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だらだら書きますので、だらだら読んでもらえるとありがたく。

十年前の歌

週末を利用して、高校時代の友人であるSとNに会いました。
Nの車に乗ってドライブの途中、カーラジオから懐かしい歌が。
「うわー、相川七瀬! 『夢見る少女じゃいられない』だ、なつかしー」
「これ、いつ頃流行ったんだっけ? 十年くらい前?」
「そうそう、あたしたちまだ、高校生だったもん」
十年前、私たちの人生は、足跡のついていない砂浜のようでした。
自分はこれからどんな風にもなれるという期待と喜び、自分はこれからどんな風になってしまうかわからないが故の不安と恐怖。
手付かずの選択肢、開かれるのを待っているドアが目の前に無数に並び、悩みながらも自分の選択は正しいはずだと信じていた(正確には信じようとしていた)十年前の私。
「あの頃の私に」
私は苦笑しながら言いました。
「今の私がタイムマシンに乗って会いに行って、十年後の自分がどうなるか教えたら、がっかりするだろうなあ。彼氏にフラれて、おまけに無職で、住む場所も決まってないなんてさ
「それを言うならあたしだって」とNが言いました。
「あたしもそうね」とSも頷きました。


Nは数年前に外国人男性と婚約し、相手の国にも行ったのですが、結局うまくいきませんでした。国際結婚というのは難しいものなのです。
その後、日本に戻って仕事を探しましたが、私たちの郷里の景気は冷え切っており、求人はほとんどありません。良い仕事を選ぶなどということも出来ず、Nは現在、基本給12万円の会社で働いています。
Nはアパートを借りて一人暮らしをしていますし、車も持っています。車というのはけっこう維持費がかかるものですが、田舎の生活に自家用車は欠かせないので、手放すこともできません。*1
結果として、Nの経済状態は非常に厳しい。
「もうずーっとずーっと、服なんて一枚も買ってないよ。買えないんだ」とNは笑いました。


Sのお母さんは昨年の一月、亡くなりました。Sとお母さんはきわめて仲の良い親子でした。
お母さんはSの恋人に「娘を頼みます」と言うために、病室で懸命に挨拶の言葉を考え、紙に書きつけました。おそらくその紙を見ながら、挨拶の練習をしたのでしょう。
遺品整理をしているときに、Sはその紙を見つけました。


十年前、私はそういったことを何一つ予想していませんでした。
十年後の自分は、十年の月日が流れたぶん、何かを獲得しているはずだと、漠然と考えていました。
何かというのはたぶん、やりがいのある仕事や、誠実な恋人や、お洒落な生活……とにかくそんなものです。明るく輝くイメージのようなもの。
私は獲得するものにばかり目を向けて、喪失に思いを馳せませんでした。いとしいひとは全員、十年後も元気な姿でいてくれると思っていました。
十年の月日は何かを奪っていくかもしれないということ、十年後の自分が何かを失っているのかもしれないということを、私は考えなかったのです。
考えずに、ただ笑いながら毎日を過ごしていたのです。


「十年後の自分のことなんてわからないから、人間は生きていけるんだね」
そう私がつぶやくと、Nが頷きました。
「そうだよ。それに、過去を忘れることもできるからね。未来を夢見て、過去を忘れて、そうやって人間は生きていくんだ。生きられるんだ」
「うまくできてるね、人間て」
Sは考え込むように言いました。


本当に、人間というのは上手く出来ています。
私はそのとき、ひょっこりひょうたん島の歌を思い出したのですから。*2

苦しいことも あるだろさ
悲しいことも あるだろさ
だけど 僕らは くじけない
泣くのはいやだ 笑っちゃおう
すすめ!


そういえば、私たちはまだ笑える。


SもNも私も、ちゃんと笑うことが出来る。
私たちは前進の意志をうしなっていないんだ。
そうだよな、私たちには次の十年があるんだから。少なくとも、私はそう信じているよ。次の十年を信じている。


その十年にはきっと、悲しいことや苦しいことがあるんだろう。私はそのことを、この十年で学んだ。
けど、いいんだ。悲しいだけ、苦しいだけの十年というわけでもないんだろうから。
大事なのは笑うことだ。悲しくて苦しくても、笑うこと。楽しいこと、嬉しいことは、そうやって見つけていくもんなんだと、私は思う。


窓の外には、春の空気、春の光。
穏やかな田舎の風景が広がり、その向こうに青い山々が連なっているのが見えます。


私たちは、春の景色を眺めながら笑いました。
「本当だよ、人間は上手くできてるよ」
そういいながら笑い合いました。


あの丸い地平線の向こうでは何かがきっと、私たちを待っているのでしょう。

*1:たとえばシロイの実家から最寄のコンビニまで歩いて20分以上かかります。そのくらい不便なのです

*2:この歌をいいな、と思った方は岡崎京子先生の「虹の彼方に」という短編を読むといいと思いますよ。オススメ!