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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

自分の敵は自分だけど味方も自分

睡眠中に尿意を催すと、トイレを探す夢を見ます。
見つかったと思うと人が長蛇の列をなしていたりやたら汚かったりしてまた別のトイレを探すことになり、そうこうするうちに目が覚めて現実のトイレに行って解決、というのがいつものパターンです。
あれって一種の夢の検閲なんですかね。欲望ほとばしるままに夢みちゃうとおねしょしちゃうから、そうならないようにしてくれてるんでしょうか。ありがたい話です。
でも私の検閲官、最近様子がおかしい気がするんですよね。


いえ、違います。検閲官を責めてはいません。そもそもの原因は私にあります。
思春期の頃の私は、ガラスを割ったりバイクを盗んだりはしなかったものの、やはり今よりは繊細だったのでしょう。
夢の中のトイレが汚いと、病気になりそうな気がして嫌でした。
たくさんの人がいる場所で用を足すということが妙に気恥しいので、行列には尻込みしました。
なのにね。今の私ときたら。
そういうの、全然気にならなくなってきてるんですわ。
「いざという時のために汚いトイレに慣れたほうがいい。わんぱくでもいいから逞しく育てよ私」
とか
「人間は一生、他人の心などわかるはずもない……私たちは一人で生き、一人で死んでいくが、この一瞬、この場にいる皆だけは同じ尿意を感じている。ので全然恥ずかしくない、むしろ素晴らしい」
とか、なんかそういう理屈が次々とわいて出て、その場にいる自分を全肯定しちゃうんです。
大人になるとどんどん自己欺瞞がうまくなりますからね。Don't trust anyone over thirty とか全くその通りだと思いますよ。
まあでもね、ほら。若者じゃない人間はこっからすげー大成長とかのぞめないわけですし? それなのにこんな自分は嫌とか思ったら、ただ絶望しちゃいそうですし? だったら自分で自分を肯定したほうが気分よく過ごせてトクよね?
というのが私の結論なんですけれども、この件に関してはまずい気がします。私の自己欺瞞がこれ以上熟達してしまったら、おねしょを防ぐ術がなくなってしまうのではないでしょうか。
検閲官の歯車が狂いつつあるとすればそれは、加齢と共に恥を脱ぎ捨てつつある私のパーソナリティのせいでしょう。


二年ほど前に見た夢の話です。
ハエがぶんぶん飛び交う簡易式トイレの中で私は、パンツを下ろしてしゃがみこみました。
途端にバン、と何かが炸裂するような音が響きました。爆破テロ、という言葉が脳裏を横切った次の瞬間、トイレの四面の壁がすべてはじけ飛びました。
行列に並んでいる人たちは皆ぽかんと口を開け、目を丸くしてこっちを見ています。
私は高速で立ちあがり、高速でパンツをはき直し、猛ダッシュでその場を去りました。ちょっと泣いていたかもしれません。
目を覚ました後私は、
「その手があったか」
と検閲官の手腕に感じ入りました。いくら図太くなったとはいえ、群衆の前のオープントイレという状況を肯定することは、私にはできませんでした。
そのときは、まだ。


昨日の明け方、私は久しぶりにトイレの夢を見ました。
やたらと長く、ロープで区切られながらうねうねと曲がりくねった行列に、私は並んでいました。最後尾付近にプラカードを持った人がうろついているあたり、どこぞの遊園地を思い出させます。
行列はしずしずと進み、廊下だの階段だのを通り抜けてやっとトイレの中に入ると、ハエは飛び交うわカマドウマはうろつくわゴキブリは走るわ、壁や床のあちこちに正体不明の茶色や黄色のシミがあって、とにかく臭くて汚い空間が広がっていました。
この時点で私は帰りたい気持ちになっていたのですが、ここまで長い行列をじっと耐え忍んでいたものですから「列を離れるなんてMOTTAINAI!」とどうしても思ってしまうのでした。
たぶん、検閲官もここまでは想定内だったんじゃないでしょうか。なので彼女は、素早く次の手を打ってきました。
「個室の仕切りがない……だと……?」
いくつかの洋式便器が床から直接にょきにょきと生えており、人々はためらう様子も見せずにそこに腰を下ろして用を足していきます。
オープントイレ作戦は、以前にも成功してますからね。検閲官の手腕は確かです。
(さすがに嫌だよコレエ)
げんなりしながらもMOTTAINAI精神に打ち勝てず、ぐずぐずと列に留まる私。
(でもみんな平気そうだな)
はい、ここです、ここがダメでした、そこに気づいちゃいけなかったんです。
そこで私は、中学時代の英語教師の留学話を思い出してしまったのです。
「あっちのトイレは日本に比べると個室の扉の下半分があいてることが多いんだよね。特に寮のトイレは扉の上の部分もがばっと空いてるから入っている人間の顔が丸見えで、すごく嫌だったなあ。みんな平気で用足しながら他の学生に挨拶したり、ばんばん会話したりしてて、なかなか馴染めなかった」
もしかするとこの先生の話が印象深かったからこそ、検閲官も夢トイレからなにかと仕切りを奪うのかもしれません。


(そっか。ここ日本じゃないんだきっと。だからみんな平気なんだ)
夢の中らしく、私の考えは大胆に飛躍しました。
(郷に入りては郷に従えだよね。それが異文化交流に必要なことなんだ。たぶん)
(ぼくらはみんな生きている、生きているからトイレ行く。トイレもまた生命の営み。無理に隠そうとしていた自分の感覚こそを、まず疑った方がいいのかもしれないな私は)
ああー、ついに。丸見えトイレすら肯定する理屈が、この瞬間に生まれてしまいました。
私が検閲官なら絶望しましたよね。そしてもうヤケクソになって、流れに任せていたかもしれない。
「じゃあもういいよ好きにしろ、後片付けはテメーでしやがれ!」
とか言い出して知らんぷりだったかもしれませんよ。とはいえまあ、検閲官もまた私ですから。他人事と割り切ることはできなかったのでしょう。
思いもよらぬ方向から、次の手を打ってきたのです。


「ねえーん、どうしたのあなたそんなところで?」
すけすけでレースたっぷりでエロエロしい。そんなスリップを着た美女が突然あらわれ、私に声をかけてきました。
「え、いや、トイレに並んでるですけど」
「そんなことよりぃ、もっとイイコトしましょうよお?」
なぜかすぐ近くに椅子が出現し、そこに腰を下ろした美女が長くかたちのよい脚を思わせぶりに組み替えました。
恐らくこの時点でパニック気味だった検閲官は、「誘惑」のテンプレートを参考に美女を作りだし、私をトイレから連れ出そうとしたんだと思います。
たった一つ、彼女が見落としていたのは私がヘテロセクシャルな女だったという点でした。
「今すげートイレ行きたいから無理です」
ぜんぜん心動かされない私。
「えええーん、けちぃ」
「そう言われましても。困ったな」
「こまらないでよう」
「わたしたちといっしょにきてよう」
美女はいつの間にか三人に増えてました。検閲官のヤケクソぶりがうかがえます。鳴かぬなら増やしてみようホトトギス的な力技ですね。


意外にも、この手は有効でした。チャーリーズエンジェルとか、けいおんとか、キャッツアイとか、見目麗しい女性が集まって仲良さそうにしている構図に、私は異常に弱いのです。きゃっきゃっうふふしてる美女たちを見ると、多幸感がほとばしるのを感じます。コンディションによっては、けいおんのオープニングを見ながら感極まって涙をこぼします。自分で書いててなんか気持ち悪いなコイツって思いました。
「いいことってなんなんですか?」
そんなわけで私は、ちょっぴり浮き立つ気持ちで美女たちに話しかけました。
「ケーキバイキングよん!」
「それは確かにイイコトですね……」
「ケーキ以外のあらゆる美味も揃ってるのよん。焼き肉もトンカツもすき焼きも」
「それってもうケーキバイキングじゃないんじゃ」
このあたりで美女三人は私の前に顔を並べ、一気にまくしたてはじめました。
「全部作りたて揚げたてよん! 名人が目の前で天ぷらをあげるわよん!」
「なのにローカロリー! いっくら食べても太らない!」
「おまけにタダ! あなたはわたしたちに選ばれたから! とてもラッキー!」
私はつばを飲み込みました。
「すばらしい、そんな夢のような話があるなんて……でもトイレ行きたいんですよね。すごく。トイレの後じゃダメですか?」


幼い頃私は、
「見知らぬ人に声をかけられてもついていってはいけません。お菓子をあげると言われてもだめです」
とか周りの大人に言われて、
「おかしにつられるとか、わたしそんなにばかじゃないよー」
とか思っていたんですけど、大人になったらバカになっちゃった気がします。菓子だの美味だのに釣られまくりです。
「だめようん。今すぐいかなきゃあ」
「だとすると残念ですがそのお誘いは断るしかないのかも……残念ですけど……」
「んまあ、もったいないのねえ。この季節ならではの各種期間限定・数量限定メニューがたっくさんあるのにい」
「限定! それは行かないとMOTTTAINAI! 限定ならば、行かざるをえない!」
こうして私はそのまま限定限定連呼しながらふらふらと美女たちと一緒に歩きだし、ぶじおねしょの危機は回避されました。


「あんな手も、ありなんだ……」
ぱんぱんの膀胱を抱えて起き上がった私は、現実のトイレに向かいながら、思わずさみしいかんじで呟いてしまいましたよね。
私ってバカだなあって、心底思いました。
自分を誘惑するためにエロ美女を作りだすという検閲官の短絡的な発想。さらに増やすという安易さ。
うさんくさい誘いにもまんまと乗ってしまう食い意地の張りっぷり。
期間限定という言葉におそろしく簡単に釣られてしまうあたり悲しいほどに小市民ですし、全体的に人間としての器があまりにもトゥースモールな気がしました。
おのれの愚かさをじっくりと
噛みしめた私は、危うく自己嫌悪の深い海に沈んでしまうところでしたけど、ほら。無駄にトシ食ってませんから。
「ま、いっか。考えてみれば欲望に対して素直ってことだわコレ。複雑化する現代社会ではきっと、そういうシンプルイズベストな発想こそが、しばしばベストソリューションを導くような気がしないでもないしね」
適当にカタカナ言葉を操りながら私は顔を洗い、
「あったま、からっぽのほーうがー、ゆーめつめこめるー」
と歌いながらごしごしタオルで顔をこすったりしたんでした。。