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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

二人目。カイちゃん(仮名)とそのまわりのおはなし その3

長々と続けてまいりましたモシノセ・カイ(仮名)ちゃんのお話は、本日完結いたします。
その1はコチラその2はコチラでございますので、よろしくお願い致します。

クモの巣で散歩

カイちゃんがサークルに顔を出すことはますます減り、二年の秋から三年の夏にかけての頃は、カイちゃんがどこで何をやっているのか、サークル内で把握しているメンバーは最早ほとんどいない状態になっていました。
たまにサークルに顔を出すと見知らぬ男性と二人連れだっりするんですが、その男性たちの顔ぶれも時々変わる上に肩書きが「友達」だったり「彼氏」だったり「元彼」だったりフクザツで、何がなんだかよくわかりません。
サークルをやめることも華やかな恋愛遍歴も、すべて個人の自由ですから別にどうでもいいのですが、カイちゃんの場合は、ちょっと問題があったんでした。


「カイちゃんと連絡がとれない! いっつも留守電だし、昨日とか家に行ってもいないし」
「あれ? 昨日ってカイちゃん、ずっと家にいたはずだよ? 夜、ぼくがバイトしてるコンビニにきて、『今日は一日中家にこもってたから、息が詰まっちゃいましたー』とか言ってたよ」
「うそっ? だってあたし、居留守かもしれないと思って、何回もチャイム鳴らしたんですよ! 電気のメーターも確かめて、昨日一日で三回もカイちゃんのアパート行ったのに……」
「なにその張り込み中の刑事みたいの」
「実はあたし、カイちゃんにフォーマル用の靴とバッグを、貸してるんです。来月姉の結婚式があるから、もう返してもらわないと困るんですけど……」
「あーそういえば○○もカイちゃんに貸したCDが返ってこないとか、ぼやいてたなあ」
これまでの経験から言って、カイちゃんにモノを貸すのは危険かもしれないということは、みな薄々わかってはいました。
ですが、カイちゃんのほうが一枚上手でした。渋る相手を説得するのが、彼女はとてもうまかったのです。
ゆえに「カイちゃんがどこで何しててもどうでもいい。個人の自由」とは、なかなか言いきれない状況でした。


そんな会話を横で聞いている間、私の頭の中では一つの疑問が、ぐるぐると回っていました。
(現実の人間関係って、リセットボタン押せる数に限りあるよね……?)
テレビゲームは好きなだけ何回でもリセットすればいいわけですが、同じ感覚を現実に持ち込めば、すぐに行き詰ってしまうでしょう。
(カイちゃんのリセットボタンは、あと何回押せるんだ?)


ある晩、またしても私のバイト先に、ふらっとカイちゃんが現れました。
「わー、シロイさんの助手席ひさしぶりー。うれしー」
カイちゃんは上機嫌で、にこにこしていて、一見元気そうではありましたが。
(痩せたよな? 顔色もちょっとよくないような)
(あー、でもわからん、気のせいかも。夜の車内は暗いからなー)
(今日はなにしに来たんだろう? なにか悩みがあるふうでもないし……)
私がぐだぐだ考えていると、カイちゃんがはずんだ口調で言いました。
「シロイさんて、ホームページとかやってるんですって?」
「げっ。なにそれどこ情報?」
「あ、いいですよーべつに、無理に見たりしません! それより実はわたし今、掲示板にはまってるんですけど」
それからカイちゃんは、インターネットで自分がどんな活動をしているかという話を、すごい勢いで始めました。
(そっか、ネットの話ができるひとが欲しくて、私のとこに来たのか)
そんな風に納得した私は、とりあえずカイちゃんの話に耳を傾けました。


「なんかー、わたしがやってるのはー、綺麗な夜景を見に行くのが好きな人たちがあつまる掲示板なんですけどー、たのしいんですけどーちょっと困ること多くてー。
社会人が多くて、みなさん優しくしてくださるのは嬉しいんですけどー、いろいろおごってくれるしー、なんかわたし、モテるんですかねー? なんでですかねー? ただちょっとみんながっつきすぎでー、そこ困っててー。
わたしはただ夜景見たいだけでー。誘ってもらえたから一緒に行くだけなのにー、ごはんとかお酒とか奢ってもらって、こんなにいろいろしてもらうと悪いなーって、すごく思ってー。みんな優しすぎっていうか必死すぎっていうかー」


(なるほど、インターネットという手があったか)
私は深く納得しました。
インターネットの人間関係ならばリセットは簡単、何度でも繰り返すことが出来ます。カイちゃんがはまるのは理の当然とも言えましたが。
(だけどネットの場合、リセットかけてくるのはカイちゃんの側だけじゃないんだぞ)
これまで彼女が渡り歩いてきた場では、カイちゃん以外はみな、これからも同じ場所に留まる予定の人たちでした。
その場に長くいるつもりの人は大抵、あまり無茶をしません。悪評が立てば自分が生きづらくなるからです。
リセットが容易な場所には当然、カイちゃん自身がそうであるように、「リセットが容易だからこそ」集まった人が一定数含まれていることでしょう。


「カイちゃん。ちょっとそういうの、やめなさい」
私の言葉は、何の意味もなしません。それは今に始まったことではなくずっと前からそうで、だからこれから話すこともきっと無駄で、けれどわかっていても、黙っていられない時があるのです。
「危ないから、すごく。知らない男性と二人っきりで夜景を見に行くのも、お酒を飲むのも」
「だいじょうぶですよー、みんないい人ですよー」
「そうだね。なんだかんだ言って世の中、善人の方が多いと、私も思う。だけどやっぱり、ネットは危ない。すごく悪いやつも、平気で混ざってるから。つうかネット以外でもそのシチュエーションは危ない」
「平気ですよー。みんなすごく優しくてー」
「ごめん、やな言い方するね。女に股開かせるためなら、いくらだって優しい顔するし金も使うって男は、ほんと多いですよ。女子大生と二人きりで夜景見学とか、誘ってる時点で下心ないわけないし」
「あはっ」
カイちゃんが笑いました。
「シロイさん、ありがとうございますー。でも大丈夫ですー、わたしだってそんなのわかってますよー。ていうか」
通り過ぎて行くパチンコ屋のまばゆい光で一瞬車内が照らし出され、私はカイちゃんが痩せたように見えたのは、気のせいではなかったことを知りました。
「今更そんなこと言うシロイさんにびっくりですー。どんだけ優しい場所で生きてきたんだよって、思っちゃいますー。当たり前じゃないですか、そのくらいやらせてやりますよ、それすら嫌な男とは会いませんよ、お互い楽しめばいいだけですよー」
「その程度の下心で済むなら、あなたはたぶん正しいだろうね。だけどもっと酷い男が相手だったら? 最悪の場合は殺されるかもしれないんだよ?」
「やだもー。ドラマとかの見すぎじゃないですかー。そんなこと本気で言ってるとアタマわるそうにみえますよ?」
「そうだね、頭悪そうだねマジで。だけど現実問題として、犯罪に遭遇する可能性は高いよね、そんなこと繰り返してると」
「ないない、ないですよー。そこまで危ない人なんてめったにいないし、会えばわかりますよー」
「うん、それもそうだ、カイちゃんはきっと正しい、好きにすればいい。だけど一つ訊くね、その掲示板に、好きな人いないのカイちゃん?」
きょとんとした表情を浮かべたカイちゃんはその瞬間、実年齢よりもずっと幼い、中学生くらいの女の子に見えました。
「いますけど?」
「その人とも出かけてる?」
「あんまり……まだ一回だけです」
「他の男の人のこと、その人知ってる?」
「いいえ。知りません」
「同じ場所でいろんな人と関係を持てば、そういうのはいずれバレるよ。ばらすやついるし。そうなったとき一番傷つくのは、カイちゃんを好いてくれる人。もし、カイちゃんの好きな人が、カイちゃんのことを好きになってくれたら、その人が一番かわいそうなことになる。それはわかる?」
カイちゃんが大きく目を見開きました。
「そんなの、考えてもみませんでした」
(相変わらず因果の理解が苦手なんだな……)
自分のどんな行動が「因」となって相手を傷つける「果」につながるのか、その流れがカイちゃんの頭の中ではすっぽりと抜け落ちているのです。
かつて何度も言われたように、カイちゃんには悪意がないのです。それはある意味、とても絶望的でした。
悪意は意志ですから。他人を傷つけることも、それをやめることも、自分の気持ちで決められる。
けれど悪意のないカイちゃんは、自分の振る舞いの何が他人を傷つけるか、きちんと理解していないのです。
ならば彼女が他人をいたずらに傷つけないためには、どうすればよいのでしょうか。
「大切な人につけた傷って、なんでか巡り巡って自分に返ってくるんだよね。そう思ったことない?」
「よくわかりません。どういうことですか?」
もちろん、カイちゃんはそう答えるでしょう。「因」と「果」を結びつけることが苦手なカイちゃんが、『巡り巡って返ってくる』なんて考え方、するはずがないのですから。
「たとえばさ、相手を怒らせちゃったら、ケンカになったりするじゃん? ケンカになると自分も辛いでしょ。そういうこと」
「ああ、なるほど! うーん、そうですね、ケンカは嫌ですね」
「だから、自分の好きな人、自分を好いてくれる人は、大事にしないと。好きな人を傷つけるようなことは、やらないほうがいいと思うんだ。それだけ」
「そっか。そういう考え方もあるんですね。なんか勉強になりました。とりあえず、バレないようにしないとですねー」
腹の底からぐっとこみあげる徒労感。きっと何も変わらないという確信。
(カイちゃんはこれからもたぶん、リセットボタンを押し続ける……)


やがてカイちゃんが上機嫌な様子で、別の話を始めました。
「シロイさん、わたしすごくいい映画見つけたんです!」
それからカイちゃんは、映画のストーリーやキャラクターの魅力、とりわけ主人公に共感して「ぼろぼろに泣いた」ことなどを早口でまくしたてました。
「絶対オススメですー。シロイさんも観てください」
「気が向いたら、ツタヤで借りようかな」
「そんなこと言わないで、すぐ見てください。そうだ! 借りる必要ないですよ、だってわたし、DVDもってます! 買ったんです! 貸してあげます!」
「いいって別に。すごく見たいわけじゃないし」
その話は一度そこで終わったかに見えました。


ドライブが終わってカイちゃんを送り届けようとすると、
「あ、そこで止めてください。アパートまで行かなくていいです。ありがとうございました。まだ帰らないで、ちょっと待っててくださいね」
小走りに去ったカイちゃんが、やがて小さな箱を手に持って戻ってきました。
「どうぞ! 観てくださいね、それ!」
DVDケースを押しつけるようにして渡したカイちゃんは、最後に一度振り返り、にこっと笑って、姿を消しました。



キャッチ・ハー・イフ・ユー・キャン

二週間後。
大学の学生課から、サークルに連絡が入りました。
「授業料未納の学生モシノセ・カイと連絡がとれない。届け出の住所には既に住んでいる様子がなく、電話もつながらない。彼女の連絡先を知る人間が、サークルの中にいないか?」


サークルの中は大騒ぎになり、そうなってから初めて、カイちゃんがあらゆる人に、借りられるだけのものを借りてからいなくなったことがわかりました。
服、靴、バッグ、CD、DVD、ゲーム機、ノートPC、本、マンガ、ゲームソフト。
更に、昔からサークルの人間がお世話になっているお店で、かなりの額の買い物をして、支払いは全部ツケにしていたこともわかりました。


後始末は、なかなかたいへんなことになりました。
慣れないスーツとネクタイを身につけた会長が奔走して、各方面に頭を下げました。カイちゃんがサークルの名前を出して作った借金は、サークルの活動費から返済を行うこととなりました。


数ヵ月後、全てが終わったと思った頃に、今度はカイちゃんがサークルに連れてきていた男性たちのうちの一人が姿を現し、モシノセさんと連絡をとりたい、と言いました。
最初のうちは、元カノにつきまとうストーカーと思われたらどうしようとか、そんなことを心配している風だった男性は、カイちゃんが授業料も払わずに失踪したと聞かされて、真っ青な顔になりました。
そして私たちは、カイちゃんが別れた後も「いいお友達」となった彼に何度も会い、その都度いろいろな理由をつけて、万単位でお金を借りていたことを知りました。
もしかすると他の男性たちにもカイちゃんはお金を借りていたかもしれない、また誰か来るかもしれない、としばらくみな警戒して過ごしましたが、結局サークルまで来た男性は、彼一人で終わりました。


カイちゃんが姿を消した理由は、よくわかりませんでした。
起業する知人を手伝うから忙しくなると、そう聞かされた人もいました。
実家で何かもめごとがあったらしいという噂もありました。
どれも理由としては不十分だと、思わずにはいられませんでした。
カイちゃんは退学の手続きすらとりませんでした。おそらく最後は除籍処分になってしまったはずです。
中退ですらない、除籍。
今後の人生、履歴書に「除籍」と書かなければならないデメリットを、知らなかったはずはないのに。
マイナス要素ばかりの道をなぜカイちゃんが選んだのか、私はまるで納得がいきませんでした。


もしかしてコレか、と思い当たったのは、数年後のことです。
私はその時、あるゲームをプレイしていました。
物語の中で主人公の女の子は、ちょっとしたことから、どんどん借金を重ねていき、やがて借金地獄に陥ります。
取り立てに怯えきった主人公はやがて、アパートの部屋に引きこもりました。
「借金こわー」
などと呟きながら私は、コントローラーをぎゅっと握りしめました。


電話が鳴りますが、主人公は出ません。借金取りからの電話かもしれないからです。
ドアチャイムが鳴らされますが、やはり主人公は出ません。借金取りがドアの向こうにいるかもしれないからです。
そんな風に誰とも連絡を取れなくなり、助けを求めることすらできなくなって、どんどん追いつめられていく主人公の様子がとてもリアルで、なぜか既視感がありました。


「カイちゃんと連絡がとれない! いっつも留守電だし、家に行ってもいないし。居留守かもしれないと思って、何回もチャイム鳴らしたんですよ!」
突然そんな台詞が、脳裏によみがえりました。
(だけどその日、カイちゃんは家にいたはずだった)
「カイちゃんてよく続くよなー金。携帯だけじゃない、他にもいろいろあるだろ。よっぽど仕送り多いのかなー」
(そこまで金があったなら、あんなにいろんなバイトをやってたはずがない)


ゲームと同じことがカイちゃんの身に起こったのだと考えれば、筋は通るし納得もできます。
いずれにせよ、本当は何があったのか、もうわかることはないのですけれど。
私は小さく息を吐いて、ゲームの続きに戻りました。
(だからってまあ、どうということはないんだよなあ)
どうして気付いてあげられなかったんだろう、とか。
どうすれば助けられたんだろう、とか。
あのときどうするのが正解だったんだろう、とか。
その手の後悔が私を苦しめることは、もはやないのです。


カイちゃんと最後に会った日。カイちゃんが私に向けた「どんだけ優しい場所で生きてきたんだよ」という言葉は、あの時点で既に、私を傷つける力を失っていました。
そりゃあちょっとはむっとしました。プライドとか、そういうのがちょっぴり、傷ついたような気はしました。
だけどそれはボタンつけの途中で針を刺した時みたいなもので、その瞬間は痛いし、数滴の出血があったりするけど、それだけ。ボタンをつけ終わる頃にはそんなことがあったことすら忘れてしまうような、小さな痛みと傷なんです。


もしも出会って間もない頃にあんなことを言われたなら私は、もっとずっと深く傷ついたでしょう。
悔んで悩んで、謝ったり怒ったり、心は忙しく揺れ動いたでしょう。
だけどそういうのが嫌だったから、私はカイちゃんと距離を置くことを選びました。
彼女のために心を揺らすことはなくなり、カイちゃんが失踪したときも、驚きはしたけれど、悲しみませんでした。
それは私だけのことではなく、大勢の人が同じような選択をしたのだと思います。


カイちゃんがいなくなって三年ほど経ち、ひさしぶりにかつてのメンバーで集まった時、酔った誰かが、
「おれたちはもっとカイちゃんに優しくすべきだったんだ」
と言いだしたことがありました。その時は、一人がそっけなく
「それは無理だった。たぶん今も無理」
と吐き出すように言い、皆がそれになんとなく同意しました。


カイちゃんから借りたDVDを私は、何度か引っ越しを重ねるうちになくしてしまいました。
結局私は、最後までそのDVDを観ないままでした。
なんとなく気が進まないまま後回しにしていたら、いつの間にかどこかに行ってしまったのです。
「ねえねえ、あたしこの映画好きなんだ。借りてきたやつ一緒に観ない?」
けれど大学を卒業して七年ほど経ったある夜、友人の部屋に泊まった時、そんな台詞と共に差し出されたDVDに記されていたのは、見覚えのあるタイトルでした。


二時間半後。
「ひさしぶりにみたけどやっぱいいなあ。泣いたわー」
などと言う友人の横で私は、茫然としていました。
「コレいいかあ? 見ててすげー疲れた。主人公みたいな人、周りにいたらやだけどなー」
「当たり前じゃん、あたしだってやだよ」
「!? そ、それは……一体どういう……」
「あの子って、ものすげー愛されたいヒトじゃん。愛して愛して愛して優しくしてって、そんな風に年がら年中主張してる人間、そばにいたらたまんねえっつーの」
「えええええ、だけどこの映画好きだって言ったじゃん、泣けるんでしょ?」
「物語と現実は別じゃーん。困ったちゃんだからこそ、この主人公は物語の中で魅力的なわけでしょ。そもそも、『愛されたい』ちゅー欲望は、主人公だけじゃなく、いろんな人みんなが持っているものなわけで。だけど、それをむき出しにするのは諸事情あってはばかられるから、みんな我慢してるのに、この主人公は我慢しない! 赤裸々にさらけ出す! フツーならどん引きされるはずのその振る舞いが、物語の中では純粋さと解釈されて、大絶賛で受け入れられる! そこがサイコーで、すごく憧れちゃうんだよね」
「そ、そういうもんなの?」
「そういうもんだよー。てゆーか、ヘンだねシロイ?」
「へっ?」
「普段気弱な子がアクション映画に憧れるシチュエーションなら、こんな説明なくても自然に共感するんじゃないのシロイは? 暴力で解決とかありえない、この主人公ひくわーとか、いちいち思わないんじゃない?」
「い、言われてみれば、確かにそうだ……そっか、カンフー映画にあこがれる秘宝系ボンクラと同じ構図と思えばよくワカル……」


ちやほやされたい、優しくされたい、興味と関心と好意をちょうだい!
それはつまり「愛されたい」ってことであり。
わたしはかわいい、わたしは特別、わたしはすてきで、他とは違う!
それはつまり「だから愛して」ってことである。


カイちゃんはいつだってとても愛されたがっていたのだなあと私は思い、だからこそこの激しいラブストーリーにはまり、共感したのだと、実感しました。


友人の講釈は続きます。
「アクションスターにあこがれた少年がヤンキーに喧嘩売ったらえらい目にあうように、この映画を見習うやつがやばいのも一緒だね。愛されたいってのは受身な願望だから、そんなことばっか思ってるヤツは、よけい嫌われたりするのがゲンジツ。だからこそ映画はファンタジーとして美しいのだ」
「そう?愛されたがっている人間が念願かなって愛されることは、あると思うけどなー」
「もちろんあるよ。だけどさ結局、愛される人間は、能動も持ち合わせてんの大抵。受動だけのやつは、ほぼ無理」
「ずいぶん思いきった断言するなあ」
「だってさ、部屋の窓を開けるとき、自分で立ちあがって開けに行くのと、他人に頼んで開けてもらうの、どっちが簡単で確実?」
「そりゃ自分でやったほうが確実だろうねえ」
「でしょ? 窓くらいなら簡単に頼めそうだけどさあ。それだって、『なんでおれが』とか『寒いから嫌』とか言われたら、けっこう厄介だし。もしも窓の開閉は必ず他人に任せることにしたら、すっごく大変で、すっごくストレスたまって、しかも窓は全然思い通りにならないと思うよ。そんで、愛されたいってのは、そういうことなんだよね! 主体が自分じゃなくて、相手。
つまり『愛されたい』というのは実のところ『他人を思い通りにコントロールしたい』という欲望なのです! だっけど感情とか行動なんて、自分のものですら完璧にコントロールしたりはできないわけで。ましてや他人のコントロールなんて、うまくいくわけないので、のめりこむほど欲求不満に陥って、自他共に苦しむのがオチですわ! あー現実は世知辛い」
「じゃー、愛されたい人はどうすればいいわけ?」
「それこそ千差万別、決まった答えのない問題でしょ。ただまあ、他者のコントロールを望むおのれの欲こそを、人はコントロールすべきなんだろうね。愛されたければまず愛せって、そういうことじゃない? 愛するというのは能動だから、まだしも制御可能なわけ。それがうまくできれば、結果として、愛されることもあるだろうってゆー」
「なんかずいぶん聖人君子的な結論だなー。実際にはただモテちゃうひとって、けっこういると思うんだけど」
「ただモテちゃうことは愛なのかね? こいつの体が欲しい金が欲しい、そういう『欲しい』気持ちだけが強い状態を『愛』とみなすのは、なかなか危険な錯覚ではないかね?」


缶ビール片手にとうとうと述べた友人はそこで、ぐにゃりとソファに崩れ落ちました。
「だからもういいんだあんな男……『してくれ』ばっかりで、『してあげる』のない相手に付き合うのは限界です……」
「まー、確かに要求の多いタイプではあったねえ。寂しがり屋ぽかったから、今頃はすっごく落ち込んでるんじゃないすか」
すると友人はがばりと身を起こし、新しいビールの缶に手を伸ばしながら私のセリフを「ハッ」と鼻で笑い飛ばしました。


「甘いなーシロイは、二か月前の私と同じくらい甘いわ。寂しがり屋だから一人にしたらよくないとか、私がいなくなったらこの人落ち込むとか、思いましたねかつて私も!」
「と、おっしゃいますと?」
「ああいう人間はね、タフなんです。すっげーパワフルでエネルギッシュだったりするんです。考えてみてよ、さっきの窓のたとえに戻るけどさ。自分でやったほうが簡単で確実に、窓は開閉できるわけでしょ? なのに懲りずに他人にやらせようとするのって、どんな人?」
「あーなんかわかってきた。難しくて手間暇かかってストレスかかる道を、わざわざ選んでるんだからってことね?」
「そっ。エネルギータンクがいっこ余分についてるような人間じゃなきゃ、そんなことできるわけないじゃん」
「でもさー、それだけたいへんなことしてたら、いずれ疲れちゃうんじゃないの? エネルギー切れ起こしそう」
「そーねー、だから若い頃さんざん遊びつくした浮気者が、急に落ち着いてマイホームパパになっちゃたりするんじゃないのー? 疲れた途端に、フツーに落ち着くってゆー……はああ、だから絶対心配しないんだ。あいつ絶対、私よりタフだもん。私より先に立ち直って、さくっと結婚したりするのさちくしょう……」


そのあたりで友人は酔い潰れ、なにかぶつぶつと呟きながら眠りに落ちてしまったんですが、一人のこされた私は、なんとなく深く納得できる気持ちになったんでした。
(つーことはたぶん、カイちゃんも元気にやってんだなあ……パワフルにエネルギッシュに。そんでまあ、トシと共にエネルギーが衰えて、そんで落ち着くんだなあきっと。それがいつなのかは知らんが)


私はなんとなく携帯から某SNSにアクセスし、「モシノセ・カイ」でユーザー検索をかけてみました。
ヒットしました。
写真もありました。
プロフィール欄に目を通すと、好きな映画のタイトルがいくつか並んでいる中に、
「……ないじゃんコレ。はまったんじゃなかったんかよ」
先ほど鑑賞したばかりのラブストーリーは含まれていませんでした。
「つうか、映画の好みだけじゃなくてこのプロフィールなんか……」
昔のカイちゃんのイメージと、ちょっと違います。
(そういえばばそもそもカイちゃんは「変わりたいです」とすごく真剣に言ってたよなあ……)
エネルギーが衰えたのか、それとも全然別の理由か、あるいはただ単純に「成長」ってやつがあったのか。
「借金……はしてたかどうかわからないけど、とにかく今は問題ないんだろうな。こうやって名前出してんだし」
タフでパワフルで、嘘つきの女の子。
もう会うこともないだろうけれど、それでも。
「ゲンキニヤレヤー」
呟いて私は携帯を閉じ、立ち上がりました。
目前の酔っぱらいが目を覚ました時のために、コンビニに水でも買いに行こうと、思いながら。
まあとにかく。
昔の知人がどこかで無事に生きているらしいってのは、悪いことではありません。