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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

キミとボクとは友達か?−その1−

男と女の間に果たして友情は成立するものなのか?
という問いがありますよね。既に手垢がついている、使い古された問い。
これが数学の証明問題ならば話は簡単でして、「男女間に友情なんてありえねえ」というひとに対して、反例を一つでも提示することができれば、そこで議論は終了なのでございますよ。
そして証明問題というのはえてして、「ない」ことを証明するよりも、「ある」ことを証明することのほうが簡単なんですよね。「白いカラスが存在しないことを証明することはできない」ってよく言うじゃありませんか。
ですから、男女間の友情問題も、一例でも成立した事例があれば「それは可能」ということになってしまうので、もう議論する意味なんて無いとすら言えます。有史以来、全世界規模で男女間の友情が成立したためしがないなどというのは、ちょっと考えづらいじゃありませんか。
しかし、にも関わらず、この問いかけは、なぜか場合によってはかなりヒートアップした議論に繋がったりもするので、油断がならない。


まあ、もしも私が誰かに
「男と女の間に、友情って成立するものかね?」
と問われれば、
「どうでもいいけど、その問いは非常に世界観の狭い問いだよ。世の中はヘテロセクシャルのひとばかりじゃないし、生身の人間よりその人がはいている靴下のほうが好きというひともいるんだしさあ。そのへんに関しても考察してからもう一度聞いて頂戴」
と答えるでしょうけどね。
「男男間に友情は成立するのか?」
「女女間に友情は成立するのか?」
という問題だって同様に存在しうるはずなのにそこに気付かないなんて、ヘテロセクシャルな世界観に支配され、「自分以外の人間は全員自分じゃないんだよ」ということを知らない、視野の狭いお方なのだなあ、と私は思ってしまいますよ。


つーわけで、ここで私の知る二つの事例を。

十年ほど前、友人S(♀)と交わした会話

S「あたし、最近、自動車の教習所に通っていたでしょう」
シロイ「うん、ついに免許とったんだってね。おめでとう」
S「ありがとう……って、それはいいんだけど! そうじゃなくて、そこで友達ができたの」
シロイ「へー。免許と友達まとめてゲットなんて、二重にめでたいね」
S「あたしも最初はそう思ってた。その子がすっごくいい子でね。優しくて、話も合うし、楽しいな、いい友達だな、もう親友だなって」
シロイ「ほんとによかったねえ」
S「そしたら……『好きだ、付き合ってほしい』と言われて」
シロイ「……えっ。その友達って男のひとだったんだ? あたしてっきり女友達の話かと……」
S「ううん、女」
シロイ「…………………………えええっ?」
S「『友達としか思えないから、そんなこと言われても困る』って言ったんだけど、そしたらむこうが『それでもいいよ』とは言ったんだけど……なんか二人で一緒に遊びに行ったりしづらくなって……でもよく誘われるし……誘われていくとまた『付き合ってほしい』と言われるし……すごくいい子だから、断って悲しませるのも疲れるし、けどやっぱりあたしあの子とは付き合えないし……どうしたらいいと思う?」

数年後、友人M(♂)と交わした会話

M「おれ、今度職場が異動になるんだよ」
シロイ「聞いた聞いたー。引越し、たいへんだね」
M「そんでさ、今の職場にはすっごくかわいがってくれる先輩がいて、いろいろ面倒みてくれてて……そのひとの話、したよね?」
シロイ「うん、君のことを気に入ってくれていたひとでしょ。そのひとともお別れだと思うと、さみしいね」
M「お別れの飲み会でね、先輩もそう言ってた。『寂しくなるな』って。それからその後……『愛してる』って言われて」
シロイ「えっ? その先輩って女の人だったんだ。あたしてっきり男の先輩かと」
M「いや。男」
シロイ「……ええっ?」(←以前Sに相談された経験があるので、対応が若干素早くなっている)
M「男の先輩なんだよ。まいった」
シロイ「それ、どうしたの?」
M「とりあえず、聞こえなかったふりした。わざと大きく物音を立てて、『なんですか?』って聞き返してみた」
シロイ「うーむ、そしたら?」
M「『いや、なんでもない』って言われた。でもすごく寂しそうな顔しててさ。おれは絶対、先輩とは付き合えないんだけど、『悪いことしたな』って思いがふつふつと胸にこみあげてきて……ほんと自分まで辛くなってきちゃって……早く次の職場に移りたい」


ちなみに、SもMも、その後「付き合って欲しい」と言われた相手との交流はなくなってしまいました。
恋愛感情によって友情が成立しなくなってしまった事例でございますね、二件とも。
こういう事例は異性間のほうが発生しやすくはあるでしょうけれども(なんだかんだいってヘテロセクシャルな人間のほうが多めだから)、しかし同性の間だって、そういうことは起こりうるんですよ。


異性間だろうが同性間だろうが一緒なんですが、片方が相手に恋愛感情を抱いている状態での友達付き合いというのは、もう片方の人間にとってはとても気持ちのいいものなんですよね。


だって、片思い状態の相手は、こちらのためにイロイロと尽くしてくれるから。ただの友達同士だったらやってくれないことも、「相手に少しでも気に入られたい」という気持ちがあるからせっせとやってくれたりする。


「ごめんね、たいへんでしょ」
というと、
「そんなことないよ」
と答える。そりゃそうだ、好きな相手のためだもんな。「たいへんだよ」とは言えないよ。ちょっとはカッコつけさせてくれ。


ですがこの関係、実は対等なものじゃないので、片思いをしているほうはじわじわと疲れてしまう。
尽くすことが辛いのではなく、対等ではないことが辛いのです。
自分が相手のことを考えずにはいられない多くの時間、相手は自分のことなど考えずに過ごしているに違いないという確信が、何よりその身を細らせる。
そして、ここをなんとか対等な関係に持ち込むためには、相手にも自分を恋愛の対象として扱ってもらうしかない!
だから告白!!
……そして玉砕というコースはありがちです。向こうもこちらを憎からず思っている場合は、そのような「気」が伝わってくるものだから、公式に恋人同士になってない段階でも、関係に苦を感じることが少ないように思います。私見ですが。


けれども悲しいことに、
「ごめん、友達としてしか考えられない」
といわれてしまうと、
「じゃあ友達でもいいよ。(このまま会えなくなるよりは)」
などと答えてしまったりするのが人情。


そのまま何事もなかったように友達づきあいが続けば
「こんなんやってられるかあああっ、少なくともこっちにとってはあなたは友達ではないのですっ! だからこれは友達づきあいなんかじゃないんだああ。」
という結論に達してしまうのもまた人情。
そしてひとは最期には玉砕と関係の終わりを選び取ってしまったりしますねえ。



ニンゲンカンケイって難しいなあ。
それは男女間だろうが、男男間だろうが、女女間だろうが、同じように難しい。
友情だろうが恋愛だろうが、それが簡単になってしまうことはない。
友人であっても、恋人であっても、家族であっても、何の面倒もなく気楽につきあえる相手、手を抜いてつきあっていい相手なんて、いない。
少なくともシロイ・ケイキは、そのように信じております。
そして幸いなことに、難しくとも、気楽でなくとも、手抜きできなくとも、それでもいいから傍にいたいひと、傍にいられてよかったと思える人はいるものです。同性であっても、異性であっても。




……ところで、友人M(♂)に「愛してる」と打ち明けた先輩は、その後結婚なさったそうです。
女性と。


シロイ「えっ、それって大丈夫なの?」
M「さあ……でもおれが口出ししていい問題じゃないでしょう?」
確かにそれもそうだなあ。


うーん……ニンゲンカンケイって、本当に難しい。
余計なお世話かもしれませんが、先輩もその奥様も、みんなが幸せになれますようにと、願わずにはいられません。