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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

十日目 回復食二日目

今日からおかずも食べられます。
琴曲『春の海』で目が覚めました。思えば、この曲で目を覚ましたのはひさしぶりのような気がします。ここ二三日は、空腹感が私を叩き起こしていましたから。
外は雨が降っています。そのせいでしょうか、空気が静かに冷えていることに、私は気付きました。


静座が終わり、カナガワさんと少しお話。
「お粥が始まると、朝はおみそ汁がつくよ」
おみそ汁……なんて甘美な響き。私はうきうきと部屋に戻りました。


朝食が運ばれてきました。
茶碗いっぱいの三分粥。小皿におかか。わかめのみそ汁。
「なんて食べ物らしい食べ物なんだ」
感動で胸がいっぱいになった私は、携帯のカメラで、その記念すべき美しい朝食を撮りました。
おかかとみそ汁が、とにかく美味しい。
みそ汁を口に含んだ瞬間、「味噌ってこんなに複雑で広がりのある調味料だったのか!」と驚きを覚えます。今までだって味噌というのは美味しい調味料だと思っていましたが、舌で感じる味の奥行きが、まるで違う。
口の中にいれたみそ汁を、すぐに飲み込んでしまうのは、あまりにももったいない。
私は舌の上でみそ汁を転がし、歯茎のまわりにみそ汁をくぐらせ、口全体で一口のみそ汁を味わいました。


おかかは箸でほんの少しすくいあげ、これもやはり口中にしばらく留まらせて、その味と香りを楽しみます。
本断食前、同じように粥とみそ汁とおかかの食事が出されたとき私は、おかかをすぐに粥にふりかけて、粥に味をつけたのですが、とてもじゃないけど、そんなことはできない。
そんなことをしておかかの味を鈍らせてしまうわけにはいきません。


噛む必要など感じられない柔らかな粥を、それでも一口ずつ、何度も噛みしめます。
食事を終わらせたくないのです。


長い食事の時間が終わったとき、私は久しぶりに、自分が満腹感をおぼえていることに気付きました。
正確には腹八分目というやつでしょうか。
胃がはちきれそうなほどに食物を詰め込んだときの苦しさとは異なる、豊かで満ち足りた感覚。
幸せだ……


食べ終わると眠くなってきたので、『風と共に去りぬ』を読みながら、横になりました。
……眠れない。
仕方ないので起きあがって『風と共に去りぬ』を読みました。今度は眠い。あくびが盛んに出る。
横になる。眠れない。
起きあがる。眠い。
なにやってるんだろう、自分。


そんなことを繰り返しているうちに昼食が運ばれてきました。
小皿にはきゅうりとカニかまの酢の物。小鉢に筍とぜんまいの煮物。三分粥。
「うーん、やっぱり美味しい」
食べ物の味の奥行きが舌にはっきりと伝わってきます。特に筍は、ひとくちかじるたびに、背筋がのびてしまうような美味しさ。
断食したのは、こういう美味を味わうためだったのかもしれません。生きててよかった。


今日は雨の降るとても冷える日で、私は一日中、こたつの中で丸まっていました。
風と共に去りぬ』の一巻を読み終え、二巻へ。


私は個人的に、残虐な殺害シーンや手に汗握るカーチェイスシーンなどではなく、何気ない生活の一場面、食事や劇的でない会話、衣類のことなどの描写で読者を惹きつける作家こそが本当に上手いのではないかと考えているのですが(そういった意味では、ちょっと前に読んだ向田邦子『思い出トランプ』はたいへん素晴らしい)、『風と共に去りぬ』は劇的なシーンもありつつ、ちょっとした生活描写にも魅力があって、読書体験が非常に楽しいです。
もっと早く読めばよかったなあ。


雨音を聞きながらごろごろしていると、あっという間に夕食です。ここでは夕食は16時過ぎに運ばれてくるのです。
筑前煮、わかめの酢の物、粥。
筑前煮があまりにいいにおいなので、私は箸でつまむたびに、まずにおいを嗅いでから、食べることにしました。
椎茸、嫌いではないけど、本来あまり好きではなかったはずなのに、美味しい。椎茸ってこんなに美味しいものだったの?
酢の物って、元々好きでも嫌いでもない食べ物だったけど、実は相当美味しいものだね?
好き嫌いの多い人は断食すると、嫌いな食べ物を減らせるかもしれません。


夕方の静座終了後、ふとしたきっかけで、参加者たちは、院長先生の健康に関するお話を聞くことになりました。
これがなかなか面白く、ためになるお話なのです。聞いていて「ああ、そうか」と腑に落ちることが多い。
今日聞いたお話を総合すると、
「何かを我慢して食べないとか、身体に良い何かを集中して食べるとか、そういうことは健康じゃない。大切なのはバランス。いろんなものを食べるバランスのとれた普通の生活こそが健康である」
「そしてそれは食生活に限らず、生活の全ての側面において同じ。自分がどこかで無理をしている、ストレスを感じていることに気付いたら、今度はそれを発散する場所を作ってやる。そうやってバランスをとらないと、疲れてしまう」
「断食生活というのも、食べ過ぎに気付いたひとがバランスをとるための試みだと思えば良い」
ということになるでしょうか。たぶんねたぶん! 私なりのまとめだから、ちょっと自信ありませんけど。


なぜか今回の静座はカナガワさんとヒロシマさんがいらっしゃっていませんでしたので、しばらくミヤコさんと雑談。
ミヤコさんは以前の職場でストレスがたまっていたせいか、仕事帰りにケーキ屋でケーキを3、4個買って一人で食べる生活をしていたせいです。
「うわあ……ケーキって、バイキングのときならまだしも、普通の時はそんなに食べられないんですけど」
「それが食べられたんですよ。目の前にたくさん並んでるのが嬉しいってかんじで」
なるほど、そういう生活をしていたひとが断食すると、確かに総合的に目盛りが真ん中のバランスのとれたラインに向かう気がするなあ。
ミヤコさん「職場のお昼は毎日ほか弁だったんですけど」
私「それもあまりバランス良くないですね」
ミヤコさん「しかも私、ほか弁で気に入ったメニューを毎日毎日、飽きるまで続けて頼む習慣があって」
私「えっ。ほか弁メニューの中でいろいろ頼むんじゃなくて?」
ミヤコさん「そうじゃなくて。同じやつを連続で。またこれがなかなか飽きなくて」
ええーっ、それ院長先生の「バランス健康理論」の逆じゃないか。


そんな話をしていると、ヒロシマさんが娯楽室にやってきました。
「電話がかかってきたから、静座は出られなくて。ご一緒していい?」
「どうぞどうぞ」
またしてもとりとめのない雑談だったのですが、その中で印象に残った話を一つ。
「○○くんはね、昔すごい肥満児だったんだけど、その頃おやつにラーメンを一杯食べたりとか、アイスクリームのときはホームパックを一箱丸ごと食べたりしていたんですって」
うーん、世の中、いろんな食生活のひとがいるなあ。
ヒロシマさんは明日から四日間続く本断食が開始されます。
ぜひ挫けずがんばって欲しいものです。


部屋に戻った後は、眠くなるまで『風と共に去りぬ』を読みました。
現在二巻。滞在日数も残り四日。できれば今日中に二巻を読み終えて、明日中に三、四巻を片づけてしまいたいのです。
なぜなら娯楽室でまた読みたい本を見つけてしまったから。
回復食が始まって身体に力が戻ってきたら、読書したい意欲も増してきたような気がします。


……などと思っていたのですが、二巻の五分の三を越えたあたりで、ついに睡魔が。無念です。
おやすみなさい。
(十一日目へ)