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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

断食道場は奈良にある

「毎日記録をつけて、一日一回携帯使ってネット接続。そのときに記録をアップする」
という目標を立てていた私は、携帯のドライバがPCにインストール出来ないという間抜けな理由で、二日ほどネット断ちしていました。
でも今日、大阪在住の妹の大活躍で、ドライバをなんとか入手。
書きためた記録を二日分アップします。長いうえに全然面白くないです。断食道場がどんなものか知りたい方だけが、先に進むことにしましょう。

ちゃんと初日を振り返る

15時半頃入所して、その後16時20分頃には夕食が出ました。
茶碗いっぱいのお粥。ジャガイモの煮たのが二きれ。薄く切った筍と鰹節の煮たものが少し。煮豆が小皿に一皿。
これが夕食です。
ジャガイモは一切れがかなり大きく、意外とボリュームがありました。
きちんとした日本の家庭料理の味。おいしいです。
全体の量はそれほど多くありませんが、煮豆を一粒ずつ箸でつまんで食べたので、意外と時間がかかりました。おかげで満足感もそれなりに得ることができました。
けれど。
この量が徐々に減らされ、翌々日には本断食に突入することになるのです。
私は本断食は滞在期間の真ん中あたりに行われるものだと勝手に思いこんでいたので、早くも三日目に断食が始まると知って、無駄に動揺してしまい
「ええっ、急過ぎます。緊張するんですけど」
などと口走って、「緊張せんでええのに」と院長に笑われました。


18時。娯楽室で静座が行われます。
院長の指示で般若心経を唱和し、その後「静座の辞」というのを皆で読み上げるのです。
「これは参加は強制じゃないけどね、生活にリズムが生まれるから、参加をおすすめしてます」
とにこやかに説明する院長。
「まっ、おれは宗教心は全くないけどね」
「全くないんですか?」
「そう。全くない。まあでも参加はしたほうがええよ」
私は、自分の心が俗世の垢にまみれきっていることにかけてはかなりの自信がありますから、断食修行によってもうちょい清らかな人間になりたい、という願いも抱いています。なるべく参加することにしました。
それに、こういうのに参加すると般若心経が覚えられるかもしれないしね! いざというとき般若心経が唱えられると、便利な気がするしね!!


静座のあとは、自由時間です。
入浴は順番に一人ずつ呼ばれて行うことになっているので、呼ばれるのを部屋で待ちます。
……なかなか呼ばれないなあ。
…………21時には消灯なのになあ。
………………もうちょっと待ってみよう。
あっ、21時過ぎた。
嘘。もしかして忘れられた?


もしかしなくても忘れられたっぽいのですが、なんだかそれを言いに行くのも気が引け、気分は悪いけど、今日は入浴を我慢することにしました。
それになにより、とても眠い。
最近寝不足気味だったせいか、入所してからやけに眠いのです。
もう駄目、寝る。おやすみなさい。

二日目

朝6時50分に、琴曲「春の海」のメロディが流れてきたので目を覚ましました。
朝の静座が7時からなので、慌てて身支度をし、広間に向かったのですが、私が入室する直前に「チーン」という音が室内から響き、院長が般若心経を読み上げ始めた声が聞こえました。
遅れて入っていくのって恥ずかしいので、参加を断念します。


7時20分頃に、部屋に朝食が運ばれてきました。
ここでは食事は部屋に運ばれてきたものを参加者が自室で食べるシステムになっています。皆で集まって食堂で食べるのだろうと予想していたので、ちょっと驚きましたが、考えてみると、断食中で水しか飲めない方や、退所直前の普通食に方が混ざって食事をするというのは、悲劇の種を蒔くことになりそうですよね。各自部屋で食べるというのは、その点非常に安全な気がします。
茶碗一杯のお粥。豆腐とわかめのみそ汁。小皿に入ったおかか
これが朝食です。確かに昨日の夕食よりも量が減っているようです。
みそ汁がおいしかったですが、おかかだけで味のない白粥を食べるのは、少し辛いような。全体の量は少ないのに、私はお粥をもてあましてしまいました。


昨日に引き続き、今日もたいへん眠いです。
外はきれいに晴れ渡って青空が広がり、ふとんに横たわって窓の外を眺めると、自分の身体が空の中に浮かんでいるような気がします。
療養所の周囲には緑が多いので、小鳥のさえずりがにぎやかで、とても気持ちが良い。
11時過ぎに昼食が運ばれてくるまで、部屋でうとうとしながら過ごしました。


昼食のメニュー。
茶碗いっぱいの粥。小皿に胡瓜の酢の物。小鉢におから。
どれもおいしかったです。私はおからが好きなので、嬉しかった。


食後、療養所の周囲を散歩してみることにしました。
本当は水を飲んでできるだけ動かないで過ごす方がよいらしいのですが、明日から本断食が始まれば本格的に動けなくなりますので、その前に外出してみたかったのです。
療養所は山の上のほうにあるので、足下に奈良の町並みが広がり、景色がたいへんすばらしい。
一時間ほどあちこちを歩き回りました。


散歩から帰ってしばらくたった14時過ぎ頃、「お風呂にどうぞ」と声がかかりました。
良かった、今日はわすれられなかった。散歩で汗もかいたから、ここで無視されたら本当に辛かった。
風呂上がりに浴室の脇の掲示を見ると、「本断食中は洗髪厳禁です。入浴も基本的に禁止です。申し出て許可を得た上で、シャワーのみ可」との文字が。
それでは私は、明日から風呂も入れないわけです。頭も洗えない。
楽しかったけど、明日は散歩はナシだなあ。汗かくもんなあ。


入浴後、コインランドリーで洗濯をしました。
本を読みながら洗い終わりを待ったのですが、景色の良い場所での読書はとても気分がよかったです。
今のところ、ごはんはおいしいし、のんびりゆったり過ごせています。
食事が少ないのでお腹は減るのですが、それもまだ辛さを感じるほどではないし、楽勝かも……と思っていたら。
「夕食です」
との声と共に運び込まれてきたものは。
コップ一杯の重湯。そして、梅干しが一粒。
それだけ。
ある程度覚悟していたことだったのに、一瞬声がでないくらいの衝撃。
たとえば昨年末、酷い風邪にかかって、食べたものを全部吐いたあのときも、私はもうちょっと食べ物らしいものを食べていたというのに。(そんなことだから断食道場に来ることになったのかなあ)


こ、これが本断食突入前最後の食事なのか……てかこれ、食事っていうかなあ……
この重湯と梅干しの記憶を頼りに、これからの六日間の本断食を乗り切るのか……


今までは食事が運ばれてきたときはすぐに手をつけていたのですが、今回はしばらくコップを見つめて過ごしました。重湯の表面からは、静かに湯気が上がっています。
そうだ。
写真を撮ろう。携帯で写真を撮って、知り合いにメールしよう。
そして私が味わった衝撃を、少しでも感じてもらおう。
というわけで五人ほどにメールを送信。
こういう時、きっとホストは「この辛さは君の顔を思い浮かべて乗り切るよ」とか殺し文句をちりばめたメールを送るんだろうな、という妄想が頭をよぎりましたが、私は一般人ですので、ごくフツウな文面のメールを送りました。
「あのひとにも送りたいなー、でも携帯のメアド知らないなー。PCなら知ってるんだけどなー。どうして携帯のメールをPCに送るのはふさわしくないような気がしちゃうのかなあ。この現象を研究してみたいな」
などと暇人のみが持ちうる研究意欲を抱きながら、いよいよ「いただきます」。


「うっ」
重湯に口をつけてすぐに、それが今までの粥とは違って、本当に「湯」に近いこと、するすると飲める液体で、食べ物っぽくないことにあらためて気付かされました。
たった十秒で飲めると噂のウィダーインだって、もっと濃いのに。
箸で梅干しの果肉を少しずつ摘んで食べました。ううっ、梅干しおいしいよう。
最後は梅干しの種をしゃぶりながら重湯を飲み干しました。
「これが最後の食事?」
とつぶやいた直後に以前見た例のニュース、
「断食などを含む食事療法を受けていた27歳女性が死亡し……」
というのが頭をよぎり、「最後=最期=死」という連想が起こったので慌てて
「これが断食前最後の食事? 終わったらまた重湯だうれしー。退所したらケーキ食べに行かなきゃ」
と無意味に言い直した私は、立派な日本人というか、言霊信者です。


食後しばらくすると、再び眠くなってきました。
本当に不思議なのですが、療養所に入ってからは、ちょっと気を抜くと眠くなるのです。
六時からの静座も不参加(二日目にして朝夕不参加か…)して、眠りました。
水分をたくさんとって、できるだけ動かないようにするよう指示されていますから、寝てばかりの私は模範的な入所者のはずです。


目が覚めると、かなりの空腹でした。
お腹がきゅるきゅる言ってます。よかった個室で。こんな腹の音、他人に聞かれるわけにいかないもの。
それにしても、お腹が空いたなあ……この空腹、満たせないんだよなあ、六日間も。
六日間! それって長くない? 大丈夫なの、私?
出発前は無邪気に「いい体験だよ」くらいに思っていたのに、いざ本番が近づいてくるとなんだかちょっとせつなくなってきました。


そうだ、こういうときは読書に限る。
『殺人の教室』は洗濯中に読み終わってしまったから、恩田陸先生の『黒と茶の幻想』を読もう。
恩田陸先生のいいところは、話の雰囲気作りがうまいとか、ヒキが強いとか色々あるけど、なんといっても食べ物がおいしそうなところがいいんだよね〜。
……って、駄目じゃん。今そんなの読むべきじゃないじゃん。


まだ七時か。夜は長いな。
そしてまだ二日目。この先も長い。
(三日目へ)

殺人の教室

「断食中、もっとも辛いのは空腹よりも退屈」
という話は聞いていたのですが、確かに時間は余ります。というわけで、本を読んだ感想も、まめにまとめていこうかと思います。
入所後読了した一冊目は『殺人の教室』。
宮部みゆき乙一奥田英朗ほかエンタメ達人10人の傑作だけを集めた必読の豪華アンソロジー」だそうです。
『鏡の家のアリス』と『犬 Dog』は既読でしたので、コストパフォーマンスはイマイチだったかも。
一番印象に残ったのは、緑川聖司先生の『見えない悪意』。この方の作品は初読です。
冒頭はいかにもな“日常の謎”系の雰囲気を漂わせ、主人公の女子大生はひとが好くて感傷的で本好きと、これまたいかにもなかんじ。私ははっきりと加納朋子先生(このアンソロジーにも参加なさっています)の『ななつのこ』を連想しました。*1
探偵役の若い男性のキャラクター造形も『ななつのこ』を思い出させるところがあります。
ああ、だからきっとこのお話も『ななつのこ』的な展開をするのね、と思っていたら、なんと。
ええーっ、そう来るか! というオチ。見事にしてやられました。短編がこういう味わいで終わるのは、けっこう好きです。
ただ、気になるのはこの作品、“日常の謎”系の作品を読んでいない方はどう感じるのかな、という点です。オチで味わう驚きの何割かは、「この展開、“日常の謎”系ぽくない!」というところから来ていると思うので。
また、純粋に“日常の謎”系の作品が好きな方が、この作品をどう受け取るのかも、興味があります。私の印象では“日常の謎”系の作品というのは、ミステリの中では柔らかく甘い味わいを持っていることが多いような気がするのですが、そのような作品を好む方々からすると、この『見えない悪意』はどう見えるのかな、というのが気になるのです。


他に気に入った作品は、伊坂幸太郎先生の『チルドレン』。
オチも読めませんでしたし、登場人物の造形も魅力的で、作品全体に漂う洒落た味わいは、この作者ならではのものだと思います。
奥田英朗先生の『いてもたっても』は、話がどこに向かうのかさっぱり見当がつかずにいるところで「えっ、そうおさめるの?」という驚きが味わえました。しかも、読んでる最中には想像できなかったほどに、意外とさわやかな読後感でした。


ところで、私はそれほど本格的なミステリ読みではありませんので、“日常の謎”系の作品というと、加納朋子先生の諸作品と、北村薫先生の「私」シリーズ、覆面作家シリーズ、それに坂木司先生のデビュー作である『青空の卵』くらいしか思い浮かばないのですが、他に面白い作品があったら、是非教えてください。


今のところ、自分の知っている“日常の謎”系では、北村薫先生の「私」シリーズが一番好きです。北村先生の文章には、すっきりとした品と美しさが備わっているように感じます。
北村作品に出てくるしなやかで凛とした女性たちは、私にとって理想に近いです。ああいうふうになりたいけど、得てして理想と現実はかけはれているものだということも、私は知っています。
かけはなれているから、憧れるんだよなあ。

*1:北村薫先生の「円紫さんと私」シリーズの「私」は、同じ本好きの女子大生であっても、ちょっと違う雰囲気がある