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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

二人目。カイちゃん(仮名)とそのまわりのおはなし その2

その1はコチラでございます。

トーク・アバウト・ハー

それからしばらくしたある日、上級生だけで集まったときのこと。


その日はまだまだお客さん状態の一年生の前ではできない、発表会や予算、学外活動の打ち合わせをすることになっていました
わいわいがやがやと話し合いは進み。区切りがついたところで、家主がホットプレートを出してきました。
「はいおつかれー。そんじゃ第二部『お好み焼きを作って食らう会』を開始しまーす」
おおおおー。
色めき立ってみながキッチンに向かいます。
キャベツを刻み、山芋をすりおろし、生地を混ぜ合わせ。
油をしいたホットプレートの上で最初の一枚を焼き始めたあたりで、ドアチャイムが鳴りました。


「すみませんヨルダ(仮名)さん、今日どうしても相談したいことがあってー……お邪魔でした?」
玄関先で可愛らしく首をかしげてるのはいつものごとくモシノセ・カイ(仮名)ちゃんでした。
その頃のカイちゃんは、何かとヨルダくんを頼るようになっていました。
「ごめん、みんな。おれちょっとカイちゃんの話聞きにいってくる。あ、先食べてていいから」
「ほんとにすみませんー」
カイちゃんとヨルダくんが出て行き、ドアがばたんと閉じたところで。
「うっぜえ。マジで頭おかしーわあの女」
ぼそりと、一人が呟き。
室内の空気がびしっと固まりました。


「酷いこと言うなよ! カイちゃんはなあ、いろいろ悩んでいるんだぞ!」
カイちゃん擁護派たるナイトたちと、彼らの活動に不満を持つ人々の、二派に分かれての議論がそこで始まりました。
「へえへえ、そうですかい。で、その深刻な悩みってのは一体なんなんだよ?」
(カイちゃんの悩みって「モテモテで困っちゃう」系しか私は聞いたことないけどねえ)
などと考えながら私はオタフクソースの容器に手を伸ばしました。
私は擁護派に与するつもりはなく、かといって不満派に同調して「女の嫉妬こわい」とか言われるのも嫌だったので、今回は傍観者の立場に徹することに決めていたのです。
「お、おれもそれほど詳しく聞いたわけじゃないけど……高校時代の元彼に未練が残ってて、どうすれば吹っ切れるか悩んでるんだって。泣いてたよ」
ぶちゅっ。
完璧に初耳の話に私は少しばかり動揺し、オタフクソースの容器を力いっぱい握りしめてしまいました。
「はあああああ? なんだそれくだらねー」
「そういう言い方ないだろ、カイちゃんは真剣に悩んでるんだぞ!」
「お前らちょっとはおかしいと思わないわけ? 『元彼に未練があるんですう、なんだか涙が出ちゃうんですう』とかゆーのは、いきなり押しかけて、飲み会中断させなきゃいけないくらい、急を要する話なのかよ?」
「そ、それはたしかに緊急ではないかもしれないけど」
「緊急じゃねえし、深刻でもねえだろ。つうかそもそもそんなことで悩んでるつーのが嘘なんじゃねえ?」
君鋭いね正解、と言ってあげたくなる気持ちを私は必死にこらえました。
(ほんとに元彼に未練があったなら、ブチマケトーク中に、聞いてるはずだもんなー)


ちやほやされたい、優しくされたい、注意と興味と関心が欲しい!
そんな願望を満たすためにカイちゃんが採用した手段の一つが「相談」なのでしょう。
(だからってそのために架空の悩みをでっちあげるとは……細かい部分でツッコミ入ったりしたら、すげー大変じゃないのか…)
だからこそカイちゃんにしてみれば、嘘話をしないで済む私が、気楽な話相手だったのかもしれませんが。


「大体さあ、なんでアイツ、ヨルダがここにいるって、知ってたわけ? 今日ここで上級生が集まって打ち合わせするって、誰かから聞いたわけだよな」
またしても鋭い指摘。
「てことはあいつは今日、新入生がまだ入れないミーティングがあるってことを知ってて、その上でくだらねー元彼話するために来たわけだ。たまたまミーティングは終わってたけどよ、もし終わってなかったらあいつどうするつもりだったんだ? ミーティングからヨルダを引っ張り出すつもりだったとか? それとも特別枠で自分もミーティングに参加するとか? どっちにしろ、すげーおかしいよな! つうか、今こうやってヨルダを連れ出すこと自体、すっげーおかしいと、おれは思うね!」
擁護派メンバーが反論しようと口を開きかけたそのタイミングで、
「それをいうならぼく……」
片隅から別の声が上がりました。
「そもそもモシノセさんがなんであんなに大事にされてんのか、わからないんだけど」
「それは、だって、新入生女子は貴重だから」
「最初は確かにそうだったけど、もう事情は変わったんじゃないかな。最近は新入生がすごく増えてるし、女の子も多いよね。そのへんはシロイのほうが詳しいかな?」
「まーそうね、おととい×ちゃんが入ると言ってくれて、これで新入生の男女比が6対4かになった。確実に増えてる」
カイちゃんの接待係をやめた私は、他の新入生女子に対してより多くの時間をさくようになっていました。
その結果、今まで加入を迷っていた新入生女子が「入ります」と言ってくれることが、増えていたのです。
(周りが男ばっかりで唯一同性の先輩は特定の女の子にべったり、という状況じゃ、そりゃあいろいろ不安だったよなあ。彼女たちには悪いことしたよ……)


「だよなー、女子も増えてるよなー。モシノセが特別扱いされる理由マジでないわ。つか、そもそも特定の新入生だけ何かと特別扱いされるサークルって、すげえかんじわるくねえ? おれだったらそんなサークル入らねえけど」
「べつに特別扱いしてるわけじゃ」
「実際してんだろ、おめーら! 何かとご機嫌うかがいしてよ! あいつのワガママ、全部とおってるよな!」
「カイちゃんはワガママなんて言ってないだろ!」
「じゃあモシノセの希望ばっか通る現象はなんて言えばいいんだよ? 恋の駆け引きだとでも言うつもりか?」
「なななな、なに言ってんだ、そういうんじゃないぞ、おれには下心とかないからな!」
「そうだねえ、モシノセさんにはガルトさんがいるみたいだしねえ」
室内の空気が、またしても固まりました。
(うそなんで!? 口止めされてたから私は言ってないのに!)


「なんだそれ……? おれ聞いてないけどそんなの……」
「やっぱりな! けっこうバレバレだよなー態度とか」
ひきつり笑いとにやにや笑い。擁護派と不満派は対照的な表情を浮かべています。
「なんで、知ってんの、それを……?」
絞り出されるように投げ掛けられる質問。
「ぼく、コンビニバイトやってるから。ガルトさんとカイちゃんは深夜時間帯のお得意様だよ。手つないでるのもみたなあ」
(そんな行動してたら、いずれにせよすぐばれたろコレエ。なんのために私は口止めされてたんだよ)


擁護派は急速に、力を失いました。その結果、
「モシノセさんが悪い人間ではないとしても、彼女がひいきされてるようにしか見えない現状はおかしい。空気を変える必要がある」
という不満派の言葉が、その日の結論となりました。
この日を境にサークルの中では、カイちゃんの要求やワガママが通ることが、だんだんと減り始めたのです。


ライアー・ライアー・ライアー

それから更に半年ほど経ちますと、彼女を庇うナイトたちはだんだん減りました。
たぶんカイちゃんは、サークルをどんどんつまらなく感じるようになっていたんじゃないでしょうか。
彼女の行動パターンが少しずつ変わり、やがてカイちゃんにはとても悪い癖があることを、皆が知るようになりました。


カイちゃんが他人に相談を持ちかけるために架空の悩みをでっち上げていることを知ったときの私は、たいそう驚いたものでしたが、カイちゃんの嘘はその一つだけではありませんでした。
カイちゃんは常習的な嘘つきで、おまけに彼女の嘘というのは往々にして、あっという間にばれてしまう傾向にありました。
嘘がすぐばれる人というのはたいてい、演技が拙い人です。表情や口調が不自然だから、ばれてしまうわけです。
カイちゃんの場合、演技はとてもじょうずでした。嘘をついているとは到底思えない、まじめで自然で誠実そうな、心底信じたくなる、そういう口調と表情で嘘をつきました。だから私たちは、最初はころっと騙されたのです。
なのに、なぜその嘘が簡単にばれるようになったのかといえば、言っていることの辻褄がまったく合わなかったからです。


ものすごくわかりやすく極端に言えば
「ゆうべ急に体調が悪くなって、救急車呼んで病院行ったんです。それで、昼ごろまで点滴受けてて。病院を出たのが、ついさっき。そこで初めて留守電が入っているのに気づいて、約束すっぽかしたことを思い出したんです。待ちぼうけさせちゃって、ほんとにごめんなさい!」
「そういうことだったのか、大変だったね。それじゃ待ち合わせどころじゃないね。体調はもう大丈夫?」
「はい、おかげさまで」
みたいな会話をした直後に、
「そういえば、昨日って飲み会あったんだっけ?」
ときかれたら
「そうなんです! すごくもりあがって徹夜しちゃいました。帰ってからすぐ寝たんですけど、目が覚めたの昼過ぎで。まだ眠いですよー」
とか答えてしまうような迂闊さが、彼女にはあったのです。
こんな嘘、ばれないほうがおかしいですよね。


「はい? それじゃ入院って嘘なわけ? ただ徹夜明けで寝坊しただけ?」
そう指摘すればカイちゃんはきっと、あらたな嘘を重ねるでしょう。
「違うんです、飲み会の後、徹夜したせいで体調崩して救急車呼んだんです」
「自分で言ったこと覚えてないの? 病院で点滴受けたんなら、家帰ってから寝たって話と矛盾するんだけど」
「ごめんなさい、言い方が悪かったです。徹夜して帰って、寝てたら体調悪くなって、救急車呼んだんです。それで、病院で点滴受けながらまた寝たんです。だから、どっちも嘘じゃないんです」
いつもこんな具合に、さらなる嘘が延々と積み重ねられていくことになります。


カイちゃんは、決して自分の嘘を認めませんでした。
自分が認めさえしなければ嘘は嘘にならない、このまま事実だと言い続ければみんなそう思うようになるはずだと、そんな信念を無邪気に持っているかのよう。
実際、押し問答が始まるとたいてい、カイちゃんを問い詰めていた側の人間が疲れ果て、先にギブアップしてしまう傾向にありました。


一度、(今日は絶対に諦めない)と決意した私が執拗に問い詰め続けた結果、その場からカイちゃんが逃げ出し、
「あとで確認したらわたしの勘違いがわかりました。結果的に嘘に近いかたちになってしまったかもしれません。ほんとうにごめんなさい」
という内容が留守電に入っていたことがあったのですが、私の知る限りこれが唯一、カイちゃんが嘘を認める寸前までいった記憶です。


この虚言癖は、まったく困ったものでした。
すぐばれる嘘なら罪がないと、そう考える方もいらっしゃるかもしれません。
ですが実際にこういう破綻した嘘をつかれると、本当にきついです。
自分はこんなみえみえの嘘も見抜けないほどのバカだと思われているんだな、と感じてしまうからです。
せめて嘘を認めて謝ってくれればいいのに、カイちゃんはそれすらしない。
自分みたいな人間に謝るのは、何が何でも嫌ってことなのか?
そんな思いでいっぱいになってしまうのです。


ただ、ずいぶん後になってから気づいたのですが。
カイちゃんは別に相手を見くびっていたわけではなく、単純に自分の嘘の破綻ぶりに気づいていなかったのではないか、という気がするのです。
カイちゃんは頭の回転も速く、カンがよいタチでした。ですから周りの人間は彼女の知的能力というものを高く評価しがちなのですが、実際にはカイちゃんの能力にはけっこう偏りがあったのです。


カイちゃんはどうも、因果の理解を苦手としていたフシがあります。
その場逃れの嘘、という言葉がありますが、カイちゃんの嘘はまさにその場その瞬間だけのものなのです。「すっぽかした怒られたくない→病院にいたって言おう」と思うだけ。その瞬間が過ぎてしまえば、それでおしまい。
飲み会について質問された時には、カイちゃんはさっき自分がついた嘘のことなんて、忘れています。
カイちゃんの認識では、人生における全ての瞬間はばらばらで、繋がり合っていなかったのかもしれません。


この性質ゆえに、カイちゃんは嘘を認めなかったんじゃないか、という気がします。
「嘘を認める→自分が悪とされる→謝罪し、反省し、改心した行動を積み重ねる→許される」という積み重ねがイメージできず、「自分が悪とされる」場面で終わってしまうからこそ、必死に抵抗を続けてしまうわけです。
カイちゃんが見え見えの嘘を重ねると、やがて相手は疲れてしまい、表面的には彼女の言い分を受け入れます。
「嘘をついていないことになった→無問題」というところで場面が完結するので、カイちゃんは安堵し、「嘘を認めなくてよかった。おかげで無事に終わった」と誤った学習を重ねます。
実際に相手の中では「こんな嘘つきとはもう付き合いたくない」と思われていたりするのに。
今この瞬間の行動が、「今後」や「この先」にどんな影響を及ぼすか考えることが極端に苦手。
それがモシノセ・カイというひとであったのです。


更にカイちゃんにはもう一つ、困った点がありました。
ちやほやされたい、優しくされたい、という極めて普遍的でありふれた願望が、カイちゃんの場合はちょっとばかり強すぎた、というのがそれです。


まず、カイちゃんの前で誰かを誉めることは危険でした。
「うわ、○○ちゃん、そのワンピースすげーかわいい! ふくらはぎの形がいいから、その丈ぴったりだわ、脚がほんときれい」
ありがとう、と相手が言い掛けた辺りで、カイちゃんが焦ったように口をはさんできます。
「わたしもそういう短い丈のスカートとかって、かわいいから着てみたいんですけど、やめとけって言われるんですよー。脚とか胸とかってのは、肌とか髪が汚かったり、顔がイマイチだったりする女がやむなく出して注目を集めるためのものなんだから、カイには必要ないって言われてー。カイみたいに肌がきれいな人間が短いスカートはいて脚だしたら嫌味になるって。だから着れないんですよー。うらやましー」


その瞬間、室内の温度は7度ほど下がります。
「ちょっとカイちゃん、なにその言い方。○○ちゃんに謝りなよ」
その瞬間カイちゃんははっと我に返ります。
「ご、ごめんなさい、わたしべつにそういうつもりで言ったんじゃないんです……○○ちゃんの顔や肌や髪が汚いとか酷いとかかわいそうとか、そんな風に言うつもりはなくって」
「わーびっくり。謝ってるふりして、更に酷いこと言ったね」
その場にナイトが居合わせていたりすると、更に事態はややこしくなります。
「やめろよ、カイちゃんだって別に悪気があったわけじゃないんだ、ちょっとした失言にねちねち絡むなよ、かわいそうだろ」
「ちょっとした失言……? どっちかってゆーとかなり失礼だったよね?」
「人のうっかりミスが許せないとか、なんでそんな心せまいの? もしかして嫉妬? 女同士の嫉妬って、ほんと怖っ!」


ちょっと話としてずれますけど、ぶりっ子が周りと揉める時って、かばうつもりで参戦してきたナイトたちが事態を悪化させてることが多いんじゃないでしょうか。
女子校のぶりっ子とか、ナイト不在のおかげで実はそれほど嫌われずに済むような気がするというか。ぶりっ子そのものよりナイトのほうにむかついちゃうときって多いような。
なので心優しいナイトのみなさんは、自分の行動によって可愛いあの子をいっそう苦しめることがないよう、立ち止まって考えてみる時間が必要だと思いますよ!


けどまあ、ナイトくんが言う通り、カイちゃんに悪気がないのも、ある程度ほんとうなんですよ。
カイちゃんはちやほやされるために必死なのです。周囲の人間の好意と関心を、少しでも多くかき集めたいのです。
そんなとき、別の誰かが褒められたりしたら!
さあたいへん、みんなの関心はそっちに流れてしまうかもしれない。カイちゃんはそんな風に考えてしまいます。誰もわたしに見向きもしなくなってしまうかもしれないどうしよう、と。
だからカイちゃんは、「わたしのほうがかわいいよ」「わたしのほうが優れてるよ」とアピールする必要があるのです。限られたリソースが他者に流れることがないよう、自分こそが好意と関心を向けるにふさわしい相手であることを、証明しようとがんばっちゃうのです。


そしてこういうカイちゃんのオンステージ願望というか、ルックアットミーエブリバディ欲求というかが、彼女の破綻した虚言癖と結び付くと、なんか想像もつかない厄介な事態が起こることがあったりして。
ええかっこしいの嘘が、カイちゃんには多かったのです。


みんなが嫌がる仕事には、嫌がられるだけの理由があります。引き受けた後の苦境が想像できるからこそ、避けられるわけで。
そういう仕事を「やります」と言ってしまうカイちゃんは、引き受けた後に初めて、自分が苦境に追い込まれたことに気付き、仕事を放り出してしまったりします。
困っている誰かのそばに素早く駆けつけ、「助けます」と言って何もしないとか。
プレゼントを気前よく振舞うために、嘘をついて他の誰かからお金をひっぱったりとか。
カイちゃんの美点と見えたものは次々と、短所に裏返っていきました。


少しずつ皆から距離を置かれるようになったカイちゃんでしたが、つまはじきにされたというほどではありませんでした。
カイちゃんを嫌っていた人間がいなかったとは申しませんが、多くの人は彼女をただ「困った人間」だとみなしました。
カイちゃんを心底嫌ったり憎んだりするのは、なんだか難しかったのです。


まず、カイちゃんは一対一の状況になると、かいがいしく尽くそうとする、というのがありました。
自分の話に真剣に耳を傾け、熱を込めて相槌をうち、なにかと先回りするように機嫌をとる、そういう行動すべてを痛々しいほど懸命に行って、自分に気に入られようとする人間を憎むのって、難しいと思うのですね。
人によってはうっとうしいと感じたりするかもしれないですけど、だからといって憎みはしないんじゃないかと。
まーこの二者関係は、親しくなると変化が生じ、今度はカイちゃんの機嫌をとらなくてはならないターンがやってきたりするのですが、それは置いといて。


また、それほど必死になってかき集めるということは、カイちゃんはそれだけ他人の関心や好意というものを重要視していた、ということでもあるのです。
カイちゃんは一度しみじみと、
「わたし、友達は選ばないんです。どんな方でもいいんです。わたしと仲良くしようと思ってくれる方はそれだけでありがたいんで、よろこんで仲良くさせていただきます」
と言ったことがありまして、あれは本音だったのだと思います。
そういうカイちゃんは時々、痛々しいほど健気に見えました。
そんなにも大事な友人が相手であっても、話の流れ次第で咄嗟に貶めたり、嘘をつくことをやめられなかったというのは、つくづく悲しい話です。


カイちゃんの大学での最初の一年が終わる頃には、サークル内の人間関係はだいぶ安定しました。
皆がカイちゃんの性質をおおまかに掴み、表面的に接することを選んだからです。
日々はそれなりに平穏に、過ぎて行きました



彼去りし後

カイちゃんが二年生になった直後。
私のバイト先に、カイちゃんが姿を現しました。
「シロイさん、何時頃上がりますか? 話がしたいんですけど」
「えー、あと30分以上あるよ。つか下手したら一時間くらいかかるんだけど」
「構いません。待ってます」


バイトが終わって店の外に出ると、カイちゃんは「ドライブがしたいです」と言って、私の車の助手席にさっさと乗り込みました。
「わたし、ガルトさんと別れました」
正直に言いますとその時私は(むしろよく今までもったよな)と思いました。
ガルトさんは、カイちゃんの周りのナイトくんたちとは、まるで違った性質のひとでした。
基本的には穏やかで親切なのですが、同時にものすごく頑固でマイペースで、他人の機嫌をとることが、ほとんどないのです。
ガルトさんのそういう性格は交際中も変わらず、どんな要求をぶつけてもそれが通ることはまずないので、カイちゃんが不満をため込んでいる、というのは周知の事実だったのです。


(カイちゃんが求めてやまない「ちやほや」をほとんど与えてくれない男性だったろうにねえ。これだけ続いたのは意外だわ)
(あー、だけどそれは逆かもね。ガルトさんだったからこそ、一年近くもったのかもしんない)
(カイちゃんの願いをかなえようとする男性はいつだっているんだよね。一生懸命彼女の機嫌を取ろうとするナイトたちが)
(けど、そういうのは長続きしない。カイちゃんの要求はどんどん連鎖したり、ランクアップしたりするから。そのうち相手がギブアップしちゃう)
(安易に要求に応じることが、誤った学習を重ねさせる結果になるんだよなー結局)
(そう考えるとカイちゃんにとってガルトさんは、安易な学習をさせない、得難いパートナーだったんだなあ。ガルトさんにとってのカイちゃんがいいパートナーかっていうと違う気がするけど)
(ガルトさんとの別れがカイちゃんにもたらす影響ってのは……あんまりいいことなさそうだけど……)


一時間ばかりのドライブの間。
ガルトさんのことを愚痴るカイちゃんの話を聞きながら、私が考えていたのは、大体こんなことでした。


しばらくすると、カイちゃんがサークルに顔を出すことが減りました。
たまにやってきても気もそぞろにそわそわと携帯をいじり続け、ぱっと立ちあがって電話を掛け、にこにこ楽しそうに話をしながら、どこかに行ってしまうのです。
「すごいねーカイちゃん、まただよ。ずっと電話してるよ」
「携帯の長電話って、どんだけ通話料かかるんだよ。想像しただけでくらくらする」
「つかカイちゃん、よく続くよなー金。携帯だけじゃないだろあの子、他にもいろいろあるだろ。仕送り多いのかなー。うらやましい」
話は何となく無難にそこで終わりましたが、思えばあの時既に、アラートは上がっていたのかもしれません。


そんな日々が続くうち、やがてカイちゃんはぱったりとサークルに来なくなります。
「最近カイちゃんどうしてるんだろうね?」
などと噂しているとある日、
「こんにちはー」
何事もなかったかのようにニコニコしながら顔を出して、しばらくの間は熱心にサークル活動にいそしんで、そしてまたそわそわが始まり、姿を消す。
それがカイちゃんの行動パターンになりました。
それでは一体カイちゃんは姿を消している間、何をしていたのでしょうか?


「ねえねえ、シロイのサークルにモシノセ・カイ(仮名)って子いるでしょ?」
友人にそんな風に訊かれて、驚かされたことがありました。
「いるけど……なんで知ってんの?」
「私のバイト先にしばらく前に入った子がモシノセなんだよ。だから」
「そういえばカイちゃん、今度ファミレスバイト始めるって、言ってた気がする」
「そんでさー、この間の金曜日、サークル終わった後、みんなでご飯いったりした?」
「あーそうそう、○○方面に新しく餃子専門店がオープンしたじゃん。だから行ってきた」
「カイちゃんもそこにいた?」
「いた。最近サークルに顔出さなくなってたのに、久しぶりに来て、用事があるからすぐ帰るって言ってたんだけど、餃子専門店は行ってみたいからやっぱ行きますって言って……」
私は口をつぐみました。友人の顔色が変わったのに気づいたのです。
「やっぱりそうだよねー、だってあの子の親戚が危篤状態になったのって、この二ヶ月で四回目だもんねー。あーもうこれ店長に言うわ、やってらんない」
「危篤? え、なにそれ、どういうこと?」
「私が知りたいよそんなの。時間になってもなかなかこなくて、シフトが始まってからいきなり電話で『おばあちゃんが危篤なんです』とか連絡入ってさ。週末で混んでたし、すげー大変だったよ。事情が事情だから仕方ないってかばう人もいたけど、いくらなんでも倒れすぎなんだよねあの子の親戚。そしたらまあ、やっぱり嘘だったわけだ。サイアク」


そういうやり取りがあってしばらくするとカイちゃんが
「バイトやめたんで暇になりましたー」
とか言ってサークルに顔を出すようになったりして。
どうも彼女はそういうことを、延々と繰り返していたようなのです。
バイトの時もありましたし、勉強会の時もありましたし、別のサークルの時もありました。
とにかく新しい場にカイちゃんは次々と飛び込み、最初のうちはそれなりに上手くやるようなのです。
カイちゃんはいつだって一生懸命ですから。痛々しいほどの熱意を込めて、全力で取り組みますから。
真面目だね熱心だねと感心されて、皆に好かれて、楽しくやれる期間はけれどそれほど長くはなく。
やがて破綻が起きてその場にいられなくなったカイちゃんは、次に新しい場を見つけるまでの間、古巣であるうちのサークルに顔を出すようになるわけです。
リセットボタンを何度も押して、ゲームを何度もやり直すみたいに。
カイちゃんをとりまく人間関係は、短いスパンでめまぐるしく何度も、新たなものに取り換えられるのでした。


アナライズ・ハー

最初の一ヶ月ほどを除けば、カイちゃんと私は、特に親しい間柄ではありませんでした。
にも関わらずカイちゃんは時々ふらっと現れて、私と話をしたがることがありまして。
ガルトさんと別れたときもそうでしたが、そのたびに私は(なんで私?)と内心首をかしげていました。


昔むかし、ナイトたちに怒られたときの記憶とか、けっこう私の中には根強く残っていまして。
「シロイはしつこい! カイちゃんをほっといてやれよ!」
「こっちだって好きでしつこくしてるわけじゃありません。カイちゃんが嘘を認めないから長引くんです。認めてくれれば、そこで終わらせるのに」
「むちゃくちゃ言うなよ、認めるわけないってわかってるだろ」
「はああ? なんだそれ、そうやって適当にするから、カイちゃんは嘘をやめないんだと思うけど?」
「それはそれで、もういいじゃん。実際シロイが何も言わなきゃ、それで済むだろ」
「済ませていいことじゃないから、こだわってんだよこっちは! 罪のない嘘とか、かわいい見栄とか、そういうレベルじゃ済まされない、誰かを傷つける、被害者の生まれる嘘をついてんだよあの子は! おまけにぜんぶバレバレだから、嘘からでたマコトにもできないしさ。こういう嘘でも通るのね、なんて誤った学習重ねさせたら、もっと酷いことにになるかもって、思わないのかよ!?」
「ああもう、なんでもっと優しくなれねえんだよシロイ! カイちゃんを許してやれよ、あの子全然悪気ないんだぞ? それなのに嘘を認めろって、残酷すぎるんだよお前は!」


そんな思い出がありましたので、カイちゃんが時々私に頼るようなことがあると、ほんとに不思議だったんですよね。私って残酷らしいけど大丈夫なの、とか思うわけです。
(まー、しょっちゅう人間関係をリセットしてしまう性質ゆえに、ちょうどいい話相手が見つからない時もあるんだろうな。で、たまたま私が居合わせたと)
そんな風に考えて割り切っていたのですが。
それでも一つだけ、なぜ私が選ばれたのだろうと、未だに思い出してしまう出来事があります。


カイちゃんが二年生の夏頃のことだったと思います。
その日のカイちゃんの様子は、あきらかにいつもと違いました。
にこやかではあるんですが、精彩を欠くとでも言えばいいのでしょうか。
自信なさげで不安げで、白い顔がますます白く、血の気がひいたような色をしていました。
そわそわしながら二言三言話し、視線を床のあたりにさまよわせていたカイちゃんはやがて、おずおずとひきつった笑みを浮かべながら、
「シロイさんに頼みがあるんです……」
と言いました。


「なに?」
「あの、わたし、なんかいろいろ、がんばってもうまくいかないんです……」
目の周りをうっすらと赤くしながら、カイちゃんが話し始めました。
「嫌われちゃうんです。どうしていいかわからない、嫌われたくないんです。なのにみんなに嫌われる。いっぱい怒られます。すごく、困ってます……」
私はぎょっとしました。
カイちゃんが多くの人に嫌われているのは事実ですが、そのことを自覚しているとは思わなかったのです。
(ああでもそうか。新しい人間関係に飛びこめば、いずれ正面からモノを言う人間にも、ぶつかるか。誰もが手加減してくれるわけじゃないよな)
「な、なんかすごく、いろいろ言われたんです。わたしはおかしいって。性格が悪すぎる、普通じゃないって。わたし、おかしいですか?」
なんて答えづらいことを訊くんだろうこの子は。私が絶句すると、カイちゃんは私の返事を待たずに、続けました。
「で、でも思うんです。そうかもしれないなって。わ、わたし本当におかしいのかも。性格悪いかもしれません。そんなの嫌ですけど、すごく嫌ですけど、でもたぶん性格悪いんです。友達できても、全然続かない。ほんとにおかしいです……わたし以外のみんなは、ずっと仲良くできてるみたいなのに、わたしだけそれができない……」
床の一点を見つめながら、カイちゃんは早口で喋りました。
「だ、だから、シロイさんに教えてほしいんです。わたしの性格、わかりますか? なんでおかしいって言われるのか、教えてもらえませんか?」


顔をあげたカイちゃんがすがるような目つきでこちらを見ました。
(なんてこった……)
私は思わず、うめき声をあげそうになりました。
(なんでこういう時に私を選ぶんだ……やめてくれよ……どっかにまだナイトくん残ってないの? 優しい彼らに頼めばいいじゃない……)
と私は思い、実際にそう言って断ろうかとも考えましたが。
やめました。
(もしかして率直な意見が欲しいのか? だからナイトじゃなくて、私のところに来た?)
(だとしたら彼女なりの覚悟があるのかもしれない……けど……うーん)



「そういうのがあまり役に立つとは思えないんだけど」
私はとりあえず、そんな風に言ってみました。
「あなたの性格はこうですとか言われても、人は簡単には変われないし、つか、そもそも変わりたいのカイちゃんは?」
「変わりたいです」
間髪をいれず、カイちゃんは答えました。
「毎日、辛いです。このままじゃだめだって、いつも思います。どうしたらいいのかわからなくて、くるしい。自分の性格のどこが悪いかわかれば、直し方もわかるし、きっといろいろ、辛くなくなると思うんです、」
カイちゃんの口調は、いつもと違ってなめらさかさがなく途切れがちで、そのくせおそろしく力がこもっていました。
「じゃあさーカウンセリング受けてみれば? 学生相談室に行ってみるとか」
「わたしは性格が悪いかもしれないけど、頭がおかしいわけじゃないありません。病気の人間みたいに扱われるのはいやです」
「健康な人がカウンセラーにかかることは多いんだけど……うーんなんかなあ、こういうのってなあ……」
今現在の私自身が同じことを頼まれたら、断ります。ですが当時の私は今よりずっと若く、ゆえに愚かで無謀でした。
「まあいいや。わかりました」
無謀な人間は、簡単に期待を抱きます。私はカイちゃんの頼みをきくことで、事態が好転するのではないかと、本気で思ったのです。


カイちゃんが嘘をつき、誰かを貶め、わがままを言っている時は腹が立ちますけど、ある意味では気楽なんです。
私を辛くさせたのは、カイちゃんの美点でした。
幼少期から一通りの習い事はこなしたというカイちゃんは、きれいな言葉遣いもできて、ちょっとした所作や仕草が、はっとするほどうつくしかったりして。
にこにこ明るく笑っていて。
いつも一生懸命、何かをがんばろうとしていました。うまくいかないことは多かったけれどそれでも必死に、試行錯誤を繰り返しました。
親切でした。人に優しくしたいという気持ちを、とても強く持っていました。気を配り、気を遣い、努力して人と交わろうとしていました。


たぶん、カイちゃんの子ども時代ってあんまりハッピーじゃなかったんだろうな。
私はぼんやり、そんな見当をつけていました。
カイちゃんは家族の話をあまりしなかったのですけれど、たまたま何かの拍子に話がそんな方向に流れたとき、口調が吐き捨てるような激しいものに変わって、驚かされたことがあったからです。


それに。
カイちゃんの服装や仕草を見れば、彼女を育てた人が厳しかったことはわかるのです。入念に気を配って、世間的に通りがいい若い娘を、作り上げようとしたのが伝わるのです。
なのに。
そんな風にカイちゃんの外面を厳しく育てたはずの人たちは、彼女の虚言癖や情緒の不安定さを、放置していたように見えるのです。その場逃れの杜撰な嘘にすら気付かず、内面的な部分には無関心だったのじゃないかと、思えたのです。


たらればの話には意味がないとは思います。
けれど私はしばしば、カイちゃんが違う育ち方をすればこんなことにはならなかったんじゃないか、ということを考えました。
カイちゃんを好いていたのかと問われれば、違うと答えます。ああいう人を、好きでいるのは難しい。
けれども時折カイちゃんの美点が、ifの世界を垣間見せることがあるのです。
何かが違っていれば、モシノセ・カイという人の情緒と性格は、もっと安定して、もっとバランスがとれたものになっていたはずで、そうすれば彼女の人間関係だってもっと穏やかで長続きするものになったはずで。
たぶんifの世界であれば私は、カイちゃんに対して、当たり前に好感を抱いたのだと思います。
そしてその日私は初めて、ifが現実になるのかもしれないと、思ってしまったのです。これをきっかけにカイちゃんは変われるんじゃないかと、希望を抱いてしまった。
「カイちゃんは嘘つきだよね。しかも自分の嘘を絶対認めないし。それはまずいと思うよ……」


このエントリーの内容は、私がそのとき話した内容が元になっています。
破綻した虚言癖。
あまりに強すぎる、ちやほやされたいという欲求。
因果をしっかりととらえることができないゆえの、行き違いと過ち。
カイちゃんの人間関係が不安定になってしまう原因は、この三つではないかと、私は言いました。


そんなことを聞かされて、いい気分なわけはないのにね。


いくら頼まれたからって、そういうことをしてもいいのか?
私はそのあたりのことを、あまりに軽く考えていた気がします。
あのときの自分に、カイちゃんを傷つけるつもりは一切なかったのか、自問してみると辛いです。
話しているうちにカイちゃんの顔色ははっきりと変わり、それを見た私は、自分が彼女を傷つけてしまったことを自覚しました。自覚してなお、話を続けようとしました。結局いたたまれない気分になって切り上げましたけど、それでも会話を即座に打ち切ったりしなかったのは確かです。
カイちゃんはいろんな人を傷つけてきたんだし、それに比べればこんな傷は些細なもので、このくらいのショックがなければ人は変わらないはずだ、なんて考えていた記憶があります。
自分がしてきたことを自覚しろという思いも、あった気もするんです。



一方で。
ではあのとき話をしたのは、カイちゃんを傷つけるためだったのかといえば、それは絶対に違うのです。
あの時、私が一番強く感じていたのは希望だったからです。
カイちゃんの傷が癒されることがあるならば、その光景を見たいと、願っていたのです。

しかしまあ。
そんな気持ちがあったとして、それが何になるでしょう。
私がすべきだったのはきっと、強くカウンセリングをすすめることだったんです。


「だから、せめて嘘をつく前に時系列の検討くらいは、した方がいいと思うんだけど……」
顔色を変えたカイちゃんが、こちらを見ようともしなくなっているのに気づいて、私は口をつぐみました。
「……やめようか? もうだいたい言ったと思うよ」
うつむき加減のカイちゃんが、何かを言いました。「……した」と聞こえたような気がしましたが、定かではありません。
がたん、と椅子をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がり、そのままカイちゃんは部屋を出て行きました。


というわけで

本日はここまで。次回は完結編でございます。