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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

365日分のスイーツ

すごくつまらない話を吐き出すために書いた日記です。長文だし。明日に希望のある老若男女は読まずに引き返すが吉でしょう。

遠い昔のオハナシ

「ただいま。牛乳プリンを買ってきたから、冷蔵庫で冷やして、後で一緒に食べよー」
「おかえり。ケイキは最近、甘いものをよく買って来るようになったね? なんか悪いな」
「悪くなんてないよ。だって全部、コンビニで買ってるし。高いものは買ってないのだ」
「不思議だなあ。ケイキって前はコンビニデザートそこまで好きではなかったよね?」
「うん、違った。そもそもそれほど甘いもの、買わなかったしね」
「じゃあなんで変わったの?」
「……いや、それ聞かれると。困るとゆーか、言いたくないつーか、ああ、でも隠すのも変だしなあ……うーん……だからつまり、君って実は甘味を食べない甘味好きじゃない? ほんとは甘いもの大好きなのに、ケーキ屋とか行かないし。パフェとか食べないし」
「男が一人でケーキ屋行ったりパフェ食べたりするのは、すごく恥ずかしいんだよ! 今はケイキがいるから、助かってるけどね」
「だから、そこだよ。それが気になったわけ」
「? どーゆーこと?」
「ごくたまに、甘いものが欲しくて欲しくて仕方なくなるときが、私にもあって。そういうときって大抵、調子が悪いときなんだよ。疲れてる、苛々してる、悲しい。そういうときに食べる甘いものは、心をすーっとほぐしてくれる。そういう経験あるでしょ?」
「そうだね、そういうことはあるね」
「君はさ、疲れて、悲しくて、苛々していても、恥ずかしくて甘いものが食べられないんでしょ? 私がいるときなら、二人でどこかに行けるけど、私は君のそばにずっといられるわけじゃないしねえ。だから私は、君が一人でもスイーツを手に入れられる人間になるといいなあ、と思ったわけです」
「そんなことを考えていたんだ」
「コンビニでスイーツを買うのは、あんまり恥ずかしくないでしょ? 私が買ったスイーツの味を、君が覚える。そうすれば君は、スイーツの欲しい夜、近所のコンビニに駆け込んで、気に入ったものを買ってくるかもしれない。365日、24時間、いつでも開いてるのが、コンビニのいいところで。それを思うと、私は少し安心できるんだ」
「……ありがとう」
「いや、礼を言われることではないっていうか、私が勝手にやってることだし、そもそも自分で言っていて、すごく鬱陶しくて恥ずかしいぞコレ! やばいやばい、聞かなかったことにして。何も考えずにさっさと牛乳プリンを食べなさい!!」
「鬱陶しくはないって。ケイキは時々、とても嬉しくなることを、言ってくれるね?」

そして、現在。正確には昨日

段ボール箱をガムテープで閉じながら、私はため息を吐きました。
かつて自分が暮らしていたアパートの部屋を見回します。よそよそしくて、懐かしい場所。
日中、彼が家を空けている間に私が荷造りをして、それが終わったら家を出て、彼に連絡を入れるというのが、私たちの取り決めでした。
その荷造りも、もうすぐ終わる。


「喉が渇くな……何か無断で、頂こう」
私は冷蔵庫の扉を開け、そこで手を止めました。
がらんとした冷蔵庫の中にはゼリーが二つありました。グレープフルーツと、葡萄。
九年間。スイーツを買って帰るのは最後まで、私の役目だったのですけれど。
「自分で買えるようになったのか……」
彼が今どのような気持ちで生活しているのか、私は知りません。元気で幸せに暮らしているとしても、辛い気持ちでいるのだとしても、私は結局うちのめされる。だからそう、知らないほうがよいのでしょう。
「私が傍にいないときもあるからね……これからずっと、いないからね……」
ただ一つ、確実に言えることは、悲しまずに生きられる人間は居ないということです。誰もそこからは逃げられない。だからこそ私たちは、悲しみに対抗する手段を探すのです。
その一つがたとえば、コンビニの棚に並ぶ色鮮やかなスイーツだったりするわけで。


悲しいとき、辛いとき、苛々しているとき、少しでも助けになれる人間に、私はなりたかったんだよなあ。
九年間。そのつもりでがんばっていたはずだったのに。
最後には結局私が、私こそが、重荷になっていたんだよね。別れを切り出されるというのは、そういうことだ。
それを思うと、自分なんて無力なんだろう、自分の頑張りはなんて無意味なんだろう、私はきっと世界一役立たずな人間だ、なんて考えない方がいいところに思考が行き着いてしまうのだけれど。


冷蔵庫の中で、彼を慰めるために彼の帰りを待つ、甘いゼリー。
彼はこういうものを、自分で買える人間になれたのです。


だからきっと、だからやっぱり、九年間は無駄な月日ではなかったのでしょう。
私が彼のためになれたことも、少しはあったのでしょう。
少なくとも、私はそう思いたい。だから、そう思うことにします。


幸せになって欲しいなんて、そんなことは今、考えられないのが正直な話。だけど不幸になって欲しいわけでもないというのも本当。
達者で暮らせよ。甘いものを食べ過ぎてぶくぶく太ったりしないでね。それはそれで面白いけどさ。でもやっぱり気をつけて。


365日分のスイーツが、君を守ってくれますように。




荷造りはもう終わる。私がこの場所に帰ってくることも、もうすぐなくなる。
私はかばんを拾い上げ、段ボールを部屋の隅に押しやって、部屋を出ました。











さよならわたしの、甘い生活
時折懐かしむことを、許して欲しい。