績がいいのは、彼女も優秀な子だからじゃないかと、おれは睨んでる」
「あー、そういうことか。図書館で一緒に勉強したり、お互いの家で勉強会したりとか、そういう関係なんだねきっと。だから西広も成績がキープできるんだ。
うわ、そう考えると『わざわざテストのための勉強しない』ってのが更に繋がるぞ。他校の彼女と一緒に勉強してるなら、定期考査よりも模擬試験とか、そっちに重点を置くだろうからね。おお、すごいな、けっこうきれいに辻褄があった」
「ふふふ、そういうことなのだよ。他校にかわいくて賢い彼女がいたからこそ、西広はあれほど余裕があって、かつ成績優秀なんだよ」
「かわいい? さすがにルックスを推測するのは無理じゃない?」
「いや、西広の彼女はかわいいね。髪はセミロング、携帯電話の色は白、デートの時にはよくクレープを食べてて、本を読むのが好きで、脚のきれいな子だね!」
「おいちょっとまて、今まで一応根拠を示しながら話をすすめてきたのに、いきなり根拠レスになったよね? 妄想ぎりぎりの仮説が、ただの妄想に切り替わったんだが?」



山賊ダイアリー』野蛮という言葉に込められた気持ち

山賊ダイアリー面白いねー、実際に生き物殺すのは、大変だろうけどさ。だからって『生き物殺すなんて野蛮』てのは言っちゃいけないよなあ」
「そう? おれ彼女の気持ちわかるけどなあ」
「セキゼキさんも殺生は野蛮て思うのか」
「いやー殺生には抵抗あるけど、そういうんじゃなくて。つまりさ、このシーンで岡本くんと一緒に夜景の見えるレストランにいる女性は、誰だと思う?」
「誰って……彼女とかじゃない?」
「だよね。たぶん二人は付き合ってるよね。交際開始直前の、親密度上げの最中かもしれないけど。少なくともただの友達とか、職場の同僚とかではなさそうだよね」
「まーねー。友達とか同僚なら、野蛮て言われたことで喧嘩になったりはしないだろうしなー」
「マンガだと、どういう流れで岡本くんが猟師になりたいと言ったかかかれてないけど、おれはたぶん、彼女の側がそれとなく将来についての展望とかを訊いたんじゃないかと思ってる」
「あ、それはそうだろうね。これからどうするのって訊かれて、それに答えたかんじぽかったし」
「でさ。たとえば高校生のカップルだったら、恋人がなんて答えても別に平気なわけ。海賊王だろうが新世界の神だろうが好きに目指せばいい」
「その二つを目指されるのは困るんだけど、言いたいことはワカル。十代で付き合っている子の本音って『この人好きだけど、いつまで一緒にいるかわからない』だろうからなー。相手の将来が自分と関係している感覚もうすいだろうし、あんまり気にしないだろうね」
「『山賊ダイアリー』の一巻冒頭時点で岡本くんは二十代半ばから後半くらいの年齢だよね雰囲気的に。彼女もそれほど違わないくらいの歳だろう」
「そうね」
「そのくらいの年代のカップルって、結婚とか将来とか考え始める頃じゃない? 特に女性は」
「そうだね。出産のことを考えると、二十代のうちに結婚した方がいいかなとか、頭をかすめ始めるよね。今付き合っている人と結婚するか、それともしないのかって、かなり重要な問題になってくるわ」
「だからこの彼女の立場で考えてみると、彼氏の心のうちが、すごく気になり始める時期だと思うんだ。『結婚とか一生しない』とか、『いつかは結婚するかもしれないけど、相手はお前じゃない』とか、そういう考えの男が彼氏だったら、つきあい自体を考え直した方がいいかもしれないし」
「それは……そうだねー。そういう人が相手だと辛いねー」
「夜景が見えるレストランって、たぶんけっこういい店だよね。どうでもいい相手と行く店ではないっぽい。そういうところに連れていかれて、彼女は嬉しかっただろうな。この人はちゃんと私のことを考えてくれてる、もしかして私はこの人と結婚するんじゃないかしら、とか思っても不思議じゃない」
「ほうほう」
「だから彼女は、岡本くんに将来の展望を訊いてみたんだろう。そしたら『田舎に帰って猟師になりたい』という答えが返ってきた。シロイならどうよそれ?」
「うわー、初めて気が付いたけど、それけっこうショーゲキかも! だって彼女のほうだって、たぶん働いているわけでしょ。その仕事やめて田舎に来いってことになるよね? それは大変だ!」
「それならまだいいよー。彼女に犠牲を強いる形ではあるけれど、おれと一緒に生きてくださいってことだから、一種のプロポーズになるでしょ。だけどこのシーンの岡本くんが、そういう意味で『猟師になりたい』って言ってるように見える?」
「……見えない。彼女とは無関係に、やりたいことを言ってるだけに見える」
「そうだよねー。だからどっちかっていうと、『おれは田舎で猟師やるし、お前は都会で会社員してれば』ってかんじだよね。『お前とおれの人生は無関係だ』って言ってもいいかな」
「それってさっき言ってた『いつかは結婚するかもしれないけど相手はお前じゃない』っってやつに近いよね。やばい、それきつくないか。相手に対して真剣であればあるほどきついよね」
「だから『猟師やりたい』ってぶっちゃけ、『近いうちに別れようか』ってメッセージとしても機能するわけ。これから一緒にやってくつもりないよって、ことになるから。そんなこと言われたら、彼女がむっとしてもおかしくないでしょ」
「いやいや、でもほら、漫画家は地方でもできる仕事ではあるし、岸部露伴は『もはや東京に住む理由はくだらないステータス以外にないと言えるね』とか言ってるよ? 田舎に帰って猟師兼漫画家やって、それで一緒に暮らすつもりだったかもよ?」
「わかんないけど猟師兼漫画家って、そんなにもうかるの? 『山賊ダイアリー』がヒットした今ならそれも可能だろうけど、この食事の時点で、そんな将来って予想できた?」
「共働きのつもりだったかも」
「猟師として活動できるほど山奥の田舎に引っ込んだら、彼女の側の仕事探しはたいへんだよね。それで共働き?」
「それはそうか。うーん」
「それに仕事の話で言えばさ、岸部露伴みたいな売れっ子なら別だけど、中堅クラスまでくらいなら、岡山の田舎よりは東京に住んでるほうが、いろいろ有利でしょ」
「まー、編集の人に会いやすいし、売り込みもかけやすいだろうね。まんが道的な作品て、大体主人公は上京してくるものだしなあ。『田舎に帰って猟師』とか言い出した時点で、彼女にしてみれば『仕事どうすんのよ?』って思いそう」
「『あたしと別れて、今の仕事もあやうくして、それでもいいからアンタは狩りがしたいのね? 自分の手で動物を殺すことが、そんなにも大事なの?』とか、そんなふうに感じてもおかしくないと思うんだよねー。少なくともおれならそう思っちゃう」
「いやいやいや、でもさ、この時点の岡本くんは、すぐに田舎にひっこむつもりはなかったんじゃない? 5年後とか20年後のつもりだったかも」
「5年付き合って三十代になってから『おれ猟師になるから』って言いだされる方が彼女には大ダメージだよ。あと将来の展望の話になったときに『猟師』って言ったら、彼女がそれを数十年後の遠い未来の願望と受け取ってくれる可能性は、低いでしょ。長く見積もっても10年以内くらいに実行するつもりのことだと、思うのが自然」
「うー……なるほど。てことは岡本くんは彼女に、恋人や仕事よりも殺生を優先する人間だと思われたかもね。それは人によっては『野蛮』と感じてもおかしくないなあ」
「あとはまあ、『野蛮』てのが彼女の本音じゃない可能性もあると思うけどね。全然野蛮とは思わないけど、その場ではそう言ってみたって可能性も」
「えー、わかんない。なんで思ってもいないことをわざわざ言うわけ」
「岡本くんを、傷つけたかったんじゃない。怒らせて、嫌な気持ちにさせたかったんだよ。現にこの後、喧嘩別れしたって話になってるじゃん」
「傷つけたいって、ナニそれこわい」
「怖くないよありふれた話だよ。
岡本くんの願望は、彼女という人間に対して、とても無関心なんだよ。彼女は田舎に行きたくないかもとか、田舎にいったら彼女と別れなきゃいけないかもとか、考えたらできないことだもの。そういう、自分を排除した上で成立する未来について、彼氏が嬉しそうにうっとりと語る。冷水浴びせられたようなもんだよね。ものすごく傷つくんじゃない?」
「それはまあ、そうだね。きつかったろうね」
「だからこのシーンで、先に傷ついたのは実は彼女なんだよ。傷つけられたと思ったからこそ、彼女はやり返そうとするんだ。
自分の傷の大きさを思い知らせるために相手を傷つけるって、カップルの喧嘩ではよくあるパターンだよね」
「ワカル! ほんとはさー、やり返さないで『今の悲しいよ傷ついたよ』って穏やかに伝えたほうがいいんだよね! だけど本気で傷ついたときって、それができなくて、ついつい相手を傷つけようとしちゃうんだよね、すげーワカル!」
「なんかえらい熱こもってるのはなんなんだ……まあいいや、とにかく。彼女は岡本くんの無邪気な言葉に傷ついた。だからこそ自分も同じように相手を傷つけようとして、岡本くんがむっとするであろう言葉を選んだ。仕事よりも恋人よりも生き物を殺すことを優先するんだから、そう言われたってしょうがないでしょ、という気持ちで。
『野蛮』『山賊』『最悪』『見損なった』って、次々と投げつけるのはだからだろ。
彼女が本当に『最悪』で『見損なった』って思ったのは、動物を殺すことじゃないと思うんだよなあ。
作中で岡本くんが指摘しているように、彼女だって誰かが殺した動物の肉は食べているんだもの。そのことを棚に上げてしゃあしゃあと『野蛮』よばわりする恥知らずと片付けちゃうのは、ちょっとかわいそうな気がするよ」
「な、なるほど、なんかこの考察はリアルで生々しく、ずいぶんと説得力があるな……」
「岡本くんの気持ちもわかるんだけどねー。
『田舎に帰って猟師になる』ってのは、岡本くんにとってはものすごく重大な決断だったんだと思うし。それこそ現在の仕事を危うくして、恋人と別れてでも、やらなきゃいけなかったことなんだろう、彼にとっては。自分が自分であるために必要なことってのは、そういうもんだよね。なにを犠牲にしても、やらなくちゃいけない。
だからこの喧嘩のシーンは、誰が悪いってわけでもないんだよ。彼女も岡本くんも悪くない。悲しいな、とは思うけどね」
「おおおお、今回の考察はいい! 深いかんじする! シメも大人っぽいし。ついてはセキゼキさんにお願いがあってね……」



てなわけで

「セキゼキさんの妄想深読み考察みたいなものをね、まとめてブログに載せてみたいなって思うんだけど、どうでしょう。既に途中までは書いてあるんで、確認してほしいなーって」
10分後。
「赤木と彩子さんの話、おれほんとにした? 全然覚えてないんだけど……まあいいや。いいよ別に」
「マジでいいの? だってこれ読んだ人たぶん『セキゼキってのはずいぶんな妄想野郎だな』とか思うよ」
「どこの誰とわかるわけでもないしなあ。問題ないんじゃない」
「作品の本筋でもなんでもない、枝葉の部分を異常に細かく考察して会話する、痛い二人組だと思われるよ?」
「あのさ」
「うん」
「事実、そうだよねおれたち」
「えっ」
「おれたち二人はどうでもいいマンガの枝葉末節を異常に真剣に話し合うかわいそうな大人だよね実際?」
「えええっ」
「マンガの感想が原因で本気で喧嘩したことあるよね?」
「ある……」
「それが立派な大人のやることだと思う?」
「おもわない……」
「もうどうせダメ大人なんだからいいんだよ別に。むしろ立派と見せかけようとすることが痛ましい話だよ」
「ほんとにそうだ……」


というわけで、妄想深読み考察を今回は3本お届けいたしました。
私たちはどうせ痛ましい大人ですので、今後もまた何かの作品で妄想深読みをするかもしれません。
そのときもまたよろしくお願いいたします。
それでは皆さま、よき妄想ライフを!