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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

セルフ敬語問題

敬語というのは、尊敬語、謙譲語、丁寧語からなり、他人に対しては尊敬語を用い、自分および身内に対しては謙譲語を使うというのが一般的なルールです。
大抵の場合、間違いというのは、これを逆に使ってしまうことで起きるわけです。


例)「シロイといいますが、そちらに○○さんは居りますか?」

「居る」というのは謙譲語ですから、「なに勝手に○○のこと貶めてんのよ」ということになりNG。みたいなね。


ちなみに正解は
「シロイと申しますが、そちらに○○さんはいらっしゃいますか?」
なわけですが。


この謙譲語と尊敬語の使い分けというのは存外に難しく、間違う人はあとを絶ちません。
自分の動作を尊敬しちゃって、他人の動作を無断で卑下しちゃう人たち。


我々はこれまで、こういった人々を単に「敬語をよく知らない、知識の足りない人たち」であると決めつけてきていました。
「きみい、敬語もろくに使えないのかね? 全く今の若いやつらは」
みたいな具合いに。
しかし、これはいささか性急かつ狭量な判断なのではないかと私は最近思うようになりました。
何故なら、敬語のルールには特例があるからです。


そう。
自らの行為を敬い、己のすることなすことに尊敬語を用いる自敬表現がそれです。
自敬表現を使っていい人というのは、この世に一人しかいないとされています。


つまり、日本一由緒正しい家系の方々がいますよね。
天照大神の血をひく、神の裔であるあの方たち。
更にその頂点、中心であるあのお方。
天皇陛下こそが、そのおひとです。
天皇陛下というのは尊い尊い方であり、これ以上偉い人はいないという存在ですから、もう自分の行動を尊敬語であらわしちゃっていいわけです。
というかもう、天皇陛下ほどのお方がへりくだるなんてありえない。だから謙譲語なんて使ったら逆におかしい。
天皇陛下は唯一、
「自分の動作を敬い、他人をへりくだらせる」
という敬語ルールの逆をいってもいい存在なのです。


つまり、
天皇ですが、そちらに○○さんは居りますか?」
だったら全然構わないわけです。それは間違いではない。むしろ
「私は天皇であらせられますが、そちらに○○は居りますか?」
とか
「朕は天皇である。そちらに○○はおるか?」
くらい言ってもいい。言わないと思うけど。


ということは、私たちが「敬語を知らない人間」として決め付けていた相手が「実は天皇だった」場合、私たちこそが間違っているわけです。
そこを確認せずに勝手に相手が間違っていると判断してはならないのです。


しかしまあ、相手が天皇であるかどうかは比較的簡単な判別法がありまして、その相手に苗字の有無を尋ねればいいわけです。
明治八年の「苗字必称令」以降、天皇家以外の日本人は全員苗字を持つことになりましたから、苗字を持っているということは、その人間が天皇ではない証拠になるのです。


ところが、この複雑な現代社会では、なんと天皇陛下以外に自敬表現を使うひとたちがいるのです。苗字だって持っているのに。
SM社会の「女王様」と「ご主人様」たちのことですね、ずばり。


女王様、ご主人様というのは、そりゃあもう偉い、むやみに偉い方々ですから、自敬表現上等というかむしろ自敬表現推奨なのです。
そうやって自分たちの動作を敬い、相手のM側のひとたちのすることなすことを勝手に謙譲語で表現することによって、熱いコミュニケーションを生むのが女王様であり、ご主人様であるのです。
ですから、お店に新たに勤務なさることになった新人の女王様などは、鞭や縄といった道具の扱いの他にも、「女王様としての言葉遣い」を学ばなくてはならず、苦労するとか。
今まではずーっと、「自分のことは謙譲語、相手のことは尊敬語」というルールで生きてきたのに、これをいきなり逆にして使いこなせというのは、なかなか難しい事なのだそうです。


ということはですよ。
たとえば会社で相手に謙譲語を使い、自分に尊敬語を使ってしまっている人間を見かけたとしても、そしてその人間が苗字を持っている人間であったとしても
「君は敬語を知らないな」
と注意するのは間違いになるかもしれないわけですよ、やはり。
だって、もしかしたらそのひとは敬語のエキスパートだけれども、最近新人女王様としてのお勤めをはじめたばかりで、つい混乱してしまったのかもしれないからです。
女王様としての言葉遣いを学ぶのに苦労なさっているとすれば、そのようなことが起こったとしてもおかしくありません。
これはご主人様でも同様のことが言えます。
ひとには公の顔と、私の顔があります。
会社では勤め人として振舞っている一方で、プライベートでは女王様、ご主人様である、という可能性は十分にあるのです。


だとしたら、
「君は敬語を知らないな」
などと相手を無知な人間として決め付けてはならないのです。
そんなことをする人間こそが間違っているのです。
相手の知性をさしたる根拠もなく貶めて罵るような真似が許されるはずはありません。


とはいえ、公の場所でうっかり秘められたプライベートの顔を出してしまうこと自体は、注意を受けても仕方のないことではあります。
ですから、私たちが今後、敬語を使い間違っているように思える方に会ったときには、くれぐれも慎重に、相手の苗字の有無を確かめた上で、
「○○くん……君はSMの世界で、さぞや誠実にがんばっているのだと思う。だがね、今は仕事中だ。仕事のほうに、集中してくれんかね」
と優しく声を掛けてあげるべきなのです。
そして相手が、
「いえ。ぼくはSMなんて知りません」
と言い出したときに初めて、
「なにい。君は敬語を知らんのかね? まったく今どきのわかいもんは……」
と声を荒げるべきなのです。
断固そうすべきなのです。