wHite_caKe

だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

大会前日

旅行の初日は、終日自由行動です。FISM2006のレジストレーションは既に開始されていますが、大会が始まるのは翌日からなのです。
今回、私たちは日本奇術協会が開催するFISMツアーに乗っかってやってきたのですが、他のツアー参加者の方々は、ガイドブックを見ながら和気藹々と観光の予定を話し合っていて、楽しそう。
私は観光しません。できません。
というのは、私の友人の××のコンテスト出場は、大会初日に行われる予定であり、前日にはそのリハーサルがあるので、それに付き合わなければならないからです。


××の演技は特にアシスタントを必要とするタイプのものではないのですが、言葉が通じにくく、慣れないことの多い外国の大会で、すぐ傍に日本語と演技内容を理解している協力者がいると、何かと便利なのです。
たとえば、演技の直前にホテルに忘れ物をしたことがわかれば、協力者がそれを取りに行けばいい。コンテストの控え室では、ライバルを蹴落とすために、道具や荷物にイタズラをする不埒な参加者が稀に現れたりすることもあるので、演技者はトイレにも行けない心境になったりするのですが、協力者がいれば、荷物を見張って貰うことが出来る。
その他にも、協力者がいれば、買い出しをしてもらったり、練習に付き合って貰ったりできるわけで。
で、今回の大会は、私が××の協力者を務める、最後の機会であるわけです。九年間の締めが世界大会というのは、なかなか悪くないような?


客室で何回か通しの演技稽古に付き合った後、ホテルの目の前のマクドナルドで昼食を済ませ、電車に乗って、大会の会場に向かいます。
ここでさっそく、協力者の出番がやってきました。
「ない……」
駅のホームで、いきなり青ざめる××。
レジストレーションを済ませてから会場入りしてリハなのに、レジストレーションの書類を客室に置いてきたみたいだ、ぼく」
「……私が今ホテルまで戻って、その書類、とってくればいいのかな?」
「そうしてもらえると、ありがたいけど、いいの?」
子犬のような目でこちらを見る××。
私はにっこりと微笑み、「もちろん」とだけ言って、すぐさまホテルに向かいました。
「もちろん」と言った後、私が心の中で続けていた台詞は、
「いいわけないじゃん。駅からホテルまで徒歩10分近くあるのに、君のミスのためにそこを往復するのはだるい!」
だったわけですけど、本音と建て前の使い分けは、日本人なら必須技能です。


会場入りして、リハーサル開始。
リハーサルといっても、演技を通すわけではなく、大会スタッフと演技についての打ち合わせをするのです。
照明の明るさはどうするか、消灯・点灯・明るさの変化があるならば、それはどのタイミングか。スポットライトは使用するのか? スポットライトを使うのであればフェードインするのかカットインするのか? 消すときはフェードアウトなのか、カットアウトなのか?
音楽の使用の有無。使用するのであれば、どのタイミングで流すのか。音量はどの程度か。曲をストップするときの方法は、フェードアウトかカットアウトか、どちらか。
テーブルの位置はどこか。事前にテーブルにセットするモノはあるのか。あるとすればそれは誰がセットするのか。演技者本人がセットを行うのか、スタッフに頼むのか。
椅子は何脚必要なのか。位置はどこに置けばいいか。
などなど、とにかくその手のやりとりを英語で行います。なかなかにしんどい。


スタッフの方が、出場予定者に、
「観客席からお客さんを選んで、演技を手伝って貰う予定の方はいますか?」
と尋ねました。クロースアップの世界では、ポピュラーなことです。××をはじめとする、何人かが手を挙げます。
「よろしい。それでは観客席のこのあたりに、私たちが用意した観客役の女性が数人座っている予定ですから、そのひとたちを使うとよいでしょう。こちらの席と、こちらの席、そして、こことここの席です」
というスタッフの言葉に、私は仰天しました。え、それってつまり、サクラ? なぜわざわざそんなひとを用意するんだ?
その疑問は、次の瞬間、解けました。


「彼女たちは全員、問題なく英語を理解し、喋ることが出来ます」
FISMは世界最大のマジック大会です。参加者の国籍は140カ国以上に渡るとも聞きます。その中には当然、英語が出来ない人だっているわけですね。
コンテスト参加者に与えられた時間は、たった10分。一秒でもオーバーすれば、どれほど素晴らしい演技を披露しても、失格です。
そんな限界状況の中で、もしもうっかり、英語を話せない、理解できない観客を選んでしまうことになったら……その段階で、そのマジシャンは、もうおしまいです。


「英語ができて、マジシャンの指示に素直に従ってくれる女性たちです……外見もいいといいよなあ、と私は希望します」
スタッフは最後に、そう付け加えました。お茶目やなぁ。


リハの後は、ディーラールームに移動し、プロマジシャンのマーカ・テンドーさん*1と合流。
マーカ・テンドー師は日本のつくば市在住で、××と私は、その縁で学生時代からずっと、テンドーさんにはお世話になっており、今回も彼のディーラーブースの手伝いをすることにしているのです。


ホテルに戻って荷物を置いた後、日本人数人で、近所のピザハットに。
秋田在住のプロマジシャン、ブラボー仲谷さん(今回はコンテストのステージ部門に出場予定)が、
「さっき散歩してたら、宝石店のショーウィンドウが割れてましたよ。いやー、この国、治安いいですね」
とにこにこ笑っていました。


部屋に戻ったころには、××も私も疲れ果て、ほとんど口をきくこともなく、シャワーすら浴びずにそれぞれベッドに潜り込んで、あっという間に眠ってしまいました。


なんだかまとまらない旅行記録ですが、とりあえず一日目はこんなもんで。文章練ってる余裕ないんすよ。お許しを。

*1:FISM1985のマドリッド大会のマニピュレーション部門2位(1位該当者なしなので、実質のトップ)、1992年にはモナコマジック大会でグランプリ獲得など、現在最も多くの世界タイトルを所持している日本人マジシャン。