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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

なりたいものとなれるものはチガウらしいねどうやら

友人のセキゼキさん(仮名)と喫茶店に行ったときのこと。


「おれはね、昔、非情な人間になりたかったんだ。なれると思っていた」
「ああ、確かに、初めて会った頃はちょっとそんなかんじだったね。なんかやさぐれた雰囲気を漂わせていたような? しっかし非情な男ってのは、変わった目標だよなあ」
「自分には非情な素質があると思っていたしね。まあそれも勘違いで、結局諦めるしかなかったわけなんだけど」
「非情な男になるのを諦めたの? なんで?」
「うーん、そうねえ、理由は一応あってねえ……」
セキゼキさんがそう言いかけたところで、ウエイトレスがコーヒーを持って現れ、会話は中断されました。


「んん、いい香り」
「ここのコーヒー、予想より美味いな」
呟きながらセキゼキさんが砂糖壺を開けました。
「ああっ」
「どうした?」
「虫が、虫があっ、虫がいるんだ、この中に」
私は砂糖壺をのぞきこみました。確かに小さな、点のような羽虫が、そこにいます。
私はコーヒーに砂糖入れない人間だから関係ないけど、セキゼキさんはこれから店員を呼んで砂糖壺を取り替えて貰うのかねえ、などと考えていると。
セキゼキさんははっとした顔つきで、周囲を見回しました。
「大変だシロイ、この喫茶店、もうすぐ閉店だぞ」
「そうだね。それが?」
「ということは、おれがこのまま砂糖壺の蓋を閉めたら、虫は閉じこめられて出られなくなり、死んでしまう! 助けなきゃ!!」


必死の形相でスプーンを掴み、虫を救い出そうとするセキゼキさん。
「逃げるな馬鹿、おれを信じろ。おれがお前をそこから出してやる! だからじっとしてろおおおおお……よし、そうだ、そこにいろ、よーしよーし、やったあああああ」
虫が無事砂糖壺から飛び出すと、セキゼキさんは満足げな笑みを浮かべました。一仕事終えた男の顔です。


「で、何の話してたんだっけ?」
「セキゼキさんが、非情な男になりたかったけど、それを諦めたって話。なぜ諦めたか、その理由を聞こうとしていたの」
「ああそう、非情な人間、他人の苦しみを気にしない人間に、おれはなりたかったんだけどさ……って、あああああ!?」
「ちょっと、今度はなんだよ?」
「虫が、虫があっ、今度はコーヒーの中に!」
見ると、コーヒーの液面に、溺死した虫の亡骸が浮いています。


今度こそセキゼキさん、店員を呼ぶんだろうな……そしてコーヒーを取り替えて貰うんだろうな。


そう考えた私が、店員の姿を求めて、店内を見渡そうとしたとき、セキゼキさんは悲しげに呟きました。
「馬鹿だなお前……せっかく砂糖壺から逃げ出したのにな……なんでコーヒーに飛び込んじゃうんだよ? なんでっ、自分から死んじゃうんだよ!? バカヤロウ……バカヤロウ……」
超しんみりした表情で今は亡き虫に語りかけるセキゼキさん。
それから彼はスプーンでそっと虫をすくって紙ナプキンの上にその亡骸を横たえると、沈痛な表情でナプキンをたたみました。


「で、なんの話してたんだっけ?」
「他人の苦しみを一切気にしない非情な男になりたかったセキゼキさんが、なぜそれを諦めたか、その理由を聞くことになっていました」
「ああ、そうそう、そうだった」
「でも、もういいよ」
「もういい?」
「うん。君が非情な男になるのは無理だってことは、諦めるしかなかったってことは、説明して貰うまでもなく、なんかすげーよくワカッタから」
「ふーん、そう? なんで急にわかられちゃったんだろ」


なんで人間って、自分に適性のない分野に憧れたりするんでしょうね。不思議。