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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

雰囲気クラッシャー

過去

昔むかし、私がまだ自分の婚期について考えることすらしていなかった時代、私はサークルのある先輩(男性)に、ドライブに誘われました。
「台風が近づいているらしいから、海までドライブしない? 荒れている夜の海を見るのって面白そうじゃないか」
私は山奥で生まれ育った人間ですので、海に対して異常に熱いアコガレがあります。すぐさま承知しました。


海なんて、海なんてワクワクするなあ。海といえば潮の満ち引きだもんな! 潮の満ち引きといえば、月の引力が関係してる。考えると、月ってイロイロと神秘的なイメージだなあ、殺人事件の発生率が月の満ち欠けと関係してるっていうし。連続殺人犯は満月の晩に犠牲者選びに奔走するって話だよねー。満月と連続殺人犯……やばい、合うな、この組み合わせは。ルナティックキラーか、絶妙な響きだ。
という無理のない連想が私の脳内で起こり、私は約二時間のドライブの間中ずっと、連続殺人犯の話をしていました。
気のせいか、先輩の顔には苦しげな表情が浮かんでいましたが、私はそれを「車の運転に疲れているのね」と解釈し、目がぱっちりと覚めるように、より血なまぐさくてショッキングな話をしてあげるよう、心がけました。


やがて海に到着すると、先輩は車を止めました。海を見ながらの会話は弾み、私は東欧の吸血鬼伝説とエリザベス・バートリ*1の関連性について言及していました。
すると、先輩がそこで突然会話を遮り、「渡したいモノがあるんだ」と言いながら車を降り、トランクの中から一本の赤い薔薇をとりだしました。
「はい」
「うわあ、薔薇だ」
私は喜んで薔薇を受け取りました。
「すごーい、きれー、よく出来てますね、この薔薇! まるでホンモノみたい!!」
「…いや、それはホンモノだよ」
「えっ、ホンモノ? ほんとだ(鼻を近づけて)、においがしますね。茎にトゲもついているし。道理で造花にしてはスーパーリアルな作りだと思いました」
「……てゆーか、なんで造花だと思ったの?」
「だって先輩は薔薇の造花を使ったマジックをするひとだから*2……あ、そうか、先輩、今度は生花を使ったマジックをするんですね。さすが研究熱心だなあ。生花は扱いが難しいでしょうが、がんばってください。はい、どうぞ、お返しします」
「………なんで返すの?」
「だって、先輩の大事なマジック道具を、私が壊したら大変じゃないですか」
「…………その花、シロイにあげるつもりだったんだけど」
「ええっ。いいんですか、薔薇の花というのはなかなか高級な品ですよ。そんな高いものを他人にポイとくれてやるたあ、あんた豪儀なお方だ、お大尽だねえ、まったく」
「……………いいからとにかく。早く受け取れ」
「イヤハヤほんと、申し訳ないですねえ、ありがたいですねえ……ふーむ、そういえば、薔薇の花っていうのは高級だとは聞きますが、一体、一本あたり幾らなのか、私知らないんですよ。この花、何円だったか、教えてください」
「………………訊くか、値段を。130円だ」
「へー、高いといってもそんなものなんだ。もっと高いかと思っていました。130円というのは一般的な価格なんですか?」
「…………………おれ、薔薇買ったの初めてだから、相場は知らない。その薔薇は花屋さんが台風が近いからっていう理由で、安くしてくれたんだ」
「えええっ。初めて買った薔薇を私なんぞにくださるなんて、それでいいんですか先輩。せっかくだからご自分で大事にしたほうがいいですよ。ドライフラワーにしたり、エッセンシャルオイル使ったり、口にくわえて決めポーズしたり、いろいろ使い道はあるんですから!」
「……………………いや、もう、なんでもいいから受け取って。出したモノ引っ込めるの変だから」
「そうですか、なら受け取りますけど。ま、安売りの薔薇ですからね。先輩だって自分の分は、高いやつにしたいでしょうからね。いやー、それにしても薔薇を買うのは台風の日に限りますね、安くなるんだから。おばあちゃんの知恵袋的なお役立ちマメ知識をどうもありがとうございます」
「はははははは(どこかうつろな笑い声)。いやもう喜んで貰えて何よりだよ。それじゃ帰ろうか」

そして現在

「だからね、シロイさん」
H先生はおっしゃいました。
「ぼくはシロイさんが新しい出会いを求めるのはたいへん素晴らしいことだと思いますし、合コンだって当然セッティングしますが、シロイさんが根本的にアンポンタンであるという事実をなんとかしないと、カップル成立は難しいと思いますよ」
「アンポンタンて……H先生、酷いっすよ、その表現」
「違いますね、酷いのはシロイさんですね。薔薇の話を聞けば、それは判ります。シロイさん、そんなことじゃ、もしシロイさんに対して好意を抱く希少種の男性が現れたとしても、あなたはまたその好意を踏み潰して、踏みにじって、上からガソリンかけて焼いてしまうことになりますよ。あの薔薇は男子大学生の精一杯の愛の告白だったのに!! 察しろよ、鈍すぎるよ、空気読めよ!!!」
「薔薇の話は……あれは悪かったと思ってるよ私だって。だけどフツー気付かないよ、そんな難解な愛の告白。あと、私を好くような男性って希少種なの?」
「難解? 何が難解? 赤い薔薇の花言葉は『情熱的な愛』、それゆえに赤い薔薇をプレゼントすることは愛の告白を意味するというのは、サークルで話題になっていたじゃないですか」
「あー、そうだったね、そんな話あったわ。というか、サークルで最初にその話したの、あたしだわ」
「ええーっ。じゃあ、先輩の行動の真意を察していたんじゃないですかシロイさんは。その上で無視したわけですか」
「違うよー、そんなことしないよ。あのときはその話を忘れていただけだよ。ほんと、素で忘れてしまっていました」
「うわあ、最低。忘れてたってなんだよ。自分で話題にしたんだから、責任とって覚えとけよ」
「そう言われましても……だって、先輩が欧米人なら私だって思い出しただろうけれども! 先輩も私も日本人なわけだから! まさか日本人がそんなことするなんて思わないでしょ」
「いや、そのりくつはおかしい」
「おかしくないよ。おかしいのは戦後急速に生活がアメリカナイズされてしまった日本人のほうだよ。日本人には今、大和魂が足りないのかもしれない」
「じゃあ、シロイさんは、極めて日本的な文化である和歌で愛の告白をされたらわかるんですか? きちんと返歌できるんですか?」
「……ごめんなさい。無理です」
「だったら、その根本的アンポンタンをなんとかしましょう。雰囲気クラッシャーを卒業して、雰囲気メイカーを目指しましょう」
「先生、そのためには具体的にどうすればいいんでしょうか?」
「少女漫画を読みなさい。そしてロマンチック回路を内蔵しなさい」
「わかりました。『ハチミツとクローバー』を漫画喫茶で再読してみます」
「あと、連続殺人の話とか、控えなさい」
「ええーっ。何故です?」
「何故とか言うな! そんなことだからシロイさんに好意を抱く男性が絶滅危惧種になるんだよ!!」


というわけで現在わたくし、心の中にロマンチック回路を構築し、雰囲気メイカーになるための教科書を大絶賛捜索中でございます。
「こーゆー少女漫画を読むと乙女ですよ」
という情報がありましたら、ぜひともお教えくださいませ。

*1:美容のために数百人の処女を殺して生き血を浴びた美女。

*2:私は学生時代、マジックサークルに所属していました。