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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

晴れ姿

引き続き、シロイが身近な友人・知人からこつこつ聞き集めたホラー話でございます。
その一はコチラ、その二はコチラとなっております。


話者の身元等を守るため、一部に事実改変がございますので、ご了承ください。

その三 Kさんの話

「うちの職場では、若い子たちが交代で夜勤してるのよ。と言っても、大抵は何にもやることないんだけどね。一晩宿直室で寝て過ごすだけの楽な仕事で、それなりの額の手当てが出るし、翌日は無条件で休みになるし、けっこう自分から夜勤やりたがる子も多いんだな。
なのに二ヶ月くらい前から、夜勤を嫌がる人間が増えてきた。いつも自分から夜勤を買って出る子まで嫌がるからこれはおかしいぞって話になって、その中の一人を呼び出して、話を聞いたんだ。


そしたら……出るっていうんだよね。夜中に宿直室の中を黒い影が動き回るっていうんだ。そんな噂を笑い飛ばして夜勤に出た子まで、翌朝になると真っ青になって宿直室を飛び出してきたって話で、実際にその影とやらを見たことがない子たちまで、夜勤を嫌がるようになっちゃったの。
それでまあ、宿直室にになんかあるんじゃないかって話になって、半信半疑で戸棚だの何だの、調べてみたわけよ。
しばらくごそごそやっているうちに、一人が声を上げた。
『これです、この写真だと思います。私が見たのはこの人の顔でした』
指差していたのは、十年前に癌で亡くなった先代の社長が、亡くなるちょっと前の写真だった。
お葬式の後、奥さんが『これを事務所に飾ってください』って持ってきた写真だったんだけど、いつの間にか宿直室の中にしまわれていたのね。
写真を出して、元通り事務所の壁に飾ったら、宿直室の黒い影とやらは、ぴたっと出なくなった。みんな夜勤を嫌がらなくなって、万事解決よ。
ただねえ……
実は、あの写真をしまったのって、あたしなの。ちょっと嫌な思い出があってさ。


あたしが十年前に、先代の見舞いに行ったとき、ちょうどたまたま、その写真を撮影しているところに出くわしちゃったんだよね。
先代は撮影のためにパジャマからスーツに着替えさせられていて、奥さんも一緒に写真を撮るとかで、高そうな服着て、化粧して、えらく張り切っててね。
カメラマンにびしばし、指示を飛ばしていた。これがまた、聞いてて辛くって。
『せっかくの晴れ姿、綺麗に撮ってちょうだいね。これ、この人の遺影にする予定なんだから』
そんなことをがりがりに痩せちゃった本人の前で、平気で言うんだよね。


先代が亡くなった後、その写真はあたしの正面の壁に飾られることになってね。だから、顔をあげる度に、写真の中でひきつった顔で笑おうとしている先代の姿が、目に入るわけ。あたしはそれが、どうも辛くって。
だから大掃除のとき、どさくさにまぎれて、あの写真を宿直室の戸棚にしまっちゃったの。で、代わりに先代が元気だった頃の写真を用意して、そっちを事務所に飾ったのね。
幽霊騒ぎが解決してからも、どうして先代は元気な頃の写真じゃなくて、病気になってからの写真を飾りたかったのかなって、あたしはそこが気になった。


そしたら、三日前。
二ヶ月前にあった会社の創立三十周年記念のイベントの写真をね、整理してたときに、若い子が一人、悲鳴を上げた。
『この人です、この人! 宿直室にいたのはこの人です、なんでここにもいるんですか』って。
びっくりしたあたしが、その子が持っていた写真を見たらそこには、イベントに招待された先代の奥さんが、写ってた。
ああー、違う違う、奥さんはまだ生きてるよ。でもまあ、思いが強すぎるとなんか出るとか言うじゃない。よくわかんないけど。


……ほんとさ、自分がどれくらい悪いことをしたのか、この歳になるとつくづく、身に沁みるわ。
愛人なんてイイトコどりだもんね。病気になっても見舞いに行くのが精一杯で、実際に身の回りの世話をするのは奥さんで。
だからこそ、最後の最後に先代と並んで写真を撮る権利があるのは、奥さんだけ。
その写真を飾って欲しいって、望む権利があるのも、奥さんだけ。
その妻としての権利を何がなんでも行使したい、誰にその権利があるのかわからせてやりたいって、奥さんのそういう思いがあんなに強くなるところまで追い詰めちゃったのはやっぱり……あたしなんだろうね。
うん、写真は元通り飾られたよ。あたしの正面の壁に。そこから奥さんは毎日、あたしをじっと、見下ろしている」