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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

大会一日目

ホテルの食堂で日本人数人と朝食をとっていると、××がひとり、早めに部屋に引き上げました。
「いよいよ今日が出番だからな……緊張しているだろ、彼も?」
テンドーさんに尋ねられ、私は頷きました。
「というか、基本的に今、FISM以外の世間話をすると、怒られるんですよ。集中の妨げになるから。別れたカップルが再会すれば、口論の一つや二つや三つや四つ、起こりそうなもんですが、その余地すらございません。マジック以外の事柄は、全て許されないのでございます」
「あははは、その状態で同室かよ!? あんたもつきあいイイな!」
「ねえ? でもほらー、一度FISM来たかったから。マジックやる人間の、アコガレでしょ。とりあえず、早くコンテスト終わらないかなー。せめて世間話は解禁したいっすよ」
「ほんとになー、おれも今、馬鹿話控えてるからな。早く馬鹿話したいよ」
「ええっ、テンドーさん、大丈夫、今現在、既にじゅうぶん馬鹿話してますよ?」
「ま、とにかくあと数時間だ。コンテストは午前中なんだから」


そんな会話の後、部屋に戻り、私は××の練習に付き合いました。これもあと数時間のことです。


十時半頃に会場入り。
コンテストの開始は十一時半からですので、それまではテンドーさんのディーラーブースで、アイテム販売の手伝いをします。
「テンドーさん、商品にまず値段をつけなきゃ」
「わかってるけど、それが大変なんだよ。待ってくれ、今計算するから」


スウェーデンで使われている通貨はクローネ Krona(略号はSEK)。
それでは全ての商品にクローネで値段をつければいいかというと、話はそれほど簡単ではないのです。
テンドーさんは海外で活躍することが多いので、ユーロやUSドルはよく使うのですが、スウェーデンにはそれほど来ないので、クローネは滅多に使わない。
ならば、クローネよりもユーロやドルで払って貰える方が、テンドーさんは嬉しいのです。クローネはそのままでは使えないので両替しなくてはならず、両替商を儲けさせるだけだけど(おまけにクローネ→円の両替は、レートの関係で不利になりやすいらしい)、ユーロやドルは、そのまま持っていても使えるから。もちろん、ユーロやUSドルよりも、もっと嬉しいのは、日本円です。


ブースを利用する客の側も、レートの関係で、手持ちの現金をすべてクローネに換えている人は滅多におらず、ユーロの取引を持ちかけてくる人が多いのです。


というわけで今回、商品一つ一つに、USドル、ユーロ、クローネ、それぞれの値段を付けることになり、計算しているうちに、だんだん脳みそがオーバーヒートし始めます。
たまに日本人の客がブースに立ち寄って日本円での取引をすると、今度は日本円の感覚がよくわからなくなってきたりするので、もう現場は大混乱。
問題は通貨だけではなく、商品説明を英語で行うのも厄介だし(一日目は特に頭が英語モードになれなくて辛い)、そのうち日本人の客にまで”Hi! This is very beautiful canes….”などと英語で話しかけそうになる始末。


そうこうしているうちに、コンテストの開始が近づいてきたので、××と私は、ブースを離脱。××は控え室に向かい、私は客席に落ち着きました。
コンテストは今日だけではなく、これから毎日行われます。クロースアップ部門だけで、51人の参加者がいますから、いっぺんに行うわけにはいかないのです。今日のコンテストの演技者は8人。××の出番は、6番目です。


コンテストを見ている最中に、面白いことに気付きました。
出場マジシャンの演技に対して、必ず大げさな反応を返す観客が存在するのです。ジョークには大笑い、不思議なことがあれば大声で賞賛、拍手は腕がちぎれそうな勢いで行い、更に足まで踏み鳴らすようなひとたち。
「……そこまでこの演技、素晴らしいかぁ?」
などと不思議に思っていたのですが、やがてその疑問は氷解しました。


出場マジシャンが最後に頭を下げて退場すると、そういう大げさな観客も、退場することが多いのです。
そして次のマジシャンが現れると、さっきまで大騒ぎしていたひとたちとは別のひとが大騒ぎし始め、その後退場するかんじ。
要するに、自分たちと同じ国のマジシャンが出場するときだけ会場につめかけて、大げさに応援し、それが終わると引き上げてしまうひとが、けっこういるんですね。
ただ、マジックの世界では、観客の反応も、一つの大きな審査基準になりますから、この応援団の存在は、実はけっこう大きい。
「××は日本人だからな……応援してくださる日本人の観客は大勢いらっしゃるだろうけど、シャイな日本人は、それほど大騒ぎはしないだろう……考えようによってはこの勝負、日本人は日本人であるというだけで、ちょっと損なのかも」
などと考えているうちに、いよいよ××の出番が。慌てて舞台袖に向かいます。演技直前に、テンドーさんと私で、××のちょっとしたアシストをすることになっているのです。


テンドーさんと私が引っ込み、とうとう××の演技が開始しました。


率直に言って、今日の××の演技は、たいへん素晴らしかったです。
練習で見たどの回よりも素晴らしかった。
英語のトークはスムーズに、他の出場者たちにひけをとらないレベルでこなせていましたし、テクニックもじゅうぶん、ジョークはすべて大受け、驚いて欲しい箇所では客席全体が思い切りどよめき、とにかく全体的に、ものすごく受けていました。
満足げな表情で退場する××。
私はその姿を見ながら、思わず涙ぐみそうになりました。もしも××が本番で失敗するようなことがあれば、落ち込んだ彼と同室で過ごさなきゃならないこの先の旅行が、どんだけ辛くなるだろうと考えて不安でしょうがなかったけど、無事成功したよ。よかった、本当に、成功してくれてよかった。こっちの気も楽になったぜ!


その後はずっと、ブースで物売りをしながら過ごしました。
××のもとには、コンテストを見ていた世界各国の観客たちがしょっちゅうやってきては、
「すばらしかった」
「君が優勝できるかどうかはわからない。けれど、君の演技が良いモノだったことはわかるよ」
「サインをください。あなたの演技は、とても好きです」
などと口々に賞賛します。××、めっちゃ嬉しそう。


18時からの、”Nordic Show”と銘打った、北欧のマジシャンたちでずらりと勢揃いする、オープニングショーを見て、本日の締め。
往年の名マジシャン、フィン・ジョンの演技を観ることが出来たのが嬉しすぎる。なんであんなにかっこいいんだ、あのおじさん。
他の出演マジシャンも素晴らしい方が多くて、感想を書いているときりがないんですが、思えばこの文も既にかなり長文ですので、ここで切り上げ。


20時頃に部屋に戻った××と私は、疲労のため、夕食をとらずにそのまま寝てしまいました。その後夜中に私だけ目を覚まして、このブログを書いたわけです。書き終わったことだし、ここでまた寝ます。日本は今、朝の十時頃ですけど、こっちは夜中の三時です。
その割に、ホテルの外ではずっと音楽がかかっていて、にぎやかな人の声がしていますけどね。白夜だからかしら?