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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

自分がどこから間違ったのかわからない

私が職場で、リーダーのカサキさん(仮名)と、きわめて日常茶飯事的社会の潤滑油的、毒にも薬にもならない無難会話をしようと試みていたときの話です。
何の印象にも残らない薄くて軽くて、おかげで絶対に胸焼けしないあっさり会話を順調に積み重ねることが、社会人として当然のたしなみであろう、と私は信じております。テクニカルに無難会話の数をこなすことで、常識的で穏やかなニッポンのオトナになれるはずだし、なってやるぜ、エイエイオー。


「うー、今日はなんか、寒いっすねえ。こう冷え込むと、温泉行きたい気分になるなあ」
気温や天気の話をするのは、世間話の基本中の基本ですし、温泉に行きたがっている日本人は全体の九割程度いるはずですから、この切り出しはまさにセーフティ。会話が無難で平凡で安全にしか進まないことが約束されているようなものです。私は自分が身に着けた着実なテクニックを、内心で大絶賛しておりました。
「温泉いいねえ。でもGWはどこも込むしなあ…・・・」
「今からでも探せばどこかあるかもしれませんよカサキさん」
「そうかもねえ」
「最近は部屋に風呂がついている宿も増えましたし、いろいろ安心ですよね」
「ああ、やっぱり他の人が入っているお風呂は嫌だったりするの?」
「いえ。別に。私は大浴場万歳派ですけど、これからの温泉の鍵を握るのはやはり部屋風呂だと個人的には思っておりますので!」
「なんで?」
「だって部屋風呂がなかったら、男湯と女湯に分かれなきゃいけないんですよ。パーティメンバー同性のみで出かけたならそれでも問題ないけど、そうじゃなかったら生き別れですよ!」
「生き別れってすっごい表現使うなあ・・・・・・うーん、でも確かに家族で一緒にお風呂入れたほうがいいよね」
「そうですよ。まあ、子どもが小さいうちは、異性の浴場に足を踏み入れることも特権として許されますけどねえ。また、家族の中で、父と息子で男同士のコミュニケーションをとりたいとか、母と娘で水入らずのガールズナイトしたいとかのときは、あえてそこでテクニカルに温泉生き別れルールを利用するのはありですがー。というか・・・・・・」
私はそこでため息をつきました。
「ぶっちゃけ、ファミリーはいいんですよ。彼らは生き別れても別れなくてもいいんです。一緒に入りたいときは我が家の風呂を使ってもいいんですから。それより問題はむしろ不倫カップルでしょう」
「はい? シロイさん、何を言い出したの?」
「不倫カップルが温泉にゴーというのは人生のテンプレートのひとつですけど、せっかく人目を忍んで旅行に来たのに、旅行の中核をなす温泉タイムにそれぞれがソロ活動てそんな。しかもせっかく温泉だからあたしもう一回入ってくるわ、帰る前にあと三回は行きたいもの、なんてそんな。それじゃ一体、中年期のアイデンティティクライシスを抱えながら不倫に励んでる日本のお父さんたちは部屋で一人で何してればいいんです? テレビ? うわあ、がっかりだそれ。というわけで、不倫カップルには風呂付部屋がことのほか喜ばれるのではないかと思うわけです」
「あー、うん、言いたいことはわかるけど・・・・・・」
「不倫カップルってのは、時間が切り詰められてる存在なんですから、旅行だってそうおいそれと行けるわけでなし、やっぱり一緒にいられる時間はフル活用したいんじゃないすかね? 想像ですけど」
「ふーん、想像っていうか、妄想じゃないそれ」
「そんで、今海外旅行行く人が増えて、国内の観光産業は一時に比べるとかなり下火ってのはよく聴く話なので、今後すべての温泉旅館では不倫カップルの獲得が超重要事項になるんじゃないかと思うのですね私。だって、不倫カップルは時間がないから、海外まで行くの難しいので近場の国内温泉こそが手頃なので! だとしたら旅館はそこを重点的に考えてそういう宿泊プランや部屋を構築すると、たぶん当たる! そうすれば観光地の景気も上向く! 国民の消費活動が活発になるにこしたことはないし、これで失業率もたぶんダウンするし、つまり本当に部屋風呂は偉大であり、私たちはみなこれから部屋風呂の恩恵をこうむって生きていくかもしれないと思うわけで、部屋風呂が増える傾向バンザイ、だと思うんですよねえ・・・・・・」
「えーとさ」
カサキさんは途方にくれたような顔をしながら言いました。
「シロイさんが何を心配しているのかよくわからないんだけど、おれはとりあえず、シロイさんが何を考えながら生きているのか、やけに心配になってきたよ? 大丈夫?」


あれ?
無難会話で常識的なオトナを目指していたはずなのに、いつの間にか私、心配されてる?
というか珍獣を見るような目つきで見られてるよ? どういうこと?