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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

春の教訓大売出し市

以前、知人の不倫現場を目撃したことがあります。


あれは私が高校に進学したばかりの頃、祖父母にファミリー志向の回る寿司屋に連れて行ってもらったときのことでした。
四十代くらいの男女が、店に入ってきました。
私はその男性のほうに見覚えがありました。父の同僚のゴリタニさん(仮名)です。
軽く会釈をした私と目があった瞬間、ゴリタニさんの顔色がさあっと変わりました。
ものすごい勢いで顔をそむけ、女性を強引に引っ張りながら、私の座っている位置からからもっとも遠い席に、逃げ込むようにして去っていくゴリタニさん。
ゴリタニさんの態度に驚かされ、ぽかんと口を開けた私は、
「どうしたのケイキちゃん」
と祖母に声をかけられ、はっと我に返りました。
「ううん、なんでもない。知り合いが入ってきたような気がしたんだけど、見間違いだった」
答えながら、私は徐々に事態を理解し始めていました。
(もしかして……ゴリタニさんの連れの女性は奥様ではない……とか?)


最も遠い場所を選んだとはいえ、所詮は回る寿司屋でのこと。席はすべて基本的にベルトコンベア周りに配されているわけですから、ゴリタニさんも連れの女性も、私の視線から逃れることはできません。
ためしに大げさなくらいちらちらとゴリタニさんの方を覗き見てみると、そのたびに彼はびくっと目をそらしました。
(うわあ、これはもう確定だな。真っ黒だよ)
(今まで父の同僚の方に外で会ったときは、挨拶くらいはしていたものだが、今回はどうしよう。ゴリタニさんにも挨拶しないと礼を欠いてしまう……けどやめたほうがよさそうだな。あの様子だと)
(それにしてもゴリタニさん、コソコソしすぎ。私はゴリタニさんの奥さんの顔なんてよくわかんないんだから、堂々としてればばれないのになー)
(そもそも知り合いに会いたくないなら、こんな庶民向けの回る寿司屋に来なきゃいいのに。田舎の外食は選択肢が少ないから、この寿司屋も知り合いに遭遇する確率高いってわかりそうなもんだが)
(つーか、不倫カップルってお金をばんばん使うものだと思っていたけどな私。寿司を食べるにしたって回らないほうに行ってカウンターに座って、いい日本酒ちびちびやりながら、「時価」と書かれたネタをばんばん頼む……それが不倫の「あるべき姿」なんだと思ってたよ)


その日、私はゴリタニさんの姿から、二つの教訓を学びました。

  • 後ろめたいことをしているときこそ、堂々と振舞うことが大事。コソコソした態度ほど、他人の注意をひきつけるものはない。
  • 浮気相手と出かけるときは、普段使っているような店に入るな。


私はその後、自分が目撃したことはとりあえず黙っておくことに決めました。
厄介事に巻き込まれるのは嫌だし、びくついていたゴリタニさんがちょっぴり気の毒にも思えたし。
それになにより、私が子どもの頃、ゴリタニさんは私に飴をひとつぶ、くれたことがあったのです。
ここで更に得る教訓。

  • 子どもを侮るな。いずれ子どもは大人になるし、自分たちが幼い頃に受けた扱いを決して忘れないのだから。


ところが数ヵ月後、私は父から意外な話を聞かされました。
「いやー、この間、同僚のゴリタニの浮気がばれて大変なことになったんだよー」
「えっ……なぜそんなことに?」
(私は喋ってないのに、ゴリタニさん、情報リークは私じゃないからね、恨まないでね!)
「なんかね、ゴリタニ、しばらく前からパートの女性とできちゃって、バイトの社員の前でも大っぴらにいちゃついて、かなり不評だったらしくてさ。しかもあいつ、上司とか同僚に対してはわりとイイヤツなんだけど、自分からみて目下だと思える相手の前では人格変わるから、そのバイトくんも、酷い扱いを受けて、けっこう恨んでいたらしく。ある晩、したたかに酔っ払ったバイトくんがね、ゴリタニの家の前に現れて、大声で怒鳴ったらしいんだよ」
「『こらー! ゴリタニー! きさま偉そうにしてんじゃねえぞ、浮気してるくせにばっかやろうー。いちゃつくのやめろ気持ち悪いんだよ!!!』とか、そんなことを言われたらしい」


私はまたしても新たな教訓を得てしまいました。

  • 他人を馬鹿にするな、見下すな、意地悪をしたり、理不尽な振る舞いで苦しめるのはやめろ。ひとに恨まれるというのは、爆弾を抱えるようなもの、人間は本気になれば、やすやすと他人の人生を破滅させることができるのだから。

ああ今回の一件では数多くの教訓を得たなあ、やはり他人の人生は勉強になる、と私は感無量になりました。
しかし、さすがにこの件で得られる教訓はこのへんで打ち止めだろう、そう思った次の瞬間。


「もちろんバイトくんが絶叫したとき、ゴリタニ家の中には、奥さんもいたし、娘さんもいたので、ゴリタニは今、家庭で針のムシロらしいねえ。しかも、浮気相手がなあ……お前の中学の後輩で、○○くんていただろ? あの子のお母さんでねえ。だから問題はひとつの家庭に収まらなくってねえ」
「えっ、あのひと、○○くんのお母さんだったの? 気づかなかった、ゴリタニさんに気をとられていたから……○○くんのお母さんは、やけに堂々としてたな……たいしたもんだ」
「はい? ケイキ、お前なにいってんの?」


うわあー、まだあったよ教訓。

  • 肝が小さい人間を共犯者に選んではならない。おのれの振る舞いをコントロールすることができても、小心な共犯者が秘密を暴露してしまうかもしれない。
  • 世間は狭い。本当に狭い。自分で思っているよりもずっと狭い。油断するな。


なんというか、不倫というかやましいことを完遂して隠し通すって、難しいもんですね。
小心者な一般人は、平穏に凡庸に善良に生きるのが吉であるようです。