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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

五日目 本断食三日目

断食療養所に入所してからの私は部屋でごろごろして読書しているだけの女ですから、当然日記もツマラナイ! それでもよい、おれは断食に興味があってね、という方だけがこの先にお進みください。


いつものように、琴曲「春の海」で目が覚めました。
「うううう、眠い……静座休んで寝ていたい……でも起きなきゃ……ほんとうに?」
静座は強制ではないので、休んでも何の問題もないことに今更気付く私。
「いやいや、静座に参加しなきゃ、生活に区切りなさ過ぎだから!」
というわけで眠い身体をひきずって静座に参加しました。


静座を終えると、目がしゃっきり覚めてきました。見ると昨日一日中降り続けた雨は止み、外には日の光がさしています。
「良い天気やな」
と晴れやかに挨拶する院長先生。
「ほんとですねー」
と相槌を打ち、今日は洗濯と散歩をすることに決めました。


洗濯機の脇の石段に腰を下ろし、『インストール』を読みながら、洗濯が終わるのを待ちます。風もさわやかで気持ちが良いなあ、とあたりを見回すと……
「あっ」
私の脇を美女が通りました。
栗色の長い髪をふわりと風に揺らし、白い肌はあくまでもなめらか、大きな瞳がどこか猫を思わせる、はっきりとした顔立ちの、華やかな美女。
断食療養所にいる方々は、「とにかく楽な格好。部屋着で」と指示されているために、美女もまたスウェットスタイルでたぶんノーメイクなんですが、それでもその美は隠せない。
「ぜ、全然断食の必要ないじゃん。あんなに綺麗な自分に一体なんの不満が?」
と心底思いましたが、あれほどの美女はきっと常に高みを目指して努力しているからこそあの美が保たれるんでしょうね。彼女を見て「断食の必要ない」と私が思うのは、きっと私の目標値が低いからなんだわ、美女は美女らしく、高い目標を見据えているんだわ、と妙に納得するのでした。


部屋に戻って洗濯物を干し、『インストール』は読み終わったので、こち亀の3巻と41巻を読み、更にリリー・フランキー先生の『女子の生きざま』に手を出し、読了。
時計を見ると、まだ午前11時前です。
よし、散歩に行こう。


坂をゆったりと下って、周囲の景色を携帯のカメラで撮ります。療養所の周りは景色が良くて、町並みや建物にも風情があって、つい撮りたくなるのです。
「うーん、こういうのはやっぱ、携帯のカメラなんかじゃなく、デジカメで撮りたいよねえ。デジカメ欲しいなあ……さて、そろそろ引き返すか。帰りは上りだ」
と引き返しかけた私は、そこでびっくり。
「体力、落ちてる……」
身体が全身で「歩くのイヤ! 坂道なんて上りたくない」と訴えてくるのがわかります。
今まで全く感じなかった体力低下を初めて実感しました。
「とにかく身体を疲れさせちゃ駄目だ。息切れ厳禁。汗もなるべくかかないようにする」
という方針を立て、ゆっくりゆっくり歩きます。疲れた、と感じてからでは遅いような気がするので、疲れそうになっている自分に気付くたびに、木陰にしゃがんで、休みます。


しかも、ここ数日「身動きするとお腹が空く」状態だったのですから、じゅうぶん予想のついたことですが、散歩中、お腹が空くんです。
今日は起きてからあまり空腹を感じなかったのに、散歩し始めたら、途端に空腹の波状攻撃です。
胃腸工場の工員たちが、
「おい、身体が動いているぞ、どうやら散歩をしているようだ」
「なにっ、どうしてそんな行動をとれるんだ。ベルトコンベアはもうずっと空なのに!」
「許せん、抗議行動をするぞ」
という会話を交わしたらしいですねどうやら。
「しょ・く・じ! しょ・く・じ! 身体動かすなら、しょ・く・じ!」
というシュプレヒコールをあげるとそれが強烈な空腹感となって我が身を襲う、というのが私の抱いたイメージです。
うるさいなあ、君たちずっと忙しく働きづめで休暇もとれずにいたんだから、今回の断食は空前の大型休暇だと思って、南の島にバカンスに行けばいいじゃない……そんでフローズン・ダイキリでも飲めばいいじゃない。なんでそんなに仕事が好きなんだワーカホリックどもめ!
などと考えながら療養所に戻り、とりあえず水をコップ一杯飲んで、工員たちをごまかしてやりました。まあ正直、ごまかしきれてはいないんですが。
楽しかったのですが、本断食中の散歩は、もうしないほうがよさそうです。
回復食を食べ始めてから、また考えることにしましょう。


娯楽室で本を借りて、部屋に戻ったところで、
「シャワーどうぞ」
と声がかかりました。


やったー、散歩の直後のシャワーは嬉しい。喜び勇んで、浴室へ。
蛇口をひねり、お湯の温度を確かめてから、まず髪を濡らし……っておい!
「またやっちゃった。洗髪禁止なのに……」
学習を知らない自分には本当に愛想がつきるぜ、と思いながら過ごす悔恨のシャワータイム。
浴室脇の掲示に書かれた「洗髪禁止」の文字を見ないようにしながら部屋に戻りました。


部屋に戻って本を読んでいると、眠くてたまらなくなり、散歩の疲れかも、と思いながら昼寝。
目が覚めたところで水をコップに注ぎ、ひとくち飲むと……
「!? 甘いっ」
今まで飲んでいた水と全く同じ水なのに、味が驚くほど濃い。水がはっきりと甘いのです。
「おいしい……」
私はもともと空気と水の美味しさは自慢できます的ど田舎で育った人間ですので、良い水は本当においしいものであり、水には個性と味があるのだ、ということは、ある程度理解しているつもりでした。
といっても、『美味しんぼ』の一巻冒頭エピソードのように、三種類の水を出されて、それを味わって違いを言え、と言われてもできないだろうなあ、とは思っていましたが。粗雑な舌と神経の持ち主なので。
ですが、今の私なら。
「各種ミネラルウォーターの味の違いがわかるかも。味覚がたぶん、鋭くなっている」
断食を続ければ、自分の身体に変化があるだろうとは思っていましたが、水の味がこれほど濃く感じられるようになるとは、予想外でした。


18時。夕方の静座の時間。
今回の参加者は四人だけでした。しばらく前から静座参加者が減っているな、とは思っていたのです。入所者自体はもっと大勢いるようなのですが、強制参加ではないために、来ない方が多いのですね。
四人しかいないと仲間意識がわくのか、少しうち解けて会話しましたが、残念ながら私を雇ってくれそうな社長はいませんでした。


静座の後はごろごろ読書。
松本洋子先生の『魔物語』読了。松本洋子という名前、めちゃめちゃ懐かしい……私がうんと子どもの頃になかよしとかでホラー、サスペンス系列のマンガ描いていたひとだよね? けっこう好きだったのに、どこに行ってしまったのか……
『魔物語』も好きな味でした。いかにも少女漫画風の可愛らしい絵柄でおどろおどろしいって、素敵だ。
『チーズはどこに消えた?』読了。一時期世間で話題になっていた本ですので、「あれっていったいどういう内容だったの?」という興味を満たすために読みました。内容としてはビジネス、人生に対する心構えをわかりやすく説いたもので、たいへんタメになる内容だったように思います。私はそんなことより、作中に出てくるチーズ描写(といってもそれほどのもんじゃないんだけど)にすっかり脳がやられてしまい、「チーズ食べたい、チーズ食べたい、チーズ食べたい」とひたすら思いながら読んでしまったもので、作者の方もがっかりな読者だったなあと思います。
中島らもさんのラスト対談集『なれずもの』に手を出し、「らもさんの本はいくらでも読めるのに、対談だと読みづらいなあ」と思っているうちに睡魔が。
おやすみなさい。
(六日目へ)