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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

ア・リトル怖い話

かつて経験した、ちょっと怖かった話をします。それは裏返せば、ちょっとしか怖くなかった話でもあるのですが。


学生時代。
一人暮らしのアパートで夢うつつの中、「キィーッ(しばらく間)……パタン」という音が聞こえたような気がしたことがありました。
(新聞配達の人が来たんだな)
その時はそう思ったのですが、その後起床して家を出ようとドアに手を掛けると。
「……開いてる? 鍵が、かかってない」


「前夜、君は絶対に鍵をしめたと誓えるのかね?」
他人様に尋ねられたとすれば
「誓えません」
と答えるしかない状況ではありました。鍵を掛けるというのは、あまりにも日常にありふれた行為で、一回一回心にしかと留めるようなものではなかったのですから。指さし確認とか、しないしさあ。


しかし、
「それでは君は前の晩、鍵を掛けなかったのだね?」
と問われれば、
「それは違います」
と答えたことでしょう。


私は一人暮らしを開始してからその日まで、部屋に入ってから鍵をかけ忘れたことが一度もなかったからです。
ドアを閉め、鍵をかける、それは一連の反射的な行為として身体に染みついていて、特に意識せずとも常に鍵は掛けていた。
それなのにその時に限って私が鍵をかけ忘れたという可能性は、非常に低いとしか思えなかった。


「それでは君以外の誰かが部屋の鍵を開けた? そんな可能性はあり得るのかね」
「わかりません。ただ、私は自分のアパートを管理している不動産の鍵の管理がたいへん杜撰であることを知っています。私が以前、鍵をなくして合い鍵を借りに行ったときも、身元を照会されることはなかった。彼らは眼前の人物が店子であるかどうか確認せずに、合い鍵を渡してくれたのです。
そして私は二日前の夜、近所のコンビニからこのアパートまで、見知らぬ男性に後をつけられ、声をかけられました。あの場では紳士的に去ってくれた彼を疑うのは嫌な気持ちがしますが、もしかしたら鍵の開いているドアと彼の間には、何らかの関係があるのかもしれません」
「ふむ。それでは更に問うぞ。仮に君以外の誰かがドアの鍵を開けた可能性があるのなら、どうしてその誰かはドアを開けてからすぐに閉めた? 何のためにそんなことを?」


私はドアノブに手を掛けたまま、玄関を見おろしました。


そのアパートには靴箱というものが存在せず、私は玄関スペースに自分の手持ちの靴を何足も出しっぱなしにしていました。
パンプス、サンダル、ローファー、スニーカー、その他諸々。
その中には、若い女の持ち物にふさわしくない、やけに無骨なデザインの革靴や、やけにごついスニーカーもありました。


そして私の足はでかい。靴屋で靴を探すのに少しばかり苦労をするほどのでかさです。
以前好きだった男性の足のサイズが自分よりも小さいことに気付いてショックをかみしめたことがあるほどのでかさです。


「こりゃあ、女の一人暮らしの玄関じゃないや」
私は呟きました。
「こりゃあ、部屋で飲み会が行われているときの乱雑な玄関だよ。男も女も、何人も来てるよ……つーか、整理整頓という概念ないの、シロイさん? あと、足でかすぎ。あのローファーとかあまりにもごつすぎ。完全に男物にしか見えない。せめてデザインをもうちょっとフェミニンにしないと」


しかしまあ。
誰かが本当に私の部屋の玄関を開けたのかどうか解りませんが、仮にそんな存在がそのとき、いたのだとしたら。
私の身を守ったのは、私の足の不必要なでかさと、私の玄関の乱雑な散らかり具合と、私のごつすぎる靴選びのセンスだったわけです。


どれひとつとして望ましい要素はないのですが、むしろマイナス要素ばかりなのですが、(だからこそ現在、「シロイ晩婚ウイルス罹患説」が重みを増して感じられるのですが)そのマイナス要素たちが私を救ったかもしれない?


「あたしこのままでいいんだ!」
「無骨なローファーのままで、乱雑で散らかった玄関のままで、ごついスニーカーのままで。足のサイズは元々どうしようもなかったし!」
「このままでいいんだ、このままでいいんだ、このままでいいんだあああ」


私は突然「このままでいいじゃないか、あんぜんだもの」と相田みつお風に悟りを開き、本当にそのままの人間になってしまいました。


……そして、今に至る。
開いたかどうだか判らないドアや鍵よりも、晩婚ウイルスのほうが余程怖いことに気付きながら。
あのとき。あの「キィーッ(しばらくの間)……パタン」という音は。
結果的に、今の私をもたらしてしまった。今の、この駄目駄目な私を。
そう思うと、あの音は怖かった、それなりに怖かった、と思ってしまうのです。
そんな話。